deep forest

師範の私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

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17・またまた引越し

2017-07-27 10:43:26 | Weblog
 マンガ賞の受賞でまとまった金が手に入ったので、東京で二軒目となる引越しをした。生涯で8回目の引越しということになろうか。
 半年ほど住んだ物件は、最悪だった。だいたい、いくら安いと言っても、大家と一緒になんて暮らせるはずがなかったのだ。おまけに、玄関を開けるとけたたましいブザーが鳴るという、不可思議極まる防犯システムだ。この環境で、深夜に帰宅しようものなら、下宿中の住民を頬を張るような勢いで叩き起こすことになる。そしてオレは、深夜・・・というよりも、明け方近くに帰宅する男なのだ。こんな時刻にブザーを鳴らすたびに、肝が縮こまる。恐縮というやつだ。そこでオレは、いつからか玄関を通らず、塀をよじ登って自室(二階)の窓から帰宅をする、という方法を取るようになっていた。つまり、侵入だ。画づらが想像できようか?夜もとっぷりと更けた丑三つどき、道際のブロック塀から窓の手すりを伝い、ボロアパート二階の部屋に忍び込む男の姿を。警官のパトロールにでもかち合ったら、間違いなく盗っ人呼ばわりされるところだ。
 そんなわけで引っ越したのが、江古田駅から徒歩3分のボロアパート「豊栄荘」だ。一階の北西の角部屋、6畳二間、ゲキせまキッチンに、和式トイレ、風呂なし、家賃は4万5千円也。窓を開けると塀が立ちはだかって日当たりは悪く、隣ん家のやたらと吠えまくる犬の鳴き声がやかましいが、ここ以上に安い物件が見つからなかったので、仕方がない。酒場の仲間たちに手伝ってもらい、少ない荷物を運び込んで、ここをマンガ家としての新たな出発点とする。
「あ、新しい住人さん?よろしく」
 その日にたまたま出くわしたお隣さんが、声を掛けてくれた。
「よろしくお願いします」
「なにしてるひと?」
「あ、実はオレ、マンガ家なんです、えへへ」
 マンガの新人賞を受賞したからには、もうマンガ家と名乗ってもよかろう。なかなか悪くない響きだ。ところが、その5歳ばかり年上らしき人物も・・・
「へえ。ぼくもマンガの原作をやってるんだ」。
 「家裁の人」という裁判官ものを、ビッグコミックオリジナルで連載しているのだという。毛利甚八というペンネームの彼は、隣駅にあるマンション住まいなのだが、このボロアパートを仕事場にしているのだ。のちに、片岡鶴太郎の主演でドラマ化されるこの作品で大儲けをする彼だが、この頃はこんな暗くせまい一室で、カタカタとワープロのキーを叩いていた。
「ワープロ、いらない?」
「・・・ワープロ?」
 オレはその新しい時代の未知の機械に触れたことがなかったのだが、今の若者は逆に、古すぎてワープロなるものに触れたことがあるまい。要するに、ブラウン管式テレビのようなゴツいサイズの本体と、手元のキーボードでワンセットという、パソコンに似た代物なのだが、ネットなどの機能をまったく持たず、ただただ文字を打ち込んで文章にしてくれる、というだけの機械だ。電気で動くタイプライター、と言えばいいだろうか。「書院」という名のそのかっこいい未来機械を、彼は「あげる」と言うのだった。
「新しいのを買ったから」
「ああ、じゃ、もらいます」
 オレはクソ重いそいつをもらい受け、わけもわからないままにいじり倒すことにした。こうして昭和のひとは、パソコンへと向かう時代の文化にギリギリ追いつこうとしていた。
 江古田はいい町だ。酒場は多いし、近くに武蔵野音大、武蔵大、そして我が憩いの地である日芸がある。よく日の高いうちに銭湯にいき、その帰りがけに日芸のキャンパスに立ち寄って、学食でひとり飯を食った。彫刻科のアトリエをのぞき込むこともあった。学生時代に交流していた鞍掛くんが、大学の助手になっていて、この闖入者の世話を焼いてくれたりした。デザイン棟では、イングリッド・バーグマンのようなカイさんが、まるでこの地の支配者であるかのように闊歩していた。本館の屋上に居心地のいい場所を見つけて、ビールで夕涼みをしたりもした。江古田は、そして日芸は、オレにとっての庭となりつつあった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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