デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

イタリアの空の下で PART 2

2009-01-25 06:27:00 | 海・河のスポーツ・旅行・車


おなじ年の十一月、私は、もういちど、ローマに行く機会にめぐまれた。
一年に二度、ローマを見られるのはなんとも幸運なことだった。
とはいってもなにもかもうまく行ったわけではない。
もういちど、私は雨になやまされた。

 (中略)

雨のなかを、私は、もういちど、カラヴァッジョを見に行くことにした。
あの絵が、萎えた気持ちをなぐさめてくれるかもしれない。
四月の雨の日に訪れて以来、とうとう、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会を再訪する機会はなかった。
あの日、どうしてあの絵をもっとゆっくり見ておかなかったのかと、心残りでもあった。
あの翌日の午後も、そのつぎの日にも、扉はかたく閉まっていた。

まだ早い時間のせいか教会のなかには旅行者のすがたもなく、がらんとした薄闇だけが沈黙につつまれていた。
用意したコインをつぎつぎと箱に入れて、こんどこそおもいのままに時間がすごせるはずだった。



右手の戸口から入ってきたキリストが、しなやかに手をのばして収税人のマッテオを指さしている。
イエスの顔はほとんど闇のなかにあって、それが彼とわかるのは、糸のように細い光の輪が頭上に描かれているからにすぎない。
収税人マッテオは、私が最初、勘ちがいしたように、光を顔に受けた少年ではなくて、その横に、え、あなたは私に話しかけているのですか、というふうに、自分の胸を指さしている中年の男だ。
マッテオは、「人に好かれなかった」と聖書にあるのだが、それにしては、かなり「ちゃんとした」平凡な人物に描かれていた。

レンブラントやラトゥールに先立って、光ではなく、影で絵を描くことを考え付いたとされるカラヴァッジョの絵を見ていて、私は、キリストの対極である左端に描かれた、すべての光から拒まれたような、ひとりの人物に気づいた。
男は背をまるめ、顔をかくすようにして、上半身をテーブルに投げ出していた。
どういうわけか、そのテーブルにのせた、醜く変形した男の両手だけが克明に描かれ、その手のまえには、まるで銀三十枚でキリストを売ったユダを彷彿とさせるような銀貨が何枚かころがっていて、彼の周囲は、闇に閉ざされている。

カラヴァッジョだ。
とっさに私は思った。
ごく自然に想像されるはずのユダは、あたまになかった。
画家が自分を描いているのだ、そう私は思った。
伝承によると、この画家は一種の性格破綻者というのか、ときにひどく乱暴な行為に出た人であったらしく、作品の高い芸術性はみなに認めながらも、仲間にうとまれ、そのためにしばしば仕事をもらえないで、ついには、人を傷つけたのだったか、殺してしまったのか、まるで即興詩人やスタンダールの物語の登場人物さながら、北イタリアからローマに追放されたのだという。
そのあとも、さらにナポリに、はてはマルタ島からシチリアへと逃げたことが、方々に残された作品から推理されている。
でも、異様に変形した手がすべてのような男を、カラヴァッジョが安易に性格的な自画像としてえがいたはずがないようにも、私には思えた。
もしかしたら、顔に光を集めたような少年も、おなじふうに自画像なのではないか。
二人の人物の間に横たわる奈落の深さを知っているのは、画家自身だけだ。

左端にえがかれた人物は闇にとざされていながら、ふしぎなことに、変形した、醜悪なふたつの手だけが、光のなかに置かれている。
変形はしていても、醜くても、絵をかく手だけが画家に光をもたらすものであることを、カラヴァッジョは痛いほど知っていたにちがいない。

