1日1回キスをしよう

gaku united(ユニットガク)のツンデレロマンチッカー
宮田