deep forest

師範の私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

45・硬骨のひと

2009-10-09 10:03:34 | Weblog
 彫刻室は、粘土のドロ、石の粉、木っ端、金属のサビ、そして各種素材の切れっパシなどがまき散らされ、しかもおびただしい道具類が乱雑に野積みになっていて、実に汚かった。作業をすれば、必ず汚れるのが、彫刻科の宿命なのだ。そんなホコリにまみれて毎日を過ごすうちに、清潔の観念は麻痺していく。やがて彫刻科の生徒たちは、そのヨゴレ自体にプライドを見いだすようになった。
 彫刻室ではウサギを飼っていて、よくクロッキーなどのモチーフにされていた。放し飼いのピーターは、どこででも気ままに黒いパチンコ玉状のものを落としていく。そのため、彫刻室内には奇妙なニオイがこもっていた。
 オレはよくピーターを抱いて、その頑丈な前歯で服をかじられた。美術科の生徒らは、作業で汚れてもいいように黒いスモックを着ているのだが、こいつがだんだんとズタズタになっていく。彼女はなぜだか、オレのスモックがいちばん好きなのだ。好きにかじらせておくと、オレのたたずまいには日に日に貫禄のようなものがついていった。そのうす汚れっぷりは、まるで「天才芸術家」のような風情である。
 その姿を女子たちはおもんぱかり、よくズタズタのスモックを修繕してくれた。学ランのようにシブい黒生地のほつれた部分に、鮮やかなオレンジやレモンイエローやスカイブルーの布地をあてがい、つくろってくれる。おかげでオレは、あちこちにビビッドなカラーを配色した「竹下通りをあるくひと」のようになってしまい、完全に威厳を失ってしまった。
 ところが、この頃のオレはよくモテた。浮世離れしたその出で立ちが、育ちのよい音楽科や普通科の生徒たちの心をワシづかみにしていたにちがいない。当時長髪だったオレは、前髪の生え際のところをシュロ縄でカチューシャのようにして結んでいた。「そのハチマキを下さい」などと、どこの誰とも知らぬ女子が二人がかりでやってくる。「そこにいっぱいあるから、持ってけよ」と、オレはシュロ縄の山を指差すのだが、思えばこの頃は、女心というやつをまったくわかっていなかった。
 クツ箱や、スモックのポケットや、学ランや、どう調べ倒すのか教室の机の中にも、他の科の女子からよく手紙が入っていた。こんな大時代なマンガのような話が本当にあるのか、とドギモを抜かれたものだ。しかし奥手のオレは、気味の悪いその手の問題をどう処理していいかわからず、いつもほったらかしにしてしまう。これがくり返されると、オレは「硬派」と勘違いされ、さらにモテてしまうのだった。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
ジャンル:
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キーワード
スカイブルー レモンイエロー
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