diary-n

全て、冗談みたいなモノ。

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7月22日 ライブキャンセルのお詫び

2015-06-30 23:10:53 | 日記
2015年7月22日に祗園 Silver Wingsで予定されていた弾き語りは、
私の職業上の都合によりキャンセルせざるを得なくなりました。
お店側のマスターには先ほどお会いしてお詫びして来た所ですが、
改めて関係者の皆様や、足を運んで下さる予定だった方々にお詫びいたします。
誠に申し訳ございません。

Silver Wingsでキャンセルしたのはこれで3度目になってしまいました。
偶然とはいえ、情けなくて恥ずかしくて仕方がありません。
ライブをやっていると言ったってロクに集客も出来てないし、
もう音楽なんかやめるべきなんじゃないかという考えも浮かびますが、
私にはまだ、それを捨ててしまえるだけの勇気がありません。

世間一般の人達から「暗い」と一蹴されてしまうようなどうしようもない曲を、
30分そこそこの持ち時間で死ぬ気で歌い切る事が、私の生き甲斐のひとつです。
そして、それを聴きたいと思って下さっている奇特な人達がいらっしゃる事も知っています。
この2点のどちらか一方でさえも実感できなくなってしまうまでは、
何とかして続けて行きたいと思っています。

今後とも、どうか宜しくお願い申し上げます。



新實幸太朗
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胸一杯に吸い込んだモノを空になるまで吐き出すコト

2015-06-14 02:57:34 | ライブ
まずは次回ライブの宣伝から。

2015.7.22(水)弾き語り @祗園 Silver Wings
 w / 鈴木スー(ヨコシマンズ) / dearyco / HIROCK / 柳聡明
 open 18:30、start 19:00、前売¥1,500、当日¥2,000(+1drink)

調べてみたが、なかなかバラエティーに富んでいる。
HIROCKさんとはMUSE HALLで、お互いバンドで共演した事があるようだ。
まぁもちろん俺の事は憶えてないだろうが。お楽しみに、だ。



水曜日。

つい先日「梅雨入りした」と聞いていたが、
午前中はカラッと晴れて気持ちが良く、ぼんやりと過ごす。

大阪でライブをするのが4年振りだからという事で、
特に気負うでもなく変に緊張するでもなく、
ただほんの少しテンションが上がってワクワクと京阪に乗り込む。
まるで遠足に行く子供みたいだが、
独りぼっちなのでこの気分を誰とも共有できずに持て余す。

伏見の住宅街の間を縫うようにしてクネクネと走る線路、
樟葉あたりで遠くに見えてくる小高い丘の上にギュッと敷き詰められた家々、
大阪市内に入った途端に大都会のそれへと変わる車窓からの景色のギャップ、
今まで殆ど使った事のなかった大阪環状線の古びてくすんだオレンジ色の車体、
とてもじゃないが儲かっているようには見えない店が無限に立ち並ぶ天神橋筋、
その物哀しさに輪をかけたような趣の狭い裏道の商店街、
天満天神という地名の由来と思われる割にはあまりに閑散とした大阪天満宮。

初めて来たのかと思えるくらいキョロキョロしながら長距離を歩き、
その道すがらの風景や空気を骨の髄まで味わい尽くして、
リハ後の散歩で体力を使い果たしたんじゃないかと疑わしくなって来た所で、
ラーメンマップアプリを参考に見つけた店に入ってエネルギーを補填する。

もはや何しに行ったのか分からないが、ココまではあくまでも前置きだ。



弾き語り @扇町 para-dice

リハを終え、長い散歩から戻って来たら、山添ヒロカズさんが
「お久しぶりです、憶えてますか?」と声をかけてくれた。
なんと彼は、7年振りに会う俺の事を憶えてくれていた。
驚きだったし、たまらなく嬉しかった。それだけで来て良かったと思えた。
主に7年前の事を話した。彼は、
「あの時出てた人達のライブに俺は打ちのめされて、暫く大阪を避けた」と言った。
そこには俺も含まれていたという。それは同時にハードルが上がっている事を意味した。

para-diceのシムラさんとヤスイさんが、
俺が提出した曲目表を見て二人して「いいね〜」などと言っていた。
なんと彼らは、4年振りに出る俺の曲を憶えてくれていた。
驚きだったし、もちろん嬉しかった。ここに祝福をもって迎えられた気がしたが、
それは同時にハードルが上がっている事を意味した。

共演者は皆すごかった。
漫画『BECK』(ハロルド作石)に出て来ていた台詞、
「ギターってのは、たった6本の弦を伝わって出て来る人間性なんだ」
コレが意味する所を身体全体で再確認させられた。
(ちなみに上の台詞を検索すると台湾出身のギタリストも引っかかって来る。
 どちらがオリジナルなのかは分からない。)

