Life Goes On

by Madonnalily

劣等性の追求

2017-05-20 09:02:01 | 日記

怖い物見たさというか、好奇心旺盛な性格が災いして横道に逸れてしまったが、先にアドラーをやっつけないといけないんだった。

 

 

人が劣等感を抱くのは、ごく当たり前のこと。

誰もがみな、大かれ少なかれ、劣等感を抱いて日々を暮らしている。

しかしそれは、他者との比較から生まれる劣等感ではなく、理想の自分との比較から生まれる劣等感であるべきだよね。

 

というのが池上、じゃなかったアドラーのいう劣等感。

 

理想の自分って何?

何をもとに理想の自分を思い描くの?

他者と比較せずに自分だけを見て、ここがいいとか、ここが悪いとか、どうやって判断するんじゃーびっくり

 

そのための土台作りがちゃんとできてる人は、理想の自分をしっかり持ち、それに向かって進むことができるだろう。

しかし長年比較と競争に明け暮れていた人が、いきなり比較も競争もしない自分になれるのだろうか。

 

アドラー派の人々を見ていると、そうしようと努力しているように見えるが、彼らが思い描く理想は、やはり人より優れたものになりたい、あるいは人と同じようになりたいという、他者との比較や競争が感じられる。

 

 

なぜそうなってしまうかというと、土台が違うからなのだ。

競争原理という土台を根底からひっくり返さない限り、新しい土台は作れない。

欠陥住宅と同じで、基礎部分をそのままにして、上から補強しようとしているようなものだ。

 

見かけ上は優良住宅と変わらないが、年月が経つうちに少しずつ歪みが生じてくる。

アドラー心理学の場合は、実践を繰り返しているうちに歪みが生じてくる。

あるいは、語れば語るほど綻びが目立ってくる。

 

個の心理学を全体の心理学に変えてしまったことが大きな要因かもしれない。

人には、共有できるものと共有できないものがある。

 

通販番組の決まり文句は、効果には個人差があります。

これを忘れるとクレーム対応に追われたり、悪くすると薬事法に引っかかる。

 

アドラー理論も、効果には個人差があります。

なぜならば、ご存知のようにアドラー心理学は個人心理学だからですニョロニョロ

 

しかし誰もクレームを言わず、すすめられるがままにサプリメントを飲み続けている。

優れたものになる代わりに、劣等生になることを夢見るかのように蝶々

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