田の神様のつぶやき

歳とともに憂国の情深まり、日本の将来を政治経済の在り方から見つめていきたい。

私にとって〝ブログとは精神生活になくてはならないもの”

2017-12-19 20:41:15 | 歴史に生きる

 今年もあとわずか、ブログ村から「あなたにとってブログとは?」の問いへの答えで今年を閉めましょう。

 ブログはソーシャルメディアの中で考える場となっています。

 マスメディアは考えるより、教えられる場でした。ところが、マスメディアは社是があり、市民を一方向に誘導する面があります。誘導するのも、政治社会に対してチェック、批判はしても“それではどうすべきなのか”のない論調も多くなっています。社説もろくに書けない全国紙さえあります。(2016,8,21の田の神様のつぶやき 「新聞凋落!」で田原総一郎氏弁 紹介)

 これに対して、ソーシャルメディアは個人個人の意見が言えるので、偏りがあっても主張しています。その主張に従う必要はなく、あゝそのような考えもあるのだなと自分なりに受け止めればいいのです。

 最近言われ出した形而上下の話をします。リベラルでも、その実、時代遅れの観念論だったり、保守・革新でも、戦後70年間同じ論調で反対反対を唱え続けている党は革新でなく最も保守的な集団のはずです。ところが、マスメディアは冷戦時代(ひと昔ふた昔前)に分析した概念でずれた評価をそのまま使っています。このようなことに気付かしてくれるのもソーシャルメディアなのかもしれません。

 ソーシャルメディアには、マスメディアの記者・論説委員に劣らない学者・専門家の意見も多く、テレビ・新聞を見た後でソーシャルメディア・ブログで再チェックをしています。ブログは書く喜びとともに他の人の意見を聞き刺激を受け、私の精神生活になくてはならないものとなっています。

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診療報酬と介護報酬の改定はなぜ同時にしないのか

2017-10-28 17:32:03 | 日記

 26日の日経新聞、財務省と厚労省は診療報酬と介護報酬の改定の検討に入ったと報じている。

 解説欄で、診療報酬は2年に1度、介護報酬は3年に1度、それぞれ改定することになっており、6年に1度は改定年が重なると説明、今年はその年らしい。

 そして、両省は6年ぶりの同時改定にあわせ、医療と介護の在り方を一体的に見直す、とある。ならば、他の改定年は一体的に見直すことをしていない、しなくて良いのか。

 これからの最大の政治テーマは税と社会保障の在り方だ。ところが、今回の選挙では消費税や社会保障の議論はあまり(具体に)聞けなかった。政治家もメディアも診療・介護報酬の改定は、一緒に少なくとも同時にせよくらいは言えないのか。

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希望の党と立憲民主党のどちらに(?)の方、10月2日の地方紙〝リベラル勢力とは”は必読

2017-10-05 07:57:05 | 日記

 民進党が実質解党され、希望の党と立憲民主党に分かれました。同じ民進党だったのになぜとか、どっちを選べばよいかわからないと悩まれる方も多いでしょう。しかし、民進党(前民主党)は、元々安全保障という国の基本姿勢で意見の違う人たちが集まっていたため政策もたてられなかったのがこの度別れたことで、その違いを理解すれば選びやすくなりますよ。いまメディアは、面白おかしく民進党の不節操や両党たたきをやっていますが、なんと10月2日の地方紙(共同通信)“リベラル勢力とは”の見出し記事で、二人の学者に両党の違いや将来性を示してもらっています。すごい記事ですので、そのまま書きます。

 

 衆院選でともに「保守」を掲げる自民党と新党「希望の党」との対決姿勢が強まる中、希望から排除される可能性がある民進党リベラル系前衆議員らの動向に注目が集まっている。自民と希望は憲法改正をうたっており、護憲派の有権者は投票先に頭を悩ませる。そもそも日本政治でリベラルとはどんな勢力なのか。専門家に聞いた。戦後の日本政治は「55年体制」と呼ばれる自民党政権が続いた。国際医療福祉大の川上和久教授は「その中でリベラルとは、自民党の半分ほどの勢力を保った旧社会党に代表される護憲、反日米安保、反自衛隊の主張を指した」と指摘する。55年体制が終わり、1994年に自民などとの連立で、旧社会党の村山富市氏を首相とする内閣が成立。村山氏は自衛隊を合憲とし、日米安保も肯定した。