あいかわらず、二百リラ分の照明が切れるたびに、あわただしくつぎのコインを入れなければならない。
ちょうど照明が継目にかかったとき、ぴたぴたとにぎやかな小さい足音がして、小学生の一群が若い男の教師に引率されてはいってきた。
まだ画学生のように見える若い教師が絵の説明をするのを、子供たちは神妙に聴いている。
そのうちに、私は妙なことに気づいた。
照明が消えると、教師は、そっぽを向いたままで、私がコインを入れるのを待っているのだ。
そして照明がもどると、また子供たちに説明をはじめる。
なにやら鼻白んだ気持ちで、私はその場を離れることにした。
すると、もうひとつ、奇妙なことが起こった。
私の近くにいた何人かの子供が、おばさん、ありがとう、と小声でいったのだ。
知らんぷりをしつづける教師と、ていねいにお礼をいう子供たち。
そのとき、とつぜん、直線のヴィア・ジュリアと曲がりくねった中世の道が、それぞれの光につつまれて、記憶のなかでゆらめいた。
どちらもが、人間には必要だし、私たちは、たぶん、いつも両方を求めている。
白い光をまともに受けた少年と、みにくい手の男との両方を見捨てられないように。



教会の外は、あいかわらず雨だった。
雨のなかを歩きながら、私はもうすこし、絵のなかの男について考えてみたかった。
犯した罪の意識と仕事に侵蝕され、変形したあの手は、やはりカラヴァッジョ自身の手にちがいない。
なんともあてずっぽうな推測だったが、私は確実になぐさめられていた。
醜い自分の手を、ミケランジェロの天地創造の手を意識において描いたといわれるキリストの美しい手の対極に置いて描きおおせたとき、彼は、ついに、自己の芸術の極点に立つことができたのではなかったか。

ふと、寒さにこごえたようなカラヴァッジョの手のむこうに、四月、それが最後になった訪問のときにコーヒーを注いでくれたナタリア・ギンズブルグの、疲れたよわよわしい手を見たように思った。
鍋つかみのかわりにした黒いセーターの袖のなかで、老いた彼女の手はどうしようもなくふるえていて、こぼれたコーヒーが、敷き皿にゆっくりとあふれていった。




(pp.215-219)
『トリエステの坂道』 著者・須賀敦子 みすず書房
1996年5月20日 第4刷発行


じっくりと読んでみましたけれど、お恥ずかしい事に、あたくしには須賀さんが味わったと言う「深いところでたましいを揺りうごかすような作品に出会ってきたという、まれな感動」が感じ取れないのでござ〜♪〜ますわ。

うん、うん、うん。。。よくある事ですよう。悲観しないでくださいよう。上の須賀さんのエッセーを読んだほとんどの人が漠然とした感動を受けるだけで、須賀さんが受けた感動を100%実感する事は不可能です。

どうしてでござ〜♪〜ますか?

須賀さんと同じ体験を持つことができないからですよう。また、仮に須賀さんと同じような教養と経験を持っているとしても100%の感動を味わう事は不可能です。

なぜでござ〜♪〜ますか?

司馬遼太郎さんがかつて次のように言っていましたよう。



“作品は作者だけのものと違うんやでぇ〜。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが作品なんやでぇ〜”


つまり、名作と言われるものは常に名作とは限らない。読む人が教養もなく人生経験も乏しかったら、どんな名作も“猫に小判”ですよう。

要するに、あたくしには須賀敦子さんの感動を共感するだけの美術的な教養が欠乏しているとデンマンさんはおっしゃるのでござ〜♪〜ますか?

いや、卑弥子さんには美術的な教養があると思いますよう。

それなのに、どうしてあたくしには須賀さんの感動が感じ取れないのでござ〜♪〜ましょうか?

上のエッセーを理解しようとすれば、どうしてもナタリア・ギンズブルグさんと須賀さんの心温まる人間関係を知らなければならないのですよう。でも、長くなるから僕はその部分を削除してしまったのです。(中略)と書いてあるのがその部分です。実は極めて重要な部分です。

それなのに、どうして削除してしまったのでござ〜♪〜ますか?

カラヴァッジョの絵とは直接関係無いからです。でも、エッセーを理解するにはナタリア・ギンズブルグさんを語らない訳にはゆかないのですよう。

どうしてでござ〜♪〜ますか?

エッセーのタイトル「ふるえる手」というのは、ナタリア・ギンズブルグさんのふるえる手のことです。一口で言ってしまえば、ナタリア・ギンズブルグさんという人は、あの有名な『アンネの日記』の著者(アンネ・フランク)が生きていれば、こうなるだろうな?というような人です。



須賀さんが、もしナタリア・ギンズブルグさんの作品を読んでいなければ、本を書くことはなかっただろう、と言うほど須賀さんが強い影響を受けた人です。

そのナタリアさんのふるえる手がそれ程重要なのでござ〜♪〜ますか?

