田の神様のつぶやき

歳とともに憂国の情深まり、日本の将来を政治経済の在り方から見つめていきたい。

老人ホームでの人工呼吸器操作ミスで死亡ニュース。あえて尊厳死した母の事例を紹介したい。

2017-01-28 14:53:03 | 日記

 昨日27日朝、NHKラジオ・関西ホットラインから、大阪府下の有料老人ホームで人工呼吸器の電源操作ミスで入所者が亡くなったとのニュースが流れてきました。ちょうど日本尊厳死協会から送られてきたLivingWill1月号で(特別座談会)小泉純一郎元首相“最後をライオンのように”を読んでいるところでした。このニュースを聞いて、私はお年寄りが人工呼吸器でなくなったこと以上に、老人ホームで延命装置をしていたことに衝撃を受けました。“大往生したけりゃ医療にかかわるな”(石飛幸三氏)の言葉にあるように、日本の病院では自然死は望めません。ところが安らかに死ねるはずの老人ホームで、どうして人工的にガスを送り込んでヒクヒクしながら苦しい末期を送らなければならなかったのか、やりきれない気持ちになりました。

 そこでまったく私的なことですが、昨年末、母が特別養護老人ホームで97年の大往生を遂げた事例を紹介させてもらいたいのです。以下は私の属するプロバスクラブと言う団体で話したことをそのままお伝えします。

 母は8年間、老人ホームで温かい介護を受けてきました。母が大分弱ってきた2年前、老人ホームとの間で看取り介護の同意書を交わしているのです。その中でお母様は、最後はご自宅にされますかとか、延命を希望されるのでしょうかと聞かれています。その時私は、母は最期まで皆さんにお世話になりながらこのまま逝きたいと望んでいるはずです。従って延命は一切いりませんし、点滴も必要ありませんと言いました。

  昨年12月13日、私の属する丹波医療再生ネットワークが“尊厳死・あなたらしい最後の迎え方”と言う市民講座を開いており、プロバスの数人の方も聞いてもらいました。そこで言われた尊厳死とは、その人の末期に際して、自己決定で自分の死に方、延命装置の不開始または中止を求めた自然死を言うらしいのです。要はいらん事せず自然に死なしておくれということですね。私は母に代わって、老人ホームとそこの主治医の先生に尊厳死をお願いしていたのです。

  母は11月終わりごろから食事をとらなくなってきました。主治医の先生も、食事が呑み込めにくくなったのだから、無理しなくてもよろしいよと言ってもらっていたようです。尊厳死のパワーポイントメモには、「大往生したけりゃ医療とかかわるな」と書かれている一方、「かかりつけ医を持って、話し合いを」とか「在宅医の選び方」の項目があります。母や私たちは、本当に良い主治医に最期を見てもらったと感謝しています。私は時間の問題かな、何日もつかなと思うようになり、そのころからは、2日おきに妻と母を訪ね、ほとんどものが言えなくなった母に何かと話ししましたちょうど11月終わり頃から12月は私も用事を抱えていた頃で皆様にも迷惑をかけましたね。母には冗談半分に、「お母ちゃんこっちも都合があるしな、教えてよ」といい、介護師さんから、「まあよう言うてや」とたしなめられました。確かに、この「旅立ちにあたって」と書かれた老人ホームからもらっているシオリには、臨終のときにも、“耳は最期の時まで聞こえていると思われます”と書いてあります。母は息子の冗談を冗談と知りながらよく分かっていたのかもしれません。私たちは、行った時にはいつも枕元にある、看護師さんや介護師さんの介護記録を読ませてもらいました。そのメモには、体温や血圧、脈拍、喉のゴロゴロのあるなしと共に、ほとんど笑顔ありとの記録を見て安心して帰りました。それにしても、臨終の頃の介護記録に、しきりに笑顔ありの言葉が書かれているとは驚きですし、母が仏さんの境地に近づていたのか、老人ホームさんのお世話が御釈迦さんのような慈悲深いものだったのかと思われます。大晦日の日は、主治医の先生が往診日ではないのに来てもらったそうで、その話から気になり、昼と夜、母の所に行くとやはりニコッとしてから、大きく口をあけて何か言っているのです。妻が、「しんどいの」と問いながら、「お母さん、ありがとうと言われているんじゃないの」と言うのです。確かに、口ぶりはありがとうと言っていました。母は31日の夜中11時15分に今が一番良い時と考えて、笑顔ですべてに感謝して死んでいったのです。

 日本では医師会も弁護士会も尊厳死に反対していると聞きます。老人ホームでさえ人工呼吸器など延命装置をやっている背景はどこにあるのでしょうか。

 小泉さんは「ずーっと以前からね、お見舞いに行った病院で意識もないのに“スパゲッティ状態”でいる人を見かけることがあって、あれは良くないと思っていた。昔の人は治療の手立てもなく、食事もとれなくなったら老衰で死んでいった。自然とね。できたら自分もそうありたいと思い‐‐‐。」と言われています。

 

 

 

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