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会員リレー投稿(信和だより第91号 2017.04.13)

2017-06-22 21:49:15 | 信和だより<会員リレー投稿>



  強者(つわもの)どもの夢のあと (技官任用の国家試験)


                          岩 下  邦 忠 (昭和63年退職)

 
 信和50号の特集に「懐かしのあの建物は今?」に横手山無線中継所の厳冬の写真が掲載されていたのを見て昔を思い出して書く気になりました。

 私が長野逓信局工務部庶務課人事担当に在籍中の出来事です。
 昭和24年の2月に当時逓信省工務局主管の技官任用試験が実施される事になりました。任用試験の対象者は、長野逓信局管内の大学、工業専門学校出身者で、受験地は長野市と新潟市でした。当時横手山無線中継所の職員は全員が官練、工専、大学出身者で今回の技官任用受験対象者は10数名いました。受験にあたり長野市の試験場に横手山から受験者全員に来てもらうことは、無線中継所の保守上重大な支障をきたすこととなることから、工務部の幹部の方々が種々検討した結果、工務部から試験官を横手山に派遣することとなりました。


 当時私は工務部庶務課人事係におりましたが、岩崎喜一庶務課長(二省分割後の信越電気通信局の初代職員部長)に呼ばれました。岩崎課長からは「岩下君スキーをやっているようだが、厳冬の中大変だが横手山無線中継所(標高2307米)へ技官の任用試験の試験官で出張してくれないか」と言われ、若干まだ20数才の私でしたが試験官として行くことになりました。
 さっそく準備として鉛筆、消しゴム、ナイフなど買い求めました。出張前夜はスキーにワックス塗りや、締め金具、スキー靴等大丈夫か点検し、又試験問題用紙を雪に濡れないように新聞紙で二重三重に包んでいると、「おふくろさん」が新聞紙ではだめだからと「油紙」を提供してくれました。又「英語の辞書」も包み準備完了しました。
 翌日長野電鉄の湯田中駅で、長野無線中継所の東村所長さんと合う事になっていましたので、長野電鉄の権堂駅へ予定時間より早く行き電車を待っていると、宮下係長が息をはずませて来たので、何事かと思いきや、昨夜遅く本省工務局より「英語の問題」の訂正が入ったとの事、訂正書をもらい電車に乗り湯田中駅へと向いました。
 湯田中駅では特別に手配して戴いた「雪上車」に東村所長さんと乗り、当日の宿泊地の熊の湯に向かい一泊しました。翌朝、雪は小降りでした。まずスキーの滑走面に始めてシール(皮)張って、2307mの横手山へ登る準備をしました。登りは人夫の人3人と東村所長さんと5人でした。人夫の人は、米、野菜等生活用品を大きな荷物を背負っていました。
 私は新雪(40~50㎝)でまったく誰も踏んでいない登りを先頭4人がラッセルした後を一生懸命ついて行くのがやっとでした。標高2307米の横手山頂の着雪だらけのアンテナを見た時はホットしました。登りには1時間40~50分かかったような気がしました。午後は決められた時間に、英語と常識的な問題の試験を行ない、技官任官試験を無事終わりほっとし、岩崎喜一課長に電話で無事終了した旨報告しました。
 山頂の中継所に一泊し、翌日は子供の頃からの知り合いの権堂町にお住いの河内さんの先導で小雪が舞いガスがかかっていて見通しの悪い中、一生懸命河内さんの後について滑り時には山側へ転びながら、何とか熊の湯までたどりつき一息つきました。河内さんが「丸池まで送りましょうか」と言われましたが、遠慮して一人で行くことにしました。


 丸池までの、道は比較的平坦な雪道でほとんど平地滑走が多かったような気がしました。途中では熊の湯でも行く人に一人合っただけでした。ようやく丸池につくと休憩場があり、一休みして当時志賀高原唯一の丸池スキー場があり、少しは滑れると思ってスキー場の入口に行くと、荒縄が張ってあり、そこには「日本人入るべからず」と張紙で大きく表示されていました。この時は「敗戦国」のみじめさを強く感じました。当時「志賀高原ホテル」と「丸池スキー場」は進駐軍によって接収されていたのです。丸池スキー場から長野電鉄湯田中駅に向って、ひたすらスキーを滑らしますが、誰もほとんど滑っていない上、進駐軍のジープの輪立で、雪道は荒れていて滑りにくくあまり快適ではありませんでした。
 湯田中駅着は午後2時過ぎでした。そこから電車に乗り錦町駅(現在は市役所前駅)に着いたのは薄暗くなりかけた頃でした。スキーは錦町駅近くの小学校の友達の岡田時計店に預かってもらい、栗田の逓信局工務部へ無事に着いたのは午後5時近くでした。
 大事な技官任用試験の試験書類一切を宮下係長に手渡し一応任務完了で肩の荷をおろしたような気になりました。女性の給仕さんが普通は工務部長の来客者しか出さない、コーヒーを入れてくれ、美味しかった事を今も良く覚えています。(当時は庶務課には給仕さんが男女1人ずついました。)
 2日後宮下係長と本省工務局へ始めて出張することになりました。大事な技官任用試験の書類と工務局への手土産持ちで、信越線で7時間近くかかって上野駅へ着き浜松町駅より増上寺の境内を通り「港区麻布狸穴の逓信省工務局」へ始めて着きました。

     「降る雪や昭和は遠くなりにけり」

 次回は、「安茂里1区の永坂雄二さん」にバトンタッチします。


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