夏の日の忘れ物

2016年9月17日
僕の寄り道――夏の日の忘れ物

東京国立博物館で開催中の「古代ギリシャ」展のチケット、もらったのが一枚あり、十九日が最終日なのであわてて見に行ってきた(9/17)。思っていたより混んでいたので、人混みをかき分け、興味のあるフレスコの壁画とテラコッタの器(粘土で造形して焼き固めたもの)だけを重点的に見てきた。

帰り道はまだ雨になりそうにないので上野桜木、谷中、動坂下を経由して帰ってきた。歩いても夏ほど汗をかかなくなったので秋も深まりつつあるのだろう。それでも夏を惜しむようにまだ蝉の声が聞こえている。

この夏もまた東京・清水間を往復してずいぶん歩いたなぁと思いながら、日焼けした腕を見たら夏の日の忘れ物を思い出した。この夏の忘れ物というわけではなく、去年もやはり忘れたまま夏を過ごしたのかもしれない、そんな身近な小さなことだ。

裸で日焼けした漁夫のフレスコ画

少年時代はもちろんのこと、成人しても、そしてつい数年前まで、夏の炎天下を歩くと腕はもちろんのこと、顔まで真っ黒に日焼けして、日焼けしたあとはうっすらと皮膚の薄皮が剥けた。ところが今年は皮が剥けた記憶がないし、去年もやはりそうだったのかもしれない。

人は加齢とともに日焼けしても皮が剥けなくなるのだろうか。そういえば祖父母も野良仕事で夏は日焼けしていたが、その日焼けで皮が剥けているところを見たことがない。八ヶ月年下の妻も加齢とともに皮が剥けなくなっているのか聞いてみたいが、女性は日焼け止めクリームを塗って日焼けしないようにしているので確かめようがない。


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