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ウクライナ人なのかロシア人なのか、両方なのか

2014-04-16 20:27:18 | 欧州情勢複雑怪奇

昨日、ウクライナ暫定政権が東ウクライナの親ロシア派を「テロ対策」で攻撃して死傷者を出した。

親ロシア派はハリコフやらドネツクあたりで市庁舎、警察署を占拠していたので確かに騒乱を起こしているわけだが、テロとはどうなのよ、と私は思うのだったがいわゆる西側メディアは遠慮なく「テロ」扱いしていた。理由としては、東部で暴れているのはロシア人で、それは外人だからだ、みたいな感じだった。

なるほど、と思いたいところだが、思えばこのウクライナ危機の問題というのは最初から最後までそこにひっかかってるんだよなぁと改めて思う。

ウクライナ人なんだがロシア人だという人がたくさんいるんだよ、という話。

日本の新聞はこの件は欧米の翻訳をしているだけなので、半日から1日タイムラグがあって今のところまだ出てないみたいだけど、現在、「テロ対策」をしたウクライナ暫定政府側の武装集団の車が親ロシア派に奪取されたりしている模様。簡単に寝返ってしまうのがウクライナ軍。

Pro-Russian separatists seize Ukrainian armoured vehicles
http://www.theguardian.com/world/2014/apr/16/pro-russian-separatists-seize-ukrainian-armoured-vehicles

Anti-govt protesters seize Ukrainian APCs, army units 'switch sides' (VIDEO)
http://rt.com/news/ukrainian-tanks-kramatorsk-civilians-840/

つまり、ウクライナ暫定政権は、前にも書いたけどウクライナ軍を掌握できてなくて、正規軍が言うこと聞かない状態は継続中のようだ。

だから、仕方がないので暫定政権は、武装親衛隊みたいななにかこう懐かしい名前の部隊を拵えて政府軍と偽ってるんだろうと思える。主体はいわゆる極右集団の人とあとは外国の傭兵だろうね。民間軍事会社とかいうやつ。

ウクライナ正規軍が従わないわけは、やっぱりクーデーターで権力の座を奪取したこの暫定政権を受け入れられないからでしょうね。さらに、今回東部住民を「テロリスト」とか言っちゃう時点で、さらに心は離れました、になるんじゃないのかな。各地で治安部隊系(軍とか警察)が暫定政権側につかない事態が今後もみられると思う。

問題の核心は、繰り返しになるけど、東部住民には、そもそもまるっきりロシアか、ウクライナ人だがロシア人だ、の人が大多数だということ。

欧米のメディア戦略では、しかし、ここでわざとひっかけてる。Russianだ、それは外国だ、とあえて誘導してる。そしてそれはすなわちロシア連邦というあの国家の調略だ、と。でもウクライナには外人じゃないRussiansがたくさんいる

そして、このウクライナ人だがロシア人の人たちの声を、暫定政権および西側メディアはずっと無視している。キエフの声が世界の声になってる。であれば、ウクライナ人だがロシア人の人たちが腹を立てて、暫定政権に反旗を翻したくなり、そうなれば背中を持ってほしいからロシア連邦という国家に目が向くのも当然の成り行き。だって、相手方にはアメリカ&EUがついてるんだもの。欧米の記事は、自分が暫定政権側についていることをあえて無視するから、バランスがおかしい記事になる。

日本でも、ロシア系の移民がたくさんいると勘違いしている人が多いが、これは移民の問題ではないです。(民族自決を無視して国境線を引いたことが間違い、という話ともいえる)

一方キエフの暫定政権は、これやっぱり極端なロシア嫌いのガリチア人(最西部ウクライナ)とまったくの外人、特にアメリカ人が大きな発言力を持っているってことなんじゃないかと思う。

なぜか。だって、キエフ周辺の本当のウクライナ人たちなら、ウクライナ人だしウクライナの独立を望んでいるけど、俺はロシア人だ、とか、どうあれロシアと戦いたいと思ってない人はたくさんいる、ぐらいのこと理解できるでしょ?

もう一つ、外国の軍がウクライナ東部に入って来ることへの嫌悪感って絶対あるんじゃなかろうか? だって、このへんは第二次世界大戦でドイツ軍とソ連軍が死闘を繰り返したところばっかりなんだもの。

■ 歴史とアイデンティティはそう弱い絆ではない

なんでそうなるのかといえば、ウクライナとはこういう成り行きで現在の形になっているから。前にも紹介したけど、この地図めっちゃ重要だわ、ほんと。

(ウクライナ 領土の変遷)

問題になっているウクライナ東部・南部(水色の部分)がウクライナという行政区分に入ったのは、ボルシェビキの革命の後レーニンが入れちゃったから。それ以前は普通にロシア帝国の一部であるにすぎない。モスクワよりキエフが近いから編入した、みたいな理由だったというのを聞いたことがある。

先月注目されたクリミア(紫部分)はロシア帝国時代にはタヴリダ県といって、もっと北のあたりも一括して、1783年エカチェリーナ2世の時代にロシア帝国に編入されている。ここはクリミア・ハン国の領土なのでロシア人のものだというのはへんな気もするが、勝ったんだから俺のものだという意味ではロシアのもの。少なくともウクライナとして取ったという話じゃない。

タタール、ウクライナ、そしてロシアの人々みんなの故地である、そしてこのクリミアは現在外的(NATO)が狙っているので、是非とも強い保護が必要だ、それは現在ロシアでしかあり得ない、とプーチンが言っていたが、うまい理屈だと思う。

 (ダウリダ県)

下の大きな地図は、1914年のロシア帝国の地図。フランス語版のwikiにあった。黒海沿岸は、左端で、そこを見ると、行政区分が細かくわかれているのがわかる。整理すると、

  • 現在のウクライナという区分はソ連があったからこそ出来た区分
  • それはウクライナかロシアかという民族国境では全然ない
  • ウクライナという概念はかなり昔からあったようだが国という単位まで想起されたのは欧州の民族主義が流行ってから。20世紀初頭のボルシェビズム時代。
  • ウクライナ語という確立された言葉を全域で話していたわけではない。まったく。

だもんで、今から100年前、日本でいえば大正年間ににこのへん(水色の部分)でアイデンティティとしてロシア人だった人は、日本たらいう遠いところにも負けちゃうし、帝政も大変でさぁと改革をやってたら第一次大戦があって、ロシア軍はフランスまで援軍出したりしてなかなか大変な戦いをしていたらいきなりボルシェビキが革命なんか起こしやがって、そのうちここはウクライナとかいう行政区分になっちゃった。

なんだよ、と思ったもののでもソ連という大きな枠組みの中なので特に問題なく過ぎた。ところが、1991年にソ連崩壊と共にこのまま独立ということになった。ここで反対しなかったのが悪いと言われればそれまでだが、まさか23年後にロシア人だというと外国人扱いされるとは思いもよらなんだ、という感じだと思う。

ネオコンだか介入主義者だか知らないが、メディアを支配すれば、他人のアイデンティティをおもちゃにしても全く無問題だと思ってるらしい態度は唾棄すべきものと私は思ってる。取りたいなら戦って取るべきところってある。ウクライナ東部はそういうところといっていいんじゃないかと思うのよね。

(1914年のロシア帝国の地図)

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