学者と文学

2017年3月6日
僕の寄り道――学者と文学

岡田英弘先生と同じマンション内に住み、住民交流会をきっかけにして親しくおつきあいさせていただくようになった。先生が駒込曙町生まれと知ってまず思い浮かべたのが、やはり駒込曙町に住んでいた寺田寅彦のこと。寺田寅彦についてうかがってみたいと思ったものの、考えてみたら寅彦は 1935 年に没しており、1935 年に先生はまだ 4 歳だった。いかに天童と呼ばれるような人であったにせよ、覚えていることがあったとしたら奇跡というほかない。

そんなわけではあるけれど、岡田先生─駒込曙町─寺田寅彦という連想が心の片隅にいつまでせも引っかかっていたのは、寅彦の書いたものが好きで、未明に目が覚めて寝付かれない時の枕頭の友になっているからだ。寅彦の書いたものにはしばしば駒込が登場する。

入院されている岡田先生を気遣う人たちが集まるというので、ご自宅での飲み会に招待していただき、帰り際に書斎の本棚を拝見していたら、奥様の淳子さんが岡田先生のお父様である薬理学者岡田正弘さんの随筆集を見せてくださった。

目次を見たらなんと寺田寅彦の文字がある。残念ながら言葉を交わす機会は逸したものの寂しげに歩く姿はしばしば見かけたことがあり、家が近所で女中同士が仲良しだったという。夢中でページをめくっていたら
「持って行っていいわよ」
と奥様がいうのでお借りしてきた。

読み始めたら文章に寺田寅彦と通じるものがあり、寺田寅彦の書く随筆が出るたびに買って愛読されていたらしい。本をお借りしながら
「学者でありながら文学者としても一流の文章を書く人が好きなんです」
と岡田夫人に申し上げたけれど、岡田正弘さんもまたそういう方だったようで、随筆を読んでいると寺田寅彦以外に、森鴎外やアンリ=ルイ・ベルクソンの名も出てくる。やはりそういうタイプの人を愛読されていたらしい。フランスの哲学者ベルクソンもまた名文家として名高くノーベル文学賞を受賞している。

岡田正弘『忙裡雑筆集』を読み始めたのでここまでの経緯メモ。

・岡田英弘[1931年(昭和6年)─ ]
・岡田正弘[1900年(明治33)─1993年(平成5年)]
・寺田寅彦[1878年(明治11年)─1935年(昭和10年)]
・森鴎外[1862年(文久2年)─1922年(大正11年)]
・アンリ=ルイ・ベルクソン[1859年(安政6年)─1941年(昭和16年)]


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« ムンフツェツェグ 打つける »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
・送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております
・このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。