川上氏は「現実の政権運営を担うと、反安保などの主張は貫けない。中途半端なリベラルになり、支持者は分散した」と語る。

 川上氏は、欧米のリベラルと呼ばれる勢力は「高福祉・高負担」を掲げ広い支持を集めている点に触れ「日本は基本的に『中福祉・中負担』。保守との対立軸は憲法などになりがちだ」と外国との違いを指摘。今度の選挙について「福祉政策を含め、自民・希望と対立し『本当のリベラルはこうだ』という旗を立てれば、それなりに票が集まるのでは」と分析した。千葉大の小林正弥教授も「本来のリベラルとは、米民主党のような福祉や社会的公正、富の再分配といった価値観を持つ」と語る。だが、日本の状況は異なる。小林氏は「今は立憲主義に反する安倍政権への対抗が急務。民進党リベラル系は独自に『立憲民主主義』を旗印として、共産党や社民党、自由党の一部と連携を探るべきだ」と主張した。

 

 よく読むと、二人の解説・意見は正反対です。。川上氏は希望の党は、政権運営に向けて「本当のリベラルはこうだ」と主張せよ言われています。一方小林氏は「立憲民主主義を旗印として」と立憲民主党の名づけに示唆を与えられた結果となりました。ただ、両氏のリベラルの解説からは、立憲民主党はかつての社会党になりそうに読めるのですが‐‐‐。

 この辺、言論プラットフォームのアゴラ専門家の意見が参考になりそうです。日本の基本法(憲法)の見方も、まずは政党、次にメディア、最後に憲法学者の順に変わっていくでしょう。(本当はその逆回転が好ましいのですが、日本ではそうはいきません。情けないですね)

 

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希望の党の最大の功績は平和主義を空想から現実に戻すことにありそうだ

2017-09-30 12:30:14 | 日記

 自公は民進党が希望の党に合流すれば看板の据替と宣伝している。しかし、希望の党の代表、小池さんは“空想的平和主義者はご遠慮ください”と言っている。空想的平和主義者とは、憲法9条はいらってはならないと言っている人たち、護憲派集団をさす。空想的平和主義者は、政治家では共産党、社民党、そして民進党内の旧社会党系に多くいる。メディアでは、朝日新聞、毎日新聞、共同通信(東京新聞等)にも多い。日本国憲法を純粋に解釈すると、自衛隊や日米安保さらには集団的自衛権も憲法違反と言わざるを得ないとする多くの憲法(解釈)学者も含まれる。これらの憲法学者は、立憲主義という素晴らしい政治原則を祝詞のごとく使うことから、護憲勢力の影の支援者になり、メディアさえ護憲勢力をリベラルと称している。(日本では、共産党がリベラルの優等生となってしまう。変な国だ。)

 自公は、民進党(かつての民主党)に多くの護憲勢力が入っていたことから、民進党は国の安全保障政策が二分する党として、国民の信頼を得られなかったことを知っている。だから、希望の党に民進党が入ることで、希望の党も政策党になれないと言いたいのだ。小池さんは、民進党から希望の党に替わりたい人も、安全保障や憲法観が一致しない者は“排除”すると言っている。小池さんは、せっかく日本が小選挙区制により二大政党化しやすくなっていながら、外交や安全保障のような国の存立にかかる基本姿勢が正反対では、国民は信頼してくれないことを(現与党と同様)よく知っている。希望の党が空想的平和主義を排除することで、現実を見据えた国の安全保障論争が可能となり現実的平和が保たれることになる。自公は何でも反対党が少なくなり、自分たちに替わりうる野党が出来つつあることを恐れているのだ。

 今回の総選挙は面白くなりそうだ。希望の党、民進党の保守勢力、大阪維新の会が組めば、いずれは現実的な政権交代が可能な政党が生まれそうだ。民進党の旧社会党系は、共産党や社民党と組めばいい。連合も今回は同盟系と総評系がそれぞれ支持グループを応援すればいい。 

 メディアに言いたい。今回の選挙は歴史に残る選挙となりそうだ。日本に二大政党制を育てるために、長い目で建設的野党を見てやってほしい。少なくとも、細かなアラさがしはしないことだ。

 そして安倍首相にも言っておきたい。希望の党により、“憲法改正は急がば回れだ”と。

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将棋が趣味という憲法学者・木村草太教授の講演、憲法解釈を詰将棋のように楽しんでいるのですかー大事なのは13条でなく芦田修正案でー

2017-09-07 14:49:16 | 日記

昨日9月5日「憲法という希望」をテーマに、首都大学の木村草太教授の講演会が丹波市であり、田舎でも700人のホールがいっぱいになった。木村先生の講義内容は自衛隊と憲法9条、教育無償化と憲法、辺野古訴訟の憲法論であったが、90分のほとんどは憲法9条に費やされた。質問用紙が配られ、選ばれた質問に木村先生が答えられたが、私の質問は不採用(新聞「声欄」のように主催者の都合の良い質問が採用の感)、そこで改めてブログで質問したい。

