電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
▼一筆箋

仕事で何かを相手先に郵送するときは、必ず一筆箋にひとこと添えて送ろうと思っているのだけれど、忙しいとついつい面倒になってさぼってしまう。
メールも同様で、忙しいといきなり要件を書いてしまうので、読み直してあとから一筆箋を書くようにひとこと添えることが多い。そういう申し訳のないおざなりなメールの返信に、思いがけないひとことが添えられていると妙に嬉しい。

↑
しだれ桜観光の人混みが去った六義園。
秋の主役たちはこれから葉を茂らせる
今日の午後に送信したメールにひとこと
「久しぶりに雨になりましたね。
了解しました。
明日の朝までに再プレゼンをお送りします。」
と書き添えたら
「ありがとうございます。
8坪ほどの畑をやっているのですが、たまの雨はめぐみの雨です。
来週あたりナスを植えようと思っています。」
というひとことが添えられていた。
知らなかった相手の一面が見えてとても得した気分になる。
▼浅草でお星様になってみる

保育園児だったとき、園で絵本の読み聞かせがあり、その頃の記憶はみんな非常に朦朧としたものなのに、その絵本の読み聞かせは妙に鮮烈に覚えていて、幼児にとってはそれほどに衝撃的だったのだと思う。
「おかあさまは しんで そらの おほしさまに なりました」
というような文章を保母が読み上げ、
「(そうか ひとは しんだら ほしになるのか)」
ということに、幼児にできる程度だけ、慎んでしみじみした。

↑浅草花やしき 2009年3月26日
だがそのしみじみが衝撃的だったわけではなくて、びっくりしたのはその絵本の絵の方で、おほしさまになったおかあさまが、なんと雲の切れ目からのぞくように遺してきた子どもたちを見守っているのだ。
死んでしまった無数の人が、そうやって雲の隙間から地上を見下ろしていたら、見られている方は空に無数の視線を感じて気味が悪いし、見ている方もそんなに近くにこの世が見えたら切ないのではないかと思う。現に、その絵本の内容は、おほしさまになったおかあさまが雲の隙間から見下ろしていると、地上のわが子にかわいそうな状況が訪れるのだけれど、見ているだけでなにもしてやれなくて、切ない思いをするといった悲惨な絵本だった気がする。

↑浅草寺と五重塔と花やしきの見える夜景 2009年3月26日
友人一家が花見を兼ねて上京し、宿泊は浅草ビューホテルにしたというので、『駒形どぜう』に誘って食事をしたあと、奥さんと息子を送りがてら部屋の中を見せてもらった。
たった今歩いてきた浅草の町が夜景となって眼下に見え、
「(わあ、おほしさまになったみたい)」
と一瞬保育園児時代の絵本を思い出したら、おほしさまになったおかあさまが地上の我が子を見ていた高度は、雲の切れ目どころではなく、このホテルの部屋くらいだったかもしれないな、と思い至ってちょっと酔いが覚めた。
▼宴会は夜10時迄です

3月27日、義母と一緒の昼食を済ませ
デザインを担当している雑誌『RikaTan』の写真撮影に
散歩を兼ねて井の頭公園にやってきた。
六義園しだれ桜はもう満開になったけれど
井の頭公園の桜はまだまだ。

それでも花見をする人たちは多いようで
花金のせいか、午後2時でもう場所はこんなに占領されている。

公園管理所が立てた
「宴会は夜10時迄です」
という立て看板の文章がが妙に大らかで
のどかな春に似合っていて妙に可笑しい。
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▼「イイギリ食堂」完食閉店

デイサービスを利用している高齢者在宅サービスセンター脇に
イイギリの木が生えていて毎年たわわに真っ赤な実をつけ、
先日からヒヨドリがやってきてついばむ姿が見られた。

1月30日の昼食時に見たら完全に食べきったらしく
丸裸になったイイギリが雨に濡れていた。
ヒヨドリ御一行様
また来年のご来店を心よりお待ちしております。
「イイギリ食堂」店主敬白
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▼夕暮れの高架下

夕暮れ時に歩く線路沿いの道が好きだ。
仕事帰りに寄り道して歩いていると
高架下には好きなだけ立ち止まることのできる
目に見えない停車場があるように思えたりする。

電車の車内放送で
「…各駅に停車して参ります」
というアナウンスがあると最近はなぜか嬉しい。
→時計仕掛けの朝夕
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▼Varietyのバラエティー

学生時代「バラエティー番組」の「Variety」は
「バライアティ」という発音で覚えた。
静岡県清水淡島町にあった松本英語塾のおじいちゃん先生は
「バライアティ」と教えてくれた気がする。
街で見かけた看板で「バライティ」と
発音を記述する人に初めて出会ったので
ネットで「バライティ」を検索したら
そう表記する人が大勢いるのでちょっと驚いた。

