川が痩せる

|2013年3月4日|


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 昨年の夏は編集委員をしている雑誌の取材で何度か、郷里静岡の興津川に沿って山間地域へと遡った。子どもの頃、夏休みになると川遊びに連れて行かれたことのある美しい清流に沿って走ると、こんなに心細い流れだったかなと不思議に思う。子どもだったから川幅が広く見えたのかもしれないとも思ったが、両河内中学校生徒たちが聞き書きしたお年寄りの話を読むと、昔はやはりもっと水量が多かったらしい。聞き書きに応じて「昔はもっと水が多くて」と語ったお年寄りたちは、大昔でもない明治大正生まれなので、昭和を経て平成となった今も、同じような急勾配で水量減少が続いているのかもしれない。
 車を運転して同行してくれた女性編集者に
「ちょっと前までは急流を利用した筏流しも行われて、大雨が降ると大蛇がのたうつように川筋を変えながら氾濫を繰り返したというこの川だけど、ダムもないのに水量が減少して行くのはなぜだろう?やっぱり山の問題かなぁ」
と言ったら
「そうでしょうね、そうだと思いますよ」
と言う。

|興津川上流、清水区西河内の杉林|


 農地が少ない興津川上流域では、ブナ、ミズナラを使った炭焼きや焼き畑による農業が暮らしの糧だった時代がある。そのため森林資源が枯渇し、炭焼き用の樹木が足りなくなり、山梨県側の人々が甲駿国境にあたる徳間峠を越えて売りに来たとも聞く。江戸時代はそんな風に里山の木々が激しく消費された時代で、広重などの版画を見ても背景に禿げ山が描かれていることが多い。その後、荒廃した山にスギ、ヒノキの植林をして林業を興したものの、安い外国材に押されて需要が得られず、手つかずで荒廃していく事に頭を悩ます人たちの話も聞いた。
 山林の荒廃と川の水量減少で思いつくのが山の保水機能だけれど、「ブナやミズナラの林は保水力がある」、一方「スギやヒノキはただ花粉をまき散らすだけの厄介者」というステレオタイプで考えてしまうと、どうして保水力のある樹木を伐採してしまったのに、川に流れ出す水量が減少し、今も減少し続けているように見えるのかという疑問が残る。それがそのまま心の隅に引っかかったまま年を越した。


 このようにブナという樹木やブナ林という森林は、特に水を蓄える能力が高いということはない。
 保水力で言う限り、スギやヒノキなどの人工林であっても、ブナやミズナラのような落葉広葉樹林であっても、シイやカシのような常緑広葉樹林であっても、健全な森林であればさほど違うものではない。
 ただし、若い森林と成熟した森林は違う。(『いちもん』第78号「樹木と水と」桂川裕樹)


 広島に『いちもん』という季刊同人誌があり、桂川裕樹(農林水産庁林野庁)さんが書かれたものが面白いと教えてもらった。ネットでバックナンバーを読むことができ、「樹木と水と」と題された原稿に考え方のヒントがあった。
 「ブナ林は保水力を持つ」と言うことと「保水力を持つ土壌を選んでブナは自生する」と言うことはどちらも正しいけれど、それを踏み台にして他の主張に援用しようとすると、踏み台にしてはいけないものが出てくる。保水力とは何かを考えるために、「樹木の種類による保水力の違いというものはほとんどない」「同じ樹木が生えている土壌同士にも保水力の違いがある」という二挺の梯子を用意すると、河川水量減少の理由について考えるための見晴らしが良くなる。
 ブナやミズナラなどより深く根を張るスギやヒノキが手入れもされずに放置されて根を張り、高齢化して地中に水を蓄える空隙が増えることで保水力が高まり、滲出する水量が減って河川が痩せて行くのだ。川が痩せることと治水との関連性の事もあって、だからどうすればよいかを考えるのは素人の手に余るが、川が痩せていく理由の源まで遡ってちょっと小休止する。

|興津川上流、清水区西河内の杉林|

 

 

コメント ( 2 ) | Trackback ( )
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コメント
 
 
 
美術力 (mcberry)
2013-03-09 23:48:22
土木関係の仕事をしていて思うことは
かっこいいことはおおむね正しいということです。
最近の林は、込みすぎていてかっこ悪いから
うまくないんでしょうね。

儲かればみんな切るんです。
あと、国勢調査が終わっていないことで、境界が画定していないことも影響が大きいでしょう。

ここら辺に予算をつけてもらえるといいのですが。
 
 
 
かっこいい ()
2013-03-13 02:11:13
なんかわかる気がします。

「いいかたちをしてるなぁ」と思えるものもたいがい正しいですよね。

昨秋、マンションのベランダ排水溝に、六義園内から飛んできたもみじ(?)のタネが着地し、数センチ発芽していたので手のひらサイズの鉢に移しておいたら、暮れには一丁前に紅葉し、昨日見たらちゃんと若芽を出していました。自然の力は凄い。小さいのに既にいい形をしています。
 
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