昨年11月20日に、鳩山首相が 「デフレ宣言」 をしました。
日本では10年以上もデフレが続いていますので、 「何を今さら」 と思った方も多いでしょう。
とはいえ、政府の公式見解ですのでガックリ肩を落としている人もいらっしゃるかもしれません。
<デフレの 「根本原因」 >
デフレとは、物価が下がり給与も下がる事です。
「給与が下がっても物価も下がるなら問題ねぇじゃねぇか」 などと言わないでください。
何故かというと、
まず、企業が利益を上げるためには損益分岐点売上高を達成しなくては利益を上げる事はできません。
これは売価を設定した前提で損益分岐点売上 「数量」 が算出されますので、物価が下がってしまっては(=売価を下げざるを得なくなっては)さらに多く売上げなければ利益を確保出来ず、赤字に陥ってしまいます。
インフレ(給料が上がって物価も上がる)時に売価を安くすればより多く売り上げることも可能でしょうが、デフレで仕方なく(消極的な意味で)価格を切り下げる場合は競合他社も同じ事情ですのでそうはいきません。
問題の根本原因は 「質の悪い買い手」 にあります。
もっと言うと、 「サラリーマンとその妻」 が質の悪い買い手であると私は断言します。
(その他にも、 「利殖目的の投機資本の奪い合いの結果による労働分配率を犠牲にした配当性向」 であったり根本原因の種類もいくつか存在するが、ここでは割愛する)
<何故、客はやたらと安いものを求めるのか>
最近、銀座にもファストファッションと呼ばれる激安の 「デザイン泥棒ショップ」 が軒を連ねるようになりました。
何故、人は安いものを求めるのでしょう?
同じものなら安い方を選ぶのは常識なのでしょうか?
それは、あくまで 「無責任な社会人であるサラリーマンの常識」 です。
私はサラリーマン根性=奴隷根性を心底軽蔑しています。
(サラリーマンそのものを軽蔑しているわけではない)
もし、この世に大企業など無く、みんなが自分で賽銭箱(商売)を持っていたらどうでしょうか。
考えてみてください。
この状態は、客である自分は 「買い手でありながら、所変われば売り手でもある」 わけです。
本来、食い扶持を与えてくれる常連の得意先と上手く関係を継続させるためには 「多少高かろうと、常連の店で買い物をするようにする」 のが商売人の心得であるはずです。
誰もがこのような関係を維持する必要性を有していたら、 「客は安い方に流れる」 という考え方は合理的ではなくなります。
高かろうと安かろうと、食わしてくれる人から買うのが道理になって然るべきでしょう。
私は大して稼げない賽銭箱しか持っておりませんが、それでも会社などに頼らず自分の力で社会的な価値を生み出す事をしてみれば(=賽銭箱を設置してみれば)見えてくる事もあります。
「客は安い方に流れる」 という理論を考えたのも、恐らく雇われの身の大学教授か、あるいはサラリーマンコンサルタントであった事は間違いないと思います。
<自分のビジネスを持て>
上記の理由から、 「自分の属する会社との利害しか関係を持たないサラリーマンとその妻」 が(そうでない、ポリシーを持った方もいらっしゃるかもしれませんが)、トップの顔も見えないような店で買うようになりやたらと安い方に流れ、デフレの原動力になっているという事は明白です。
誰もが 「デフレの仕組みそのもの」 については語りたがるものですが、 「根本原因」 を語り、さらにそれをサラリーマンとした人は見たことがありません。
(私くらいでしょうか?)