発音をカタカナで表記するということは
「その人にはどう聞こえるか」
という問題をはらむので単純に正しい正しくないと
指摘するのは難しいと思う。
参考までに発音を聞くことができるサイトで検索すると
昔覚えた「バライアティ」ともまたちょっと違っており
僕の耳には「ヴライアティ」と聞こえる。
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▼ひねる
▼イギリス食パンの行進

久しぶりに歩いた近所の路地。
小さな店の奥で職人が延々食パンだけを焼き続けており
次々に山型の食パンが焼き上がっていた。

醗酵を終えたパン生地が焼いている最中に窯伸びして
ひとまわり大きくなって焼き型から突出することで
山型のイギリス食パンができあがるわけだけれど
ポット型の菌床で栽培されるナメコの飛び出すような発生に良く似ており
そう考えるとナメコ自体もイギリス食パンに似ている。
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▼神楽坂2009

古いデジカメで使える512メガバイトのXDピクチャーカードを見つけ出し
試し撮りしながら細い路地を抜けたら神楽坂だった。

脇道から偶然見慣れた通りに出たせいか
遠い昔から戻ってきたように新鮮な気分で街が見える。
→カメと太郎の2009年
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▼冬の愛玉子

新潟の友人が上京して、家人と二人
根津にある文京区地域センターで楽器の練習をしたので
昼食を兼ねて合流し、根津『信濃屋』で食事をし
言問通りの坂道を上って気に入りの店に案内した。

台東区上野桜木。
大正時代から『愛玉子(オーギョーチ)』の看板を掲げて
愛玉子一筋に商売されている愛玉子は
店の名も商品も愛玉子であるがゆえに
テーブルに漏れ来る光さえ、いつ来ても変わらずにいる。
→街のボタン屋
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▼日暮里NOW

新潟から上京した友人を案内しつつ
根津から上野桜木・千駄木・谷中を経て
夕焼け段々をのぼりJR日暮里駅までおくりがてら歩いた。

日暮里舎人ライナー開通とともに
北口の再開発が行われていることは知っていたけれど、
永年見慣れた寺町風景の向こうに
書き割りのような高層マンションが並ぶとやっぱりびっくりする。

映画『男はつらいよ』おいちゃん役の名優森川信のように
「あーあ、おら知らなねえよ…」
と言いたくなる。
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▼立ち呑みと年齢

新橋二丁目の立ち呑み屋。
1歳年下で静岡県清水の中学高校を通じて後輩だった友だちに新橋で会ったら
「立ち飲み屋で呑みましょうよ」
と言われ「(こいつ若いなぁ)」と思いつつ
自分の精神および肉体年齢を微調整した。

同年配の友だちと外で飲む機会を持つことの利点は
他人の精神および肉体年齢に都合良く合わせられる機会を得ることであり、
「(とにかく座れる店ならどこでもいいや……)」
などと思いがちな自分を悔い改める。
→北風と固有速度
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▼店名の誘惑

新橋から霞ヶ関まで歩く脇道にて。
港区虎ノ門1-11-10 浜田ビル地下1階の洋食『ボリューム』。
豚が鶏を料理する絵も含めて
うーん、素晴らしい。

美味しかろうが不味かろうが
量が多かろうが少なかろうがどうでも良くなるほど
『ボリューム』という店名がぐっと胸に迫るのは
ごく個人的な体験によるものかもしれないけれど。
→視覚の寒暖
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▼駒込駅上空

JR駒込駅南口駅前に建設中のホテルと
北口駅舎を結ぶ連絡橋改装もほぼ完了している。

月刊誌『RikaTan』2月号の特集は大気圧。
無事、表紙入稿を終えて空を見上げる。
→メタボリックな錯覚
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▼隔年結果

年末に郷里静岡県清水からみかんが届いたので礼の電話をしたら
「今年は不作らしいな」
とのことだった。

近所を散歩したら民家の柿の木が大豊作で重みで枝がしなっている。
果実には「隔年結果(かくねんけっか)」といって
一年おきに豊作と不作があり表年・裏年とも言う。
ネットで「柿の実 豊作」で検索したら、やはり日本中のブログで
今年(2008年)は柿が大豊作だという書き込みがあった。

柿を目当てにたくさんの野鳥が集まってきており、
カメラを持った怪しい散歩者が早くあっちへ行かないかと待っている。
夕暮れが近いので早々に立ち去ってやることにしたが
鳥たちにはありがたい冬になっている。
→駒込富士神社と市村羽左衛門と曾我物語
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