具体的に誰がどうと言ってしまう事が阿呆みたいに思えるのでやめるけれど、
例えば、作為的な曲の展開の上とはいえ、わっと声を大きくした時に、
あんな風に心に真っ直ぐ響いて揺さぶられるなんて事はなかなか無いし、
例えば、一曲目の前奏のたった2〜3小節で、ギターを勢い良く鳴らした時に、
あんな風にひと塊のまとまった音としてぶつかって来る事もなかなか無い。

こういうのは分かる人にだけ分かるようなモノじゃないと信じたい。
俺がココでしているような、蘊蓄タレて通ぶってるような奴だけじゃなく、
少しでも音楽が好きなら誰にでも体感できる衝撃的な経験なんだと。
これからもそんな音や歌に触れたいし、出せるようになりたいと思う。

俺自身も散歩疲れなんか微塵も感じる事無くしっかり演れた。
出演者もスタッフも皆が楽しんでいて、
ここ数年に無いくらい楽しい一日を過ごさせてもらった。

ただ…あんなに良いイベントだったのに、お客さんが合計1名だった。
何とも勿体ない話で、残念でならなかったし申し訳なかった。
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朝の破壊行為、漏れ出る脳内麻薬

2015-05-28 11:17:33 | 日記
まずは次のライブの宣伝から。

2015.6.10(水)弾き語り @扇町para dice
w / 山添ヒロカズ 、吉見拓哉、マツシタマサヒロ(名古屋)、siva
open 18:30、start 19:00、¥1,000(+1 drink)

2015.7.22(水)弾き語り @祇園 Silver Wings
詳細未定

扇町 para-diceは、なんと4年ぶり。
その頃のブログを読み返してみて、一人で赤面した。
半年と少しの間、ライブが嫌になってステージから離れていた時期があって、
その直前の、いわゆる最後のライブだった。
山添ヒロカズさんも憶えている。格好良い人だった。対バンは7年振り。
あの店の名が変わる前、「DICE」だった頃だ…まぁ向こうは憶えてないだろう。
当時は名古屋から来ていたが、大阪に引っ越したんだろうか?
なんだか懐かしいし、独りで京阪特急に乗る寂しさも、薄汚い扇町公園やキタの景色も、
とにかく長くて栄えてるのか衰えてるのか微妙な天神橋筋も、全てが凄く楽しみだ。

さて、改めて。また久々のブログだ。
昨年は4回書いた。一昨年は8回だった。今年は何回になるだろうか。



土曜日。

朝っぱらからあんなに気分が悪いのも久し振りだった。
昼頃を過ぎてもまだ叫びだしたい気持ちを抑えている状態だった。
気分が悪い…と言うより、テンションが狂っていると言った方が正確かもしれない。

我が家はそろって朝が弱く、いつもギリギリだ。
この日は俺よりも妻の方が早くに出かけなくてはいけなかったので、
俺が簡単な朝食を作って息子にも急ぎ気味で食べさせ、
息子を預かるために迎えに来てくれた義母と共に送り出し、
さぁ今度は自分が出かける準備をする番だ。
寝間着のままだったので寝室で着替えなくてはいけない。

寝室の扉が開かない。ノブが回らない。

扉の鍵は、ノブの中心部にあるボタンを部屋の内側からガチャッと押し込む古い物で、
内側からならノブを廻すだけで開けられるが外からはキーが無いと開けられない。
おそらく息子が、そんな事情など知る由もなく、
ボタンを押し込んだまま外側から扉を閉めてしまったんだろう。

キーは無い。

築50年前後の古い家の各部屋のキーなんて、住み始めた当初から無い。
駄目元で大家(親)に電話してみる。
「寝室の鍵…て、なんや?」
…存在そのものが忘れられているようならもうどうしようもない。
服は寝室の中にしかないし、毛玉だらけのボロトレーナーで出かけるわけにもいかない。

壊すしかない。

ハリウッド映画やドラマよろしく思い切り蹴ってみるが、
古くてモロそうなクセにビクともしない。
廊下が狭いから助走するほどの距離もなく、20回ほど蹴った所で諦め、プランBへ。

金槌を持って来てドアノブを何度も何度もぶっ叩く。
木製のノブが割れ、みるみる無惨になっていく。
手前側のノブが完全に落ちても扉は開かないので、
向こう側のノブも落としてやろうと引き続きぶっ叩く。