端的に言えば、買い手が売り手になり、売り手が買い手になればデフレは防げるという事です。
ただし、私個人としては、 「デフレ推進派」 です。
これは、自由貿易の現代において、アジア圏の工業製品などに日本の製品が 「価格競争で淘汰されてしまうから」 です。
要するに人件費を切り下げて製品の価格を下げなければ、日本から工業が無くなる(=雇用が無くなる)という事態になりかねないからです。
仮に日本が孤立した地域ブロック経済であるなら、皆がそれぞれ商売を持ってさえいれば、デフレを推進する必要などどこにもありません。
この世に利殖(=金融投資)が存在し、その資本を集積し 「規模の経済」 を利用して多くの収穫をしようと試みる輩が存在する限り、適切な価格競争を経て世界がフラットになるまで生き残らねば、アイデンティティは確保出来ません。
故郷を愛し、日本という国家の存在に感謝しているのであればこそのデフレ推奨という立場なわけですが、理想的には現状維持が出来るに越したことはありません。
自らの手で自分の首を絞めないためには、社会人一人一人が、責任を持ち、相互に連帯的なリスクを負い、履行する覚悟を持てば良いのではないかと思います。
日本では10年以上もデフレが続いていますので、 「何を今さら」 と思った方も多いでしょう。
とはいえ、政府の公式見解ですのでガックリ肩を落としている人もいらっしゃるかもしれません。
<デフレの 「根本原因」 >
デフレとは、物価が下がり給与も下がる事です。
「給与が下がっても物価も下がるなら問題ねぇじゃねぇか」 などと言わないでください。
何故かというと、
まず、企業が利益を上げるためには損益分岐点売上高を達成しなくては利益を上げる事はできません。
これは売価を設定した前提で損益分岐点売上 「数量」 が算出されますので、物価が下がってしまっては(=売価を下げざるを得なくなっては)さらに多く売上げなければ利益を確保出来ず、赤字に陥ってしまいます。
インフレ(給料が上がって物価も上がる)時に売価を安くすればより多く売り上げることも可能でしょうが、デフレで仕方なく(消極的な意味で)価格を切り下げる場合は競合他社も同じ事情ですのでそうはいきません。
問題の根本原因は 「質の悪い買い手」 にあります。
もっと言うと、 「サラリーマンとその妻」 が質の悪い買い手であると私は断言します。
(その他にも、 「利殖目的の投機資本の奪い合いの結果による労働分配率を犠牲にした配当性向」 であったり根本原因の種類もいくつか存在するが、ここでは割愛する)
<何故、客はやたらと安いものを求めるのか>
最近、銀座にもファストファッションと呼ばれる激安の 「デザイン泥棒ショップ」 が軒を連ねるようになりました。
何故、人は安いものを求めるのでしょう?
同じものなら安い方を選ぶのは常識なのでしょうか?
それは、あくまで 「無責任な社会人であるサラリーマンの常識」 です。
私はサラリーマン根性=奴隷根性を心底軽蔑しています。
(サラリーマンそのものを軽蔑しているわけではない)
もし、この世に大企業など無く、みんなが自分で賽銭箱(商売)を持っていたらどうでしょうか。
考えてみてください。
この状態は、客である自分は 「買い手でありながら、所変われば売り手でもある」 わけです。
本来、食い扶持を与えてくれる常連の得意先と上手く関係を継続させるためには 「多少高かろうと、常連の店で買い物をするようにする」 のが商売人の心得であるはずです。
誰もがこのような関係を維持する必要性を有していたら、 「客は安い方に流れる」 という考え方は合理的ではなくなります。
高かろうと安かろうと、食わしてくれる人から買うのが道理になって然るべきでしょう。
私は大して稼げない賽銭箱しか持っておりませんが、それでも会社などに頼らず自分の力で社会的な価値を生み出す事をしてみれば(=賽銭箱を設置してみれば)見えてくる事もあります。
「客は安い方に流れる」 という理論を考えたのも、恐らく雇われの身の大学教授か、あるいはサラリーマンコンサルタントであった事は間違いないと思います。
<自分のビジネスを持て>
上記の理由から、 「自分の属する会社との利害しか関係を持たないサラリーマンとその妻」 が(そうでない、ポリシーを持った方もいらっしゃるかもしれませんが)、トップの顔も見えないような店で買うようになりやたらと安い方に流れ、デフレの原動力になっているという事は明白です。
誰もが 「デフレの仕組みそのもの」 については語りたがるものですが、 「根本原因」 を語り、さらにそれをサラリーマンとした人は見たことがありません。
(私くらいでしょうか?)
端的に言えば、買い手が売り手になり、売り手が買い手になればデフレは防げるという事です。
ただし、私個人としては、 「デフレ推進派」 です。
これは、自由貿易の現代において、アジア圏の工業製品などに日本の製品が 「価格競争で淘汰されてしまうから」 です。
要するに人件費を切り下げて製品の価格を下げなければ、日本から工業が無くなる(=雇用が無くなる)という事態になりかねないからです。
仮に日本が孤立した地域ブロック経済であるなら、皆がそれぞれ商売を持ってさえいれば、デフレを推進する必要などどこにもありません。
この世に利殖(=金融投資)が存在し、その資本を集積し 「規模の経済」 を利用して多くの収穫をしようと試みる輩が存在する限り、適切な価格競争を経て世界がフラットになるまで生き残らねば、アイデンティティは確保出来ません。
故郷を愛し、日本という国家の存在に感謝しているのであればこそのデフレ推奨という立場なわけですが、理想的には現状維持が出来るに越したことはありません。
自らの手で自分の首を絞めないためには、社会人一人一人が、責任を持ち、相互に連帯的なリスクを負い、履行する覚悟を持てば良いのではないかと思います。
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