重要なのですよう。ナタリアさんと須賀さんの心温まる人間関係がその「ふるえる手」に象徴されているのです。

どう言う事ですか?

須賀さんは、上のエッセーの中で「醜くゆがんだ心」と対比して「良心」を謳(うた)いあげたかったのだと僕は思うのですよう。


どちらもが、人間には必要だし、
私たちは、たぶん、いつも両方を求めている。
白い光をまともに受けた少年と、
みにくい手の男との両方を見捨てられないように。

。。。

知らんぷりをしつづける教師と、
ていねいにお礼をいう子供たち。


「醜くゆがんだ心」とは、みにくい手の男であり、知らんぷりをしつづける教師です。「良心」とは、白い光をまともに受けた少年と、ていねいにお礼をいう子供たちで象徴されている。

それで。。。「ふるえる手」とは。。。?

ナタリア・ギンズブルグさんは須賀さんにコーヒーを入れてあげるとき、本当は安静にしていなければならないような状態だった。でも、心から須賀さんをおもてなししたかった。ナタリアさんが亡くなったことを知り、須賀さんはハッと思い当たった。

もう死ぬかもしれないほど体が弱っていたのに、ナタリアさんは心から須賀さんをおもてなしした。その事を須賀さんは知ったのでござ〜♪〜ますか?

そうです。その事が須賀さんに上のエッセーを書かせたのですよう。僕には、そう思えるのです。

分かりましたわ。「ふるえる手」とは、ナタリアさんの心のぬくもりであり、ナタリアさんの「良心」だったのでござ〜♪〜ますわねぇ。。。それで。。。、それで、デンマンさんも、その事に感動したのでござ〜♪〜ますか?

ん。。。?その事。。。?いや。。。僕が感動したのは違うところですよう。

違うところってぇ。。。いったい、どこでござ〜♪〜ますか?

実は、僕にも須賀さんの感動が理解できました。それは次の部分です。


私は、たったいま、深いところでたましいを揺りうごかすような作品に出会ってきたという、まれな感動にひたっている自分に気づいた。
しばらく忘れていた、ほんものに接したときの、あの確かな感触だった。


でも、この感動を僕の言葉に置き換えると次のようになるのですよう。

僕は、たったいま、深いところで

たましいを揺りうごかすような女性に

出会ってきたという、

まれな感動にひたっている自分に気づいた。

しばらく忘れていた、

自分が探し求めていた女性に接したときの、

あの確かな感触だった。


つまり。。。つまり。。。この女性が小百合さんだとおっしゃるのでござ〜♪〜ますか?

そうですよう。うしししし。。。
    

【卑弥子の独り言】



ですってぇ〜。。。
ぬけぬけと言うじゃござ〜♪〜ませんかア!

あたくしは。。。あたくしは。。。全面的に太田将宏老人に賛同いたしますわ。
かつて、太田将宏老人はデンマンさんが自分史を書いているのを見て

いいきなもんだねぇ〜

と嘲笑(あざわら)っていましたわ。

■ 『愛と風と共に…(2008年4月16日)』

あたくしも一度ならず、上の記事でも書いたのでござ〜♪〜ますゥ。

デンマンさんのキザな文句を読むならば、
太田将宏老人は、きっと次のように言いますわ。

あきれたもんだねぇ〜

でも、一度でいいからデンマンさんがヌケヌケと言い放った
甘〜♪〜い文句を殿方の口から聞きたいものですわぁ〜。
うふふふふ。。。

あなたは、どう思いますか?
とにかく、このお話は、ますます面白くなりますわよう。
あなたも、どうか、またあさって読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあね。



 


ィ〜ハァ〜♪〜!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

なんだかデンマンさんが小百合さんに

“殺し文句”を聞かせようとしていますよね。

ところで“殺し文句”を英語で

何と言うのでしょうか?

telling phrase と言います。

macking phrase と言うこともできます。

女性を口説くって、どう言うと思いますか?

次のように言います。

Jim chats up Mary in his apartment.

ジムは彼のアパートでメアリーを口説く。

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ジョニーはサンドラを口説く。



ところで、英語の面白いお話を集めました。

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では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。







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