やがてノブは完全に壊されて、開かずの扉はノブの無い開かずの扉になった。
バラバラになってもまだ扉を繋ぎとめている部品は、頑固にフレームにしがみ付いている。
ドライバーで弄ったり金槌で叩いたりしてみたが、やはり開かない。

いい加減に家を出ないと遅刻するギリギリの頃合いになり、
寝室に入るのは完全に諦めて寝間着のまま出勤する覚悟を決めたが、
誠に残念なタイミングで、クリーニングに出すつもりで長いこと放置してあるスーツの事を思い出す。
上着は流石に暑くて着れないが寝間着よりはマシだと思い、
干しっ放しのワイシャツとスーツパンツにスニーカーという、
30代半ばで高校生のような格好をして家を飛び出したのだった。

そして不運は、これで終わりではなかった。

慌て気味で自転車を走らせていると、
養護学校の団体さんらしき人たちが行く手を阻んでいた。
引率の先生らしき人が「はーい、自転車ですよ!道を開けてくださーい」と言うのに従い、
生徒らしき人たちは左右に分かれて道を開けてくれた。

が、その人の谷間に俺が差し掛かる直前に、一人ふらりと飛び出して来た。
「最初は左に避けたけど、やっぱ右!…って気持ちは分からん事もないけどアカン!」
と思って強くブレーキをかけたがご期待通り間に合わず、
不幸中の幸いか硬い自転車ではなく柔らかい身体同士がどん、とぶつかった。

「すみません大丈夫ですか!?」を先生らしき人と俺とで互いに言い合ったが、
当たった本人は集団に隠れてしまって様子が分からないし、
倒れているような事もなかったのでもう一度「すみません!」と叫んで先を急いだ。

朝の無駄な破壊行為と軽い接触事故で、夕方くらいまで情緒不安定になった。
少し頭がふらついているような気がするし、心臓にモヤモヤした違和感が纏わりついた。
いつもより慎重にしないと失敗するかもと思って働いていたが、
ふと手が空いた時、客の髪型が妹の一時期のそれと似ていたのを見た事がトリガーになって、
頭の中を、働いている最中には全く余計な、ネガティブな考えやイメージが次々と沸いて来て、
しまいには涙がじんわりと滲み出て来る始末だった。



さっき建具屋が来た。
あのタイプの鍵はドライバーなどをうまく突っ込んで、
ラッチボルト(ノブを廻せば動く部品)を引っ込めれば開けられる、と教えてくれた。

道交法の改正により、6月から自転車への縛りがキツくなるのだとか。
耳を塞いで走るのに反則金がついたとか、車道を走らなければならなくなったとか。
耳を塞ぐのはやめなきゃしょうがないが、京都市内の狭い道で車道は危険じゃないのか…。
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最高に楽しくて孤独な夜

2014-08-21 23:57:34 | ライブ
久しぶりにライブ後の心境を書こうと思う。

2014.8.21 弾き語り@祇園 Silver Wings 6周年

タイトルに書いた通り本当に楽しくて、ヒシヒシと孤独を味わった夜だった。
どいつもこいつも片っ端から、それぞれ持っている何かを爆発させていた。
どのバンドもメンバー全員が楽しんでいたし、粗削りでも芯がある(そういうジャンルだ)し、
何処かで誰かが言うように、ロックンロールは生き方なんだと再確認させられた気がした。

特にモンスターロシモフ、観たのは4年ぶりだけれども、
楽器の腕もパフォーマンスの質も数段上がっていて圧倒された。
しかも10年も続けているという。驚きだ。拍手を送らずにはいられない。

ブッキングを組む時に、俺の出番を真ん中辺りにしようかとも考えてくれていたと聞いて、
それは色んな意味で有り難い事なんだけれども、
今回は一番最初で良かったと、助かったと思っている。
あんな勢いのあるバンド達に挟まれたら、俺は正直どうなるのか分かったもんじゃない。

昼過ぎくらいから始まった頭痛を中途半端にしか抑えてくれなかった薬。
声を長く伸ばした直後に最も高い波が襲って来て、その度に憤り、もう駄目かとも思った。
またしても後半で喉が言うことを聞かなくなったから余計に苦しかったし、
あからさまなミスも何度かやらかしたが、今回もどうにか最後まで演りとげた。

改めて、6周年を迎えられたSilver Wingsさん、おめでとうございます。
10周年の時にも呼んで貰えるようにしたいと思っています。
それに遠方から来てくれた方、テキサスから来たカンニバルパパイヤも含めて、
勿論近くからの方も。あの場に居た全ての方々に感謝を。

