ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

「自己責任」を強調する人に限って……ということはないのであろうか?

2017年04月05日 23時33分12秒 | 国際・政治

 「自己責任」とは困った言葉で、政府なり行政なりの責任を免ずる、さらにはその責任を他の誰か(それは主に弱者です)に転嫁するために用いられる傾向があるように思われます。今日の朝日新聞朝刊34面14版「帰れない原発自主避難者 復興相『本人の責任』 撤回せず」などで報じられた今村雅弘復興相の発言は、まさにその困った使われ方であり、とても震災復興担当の責任者によるとは思えないものです。「客観的に言ったつもり」かどうか知りませんが、強制的であれ自主的であれ、避難は避難であり、災害がないのに避難する人はいません。まして、原子力発電所の事故、歴史上最悪を争う(こんなことで争って欲しくないものですが)大惨事であり、影響は狭い範囲に止まらないはずです。

 そもそも、自主避難という言葉にも曖昧なところがあります。国や地方自治体から命令を受けて避難すれば強制避難であり、命令を受けなくとも避難すれば自主避難ということであって、災害など客観的な情勢から強制されたということに変わりはないのです。避難指示を受けなかった地域に居住していたから自主的に避難したということは言えるでしょうが、例えば放射線量はどうなのでしょうか。勤務先、交通事情、その他の様々な要素が考慮されなければなりません。そして、避難地域でない(あるいはなくなった)ということで避難を続ける人々に情報を流し、帰宅を支援することが十分に行われてきたのでしょうか。「自己責任」を言うのであれば、まずは言う側が、誰であっても納得できる、あるいはやむをえないと判断できる程度にまで主張と立証を行わなければならないはずです。

 日本において「自己責任」が声高に言われるようになったのは10年ほど前からでしょうか。前述のように、どうも責任逃れまたは責任転嫁を正当化する(?)ために使われているように思われます。そして、いざ事件が発生したら、普段は「自己責任」を主張している人が真っ先に国などへ救済を訴える、ということはないのでしょうか。

 

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