deep forest

師範の私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

10・アシスタント

2017-03-21 16:45:16 | Weblog
 編集部の紹介で、とあるマンガ家氏のアシスタントとして働くことになった。その人物は、オレと同い年で、スピリッツ誌におけるこの新連載がデビュー作というルーキーだ。「塀の中の懲りない面々」でおなじみの安部譲二さん原作という話題作だが、その画を見たときの印象は、パッとしないなあ・・・というものだった。ありきたりで、魅力がわからない。オレの方がうまいことは一目瞭然だ。しかしまあ、技術習得のためだ。いろいろと勉強させてもらおう、と割り切って飛び込む。
 仕事場は、江古田の我がアパートからチャリで15分、という場所にある木造アパートの一室だ。マンガ家氏が寝ぐらとしても使っているその部屋は、なんと四畳半で、ここにすでに二人のアシスタントが折りたたみデスクをひろげている。それよりもひとまわり大きなマンガ家氏のデスクとの三台で、すでにスペースはいっぱいだ。最もペーペーであるオレは、仕方なく入口ドア脇のわずかなスペースにちゃぶ台を置き、諸先輩方のデスク下の暗がりでの作業となる。
「雨を描いて」
 最初の仕事だ。マンガ家氏が原稿をよこしてくる。そこには、すでにワク線とフキダシ、それにマンガ家氏の描いたキャラに、先輩アシの背景が入っている。そこに雨粒の細線を散らかせ、というわけだ。なかなかドキドキな仕事ではないか。先生様の本番原稿を、画の上から無数の線で汚せ、と言われているに等しいのだから。
「ペンとインクは、これを使って」
 ペン軸とペン先、それに製図用のインク壺を渡される。つまり、木製のペンの柄に、金属製のペン先を付け、黒インクで描け、と言うのだ。マンガ家なら誰もが知る当たり前のことだが、ボールペンで処女作を描いたオレにとっては初耳の作法だ。
「えっ!ペンを見るのがはじめて?そこから教えなきゃだめなの・・・?」
 マンガ家氏は戸惑っている。えらいド素人が入ってきたぞ、ってなもんだろう。仕方がないではないか。教えを乞う。こうしてオレは、ペン先にはGペン、カブラペン、それに丸ペンがあるのだと知った。そいつにいちいちインクを吸わせ、ペン入れをしていくらしい。線の質は、ペン先のチョイスと、筆圧の強弱によって描き分けるわけだ。なるほど、それならボールペンのようにのっぺりした線にならなくてすむ。
 作法は理解した。が、ぶっつけの本番ではあまりに危ういので、白紙をもらって線の練習をさせられる。雨の線は「抜き」が重要だ。マンガのペン使いは、書道における筆使いと同じなのだ。入れて、走らせ、止める、あるいは抜く。こいつを、延々と練習させられる。線が安定してきたところで、ようやく本番だ。
「へえ、なかなかうまいじゃない」
 道具使いさえ覚えれば、画の方には自信があるのだから、雨粒などお手のものだ。次第に信頼を得るようになり、定規を使うスピード線や集中線も覚えていく。さらに、パチンコ台や、キャベツ畑、階段、マンションの外観などもまかされるようになる。描けば描くほど、上手くなる。線の質も理解できていく。猛烈な勢いで成長しているのがわかる。そしてオレは心に誓う。半年でデビューして、とっととこの仕事場をやめてやろう、と。
 実際、背景描きなどバカバカしいかぎりだ。無機物を描くのが上手くなったところで、どうしようもない。描いていてたのしいのは、人間だ。キャラクターだ。なにより、ひとのマンガを手伝っていても、少しも面白くはない。尊敬できる先生なら、我が身を捧げようと思えるのかもしれないが、目の前にいるマンガ家氏は、自分より劣るザコだ。はやく自分の作品に取り掛かる必要がある。ところが、ここからがマンガ界のジレンマだ。仕事が、昼の正午から、夜をブッ通して、明け方の6時までつづくのだ。ブラックもいいとこの、連続十八時間労働。そして、日給がわずか六千円だ。時給にして333円と知り、腰を抜かしそうになる。週五日間、一日中拘束され、休日には眠るばかりだ。自分の作品など描きようもない。編集部から紹介された手前もあり、足抜けもままならない。他のバイトもできず、金もたまらず、仕事場で毎度まとめて買いに走るコンビニ弁当で食いつなぐしかない。今考えれば、このマンガ家氏の職場は特別に過酷で・・・と言うよりも、マンガ家氏が特別にケチな野郎で、こんな有り様になっていたわけだが、とにかくアシスタントをすればするだけ疲れ果て、制作意欲も萎え、ただ流れに身を委ねるだけのだらしない生活に落ち入っていく。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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