写真はロットンズ。リハ中に勝手に撮って勝手に載せさせて頂きました。
ベースの子が写ってないのが残念。
本当は本番のを載せるべきだったんだが楽しくて撮るのを忘れた。
多分彼らはこのブログ読まないと思うけど、もしここに気付いて、もし嫌だったら、
mail@web-n.info迄ご連絡ください。
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見せたいモノ見せたくないモノ

2014-08-14 18:37:54 | 考え事
まずは1週間後のライブ告知から。

2014.8.21(木)弾き語り@祗園 Silver Wings 6周年
 w/ Cannibal Papaya(USA)、ロットンズ、モンスターロシモフ
 open 19:00、start 19:30、前売¥1,500+1drink、当日¥2,000+1drink

何度も言うが、この日は俺以外みんなバンド。
検索するとガレージ臭プンプンのロックンロールが溢れ出て来る。
この半端ないアウェー感は、おそらく8年前の京都MOJO以来だ(当時のブログ記事)
あの時に声をかけ音源を買ってくれたカップルが二人ともドラマーで、
のちにその女性の方と一緒にバンドを始める事になったのはイイ思い出だ…。

さらに調べてみると、モンスターロシモフは2010年4月にネガポジで一緒だった。
当時はこっちもバンドだったので、気付いてもらえるかどうか…。4年も前だし。


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少し前、幼稚園の先生方による『赤ずきん』の人形劇のようなものを見る機会があった。
尺を短くするためなのか、自分たちで時代に即した形にしようとしたのか、
お婆さんも主人公も狼に喰われないし、狼でさえ無傷で済むという内容だった。

狼がどうやってお婆さんを喰わずにベッドで待ち伏せできたのか、
留守を狙ったのか何だったか忘れてしまった。
とにかく赤ずきんが狼に喰われそうになる絶妙のタイミングで狩人が現れ、
銃で脅された狼は一目散に逃げ去ってしまうのだ。

赤ずきんは、母親の言いつけを守らず道草をした事で痛い目に遭い、
「これからは親の言いつけはちゃんと守ろう」と反省する…という話だった筈なんだが、
子供たちがあの改変版から何かを学べそうな事というのが、どうにも見当たらなかった。

確かに、狼に喰われたり狼の腹を切り開いて石を突っ込んだりとう表現はエグい。
だが、エグいからって丸ごと削除して何かが良くなるんだろうか。
子供に語って聞かせる大人の側の気分の問題だけなんじゃないのか。
子供がグリム童話のエグいシーンでトラウマになったなんて話を聞いた事があるか?
改ざんした連中は子供だった頃に『赤ずきん』で嫌な思いでもしたのか?

最近は『桃太郎』なんかも改ざんされていると聞く。
お供を連れて鬼が島へ行って、話し合いをして、お宝をもらって帰って来るのだとか。
ここでは、鬼たちは人々の生活を脅かす悪者じゃなかったか?
そんな山賊みたいな連中と、一体どんな話し合いをしたんだろうか。
吉備団子で飢えから救われ恩を受けた家来たちは何かの役に立ったんだろうか。

グリム童話や昔話を、こうした視点で考えながら検索していると面白い。
芥川龍之介や福沢諭吉までもが、桃太郎を強盗犯としてとらえていた事が分かった。
ジェンダーを意識するあまり『桃子』にしちゃったりとか、
お爺さんが洗濯してお婆さんが芝刈りに行くだとか、くだらん話も出て来る。

どちらかというと保守的な考え方の人間にとって、こうした物語の改ざんは気に入らないが、
そもそも古い話には諸説あるし、時代によって都合のいい解釈が生まれるのは当然だ。
しかし変に過敏になっている事には、どうしても違和感がある。

じゃあ戦隊モノは?仮面ライダーは?あれは暴力じゃないのか。
最近じゃガラも悪くなっちゃって「オラァ!」なんて言いながら戦ってる。
子供たちが正義の味方ごっこをして遊ぶ時、標的になるのは親だけじゃない。
学校や幼稚園では必ず自分より弱い者を選び悪役にして叩いたりしてる事に気付いてるか?
気の弱い子はこう思うだろう、現実世界に正義の味方なんていやしないんだ、と。
女の子向けのプリキュアだってそう。Wikipediaによると、
「キュア(Cure=癒す)」だそうだが、それこそ悪役を癒すべきなんじゃないの?

ヒーロー物にしたって女の子向けにしたって教育的配慮なんかありゃしないじゃないか。
あんなもん得してるのはオモチャ屋を始めとする企業どもだ、結局は。
グリム童話や昔話をいじくる前に、そっちに抗議するのが先じゃないのか。



つまらん事に何時間もかけてツラツラ書いてしまった。

本当はゴジラの事も書きたかったんだが、長くなりすぎたのでまた後日。
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