私の質問は、「多くの憲法学者が違憲と見ている日米安保がもし(ありえないだろうが)廃止されれば、憲法9条は本来の姿を呼び戻したと見るのか、厳しい安全保障環境の中で憲法改正は必要となるのかお聞きしたい」とした。以下疑問点を書いてみる。

 まず、「国際法の原則」

武力不行使の原則だが、例外として国連憲章42条の集団安全保障(国連安保理決議で加盟国が共同で安全を保つ。)、それまでの間の時間的空白は憲章51条の自衛権(個別的・集団的)で自国を守らなければならない。ここで、木村先生、個別的自衛権と集団的自衛権は同列に書かれているが、縄文人と弥生人が異なるように全然別物と笑いを誘う。

― 個別的自衛権と集団的自衛権を区別するのは日本のみと言われているとしながら、日本(の憲法学者)は各国共通の国際法的解釈が出来ないのですか。

 日本国憲法は武力行使統制 

憲法9条1項は、「国際紛争解決のための武力行使・戦争の放棄」となっている。外交交渉で行き詰まったとして武力行使に訴えることは侵略に繋がるのでダメということ。  憲法9条2項は「(陸、海、空その他の)戦力不保持、交戦権の否定」となっている。

第一の論点「9条の禁止範囲は?」として、木村先生は「国際紛争解決のため」ではない(自衛のための)武力行使は禁止していない(芦田修正案=“前項の目的を達するため”)との説があるが、憲法に「武力行使を行う場合の責任者・手続きなど不明」でやはり武力行使はできないと言われる。

― 元々日本国憲法は敗戦国の戦争放棄(戦勝国アメリカの原案と敗戦国日本の反省から)がベースとなっており、憲法に武力行使規定がないのは当然で、そのことで自衛戦争も認められないとなるのですか。

 第二の論点「9条の例外を認める根拠はあるか?」

1説:例外規定は存在しない⇒個別的自衛権・自衛隊違憲説

2説:憲法13条が根拠となる⇒個別的自衛権・自衛隊合憲説

木村先生、13条は政府に国民の生命を保証する義務を課しており、国内防衛作用については「行政」の範囲に含まれる。ところが、他国防衛について、例外を許した条文はない、従って集団的自衛権が認められるはずはないでしょうと言われる。

― 自衛権の根拠を基本的人権の生命・自由・幸福の追求から引っ張ってこなければならないこと自体に憲法解釈の無理があるのではないですか。(根拠をさがしまわって、あった、あった、13条を使おう、と言うことになったのですか。)

 それ以上に、日本の基本法の解釈が2分するような日本国憲法に欠陥があるのではないですか。

 最後 安保法制と9条改憲

安倍首相は1項・2項を維持しつつ自衛隊を憲法に書き込む?

木村先生、自衛隊を設置してよいと書くだけでは意味をなさないのであって、自衛隊の任務をどう書くか決めなければなりません。

 甲案:個別的自衛権まで⇒可決で安保法制違憲

 乙案:集団的自衛権こみ⇒否決で安保法制に国民がNOの可能性大

集団的自衛権が国民投票で否定された場合、敗者(?聞き取りにくし)復活のようなことになり、どっちに向かっても政権与党としてはまずいことになりそうですと言われる。

私から見ると、憲法9条を改正する場合、木村先生の提案仮説なり結果予測は納得がいかない感じ。国民が集団的自衛権は認めないだろうと言われるが、国民には集団的自衛権と背中合わせの日米安保を廃棄せざるを得なくなるかもしれないことも問う必要があります。そこで、最後の質問・不採用だった質問です。

― ①多くの憲法学者が違憲と見ている日米安保がもし(ありえないだろうが)廃止されれば、憲法9条は本来の姿を呼び戻したと見るのか、厳しい安全保障環境の中で憲法改正が必要となるのかお聞きします。 

 ②なぜ安保法制を憲法違反として訴訟を起こさないのですか。砂川裁判の最高裁大法廷で集団的自衛権も認めたからではありませんか。

 (追)日本国憲法の改正に携わった宮沢俊義東大教授は、8月革命説をベースに憲法で変えることができないのは国民主権であり(このことが立憲主義そのものです。)、平和条項、基本的人権、改訂条項でさえ時の国民が決めることと言われています。宮沢さんのような現実を見据えて憲法を解釈していた憲法学者はいなくなった感じですね。憲法の条文をあさるだけの憲法解釈学者を皮肉って、詰将棋のように憲法解釈をしていると言ったのです。すみません。

 

 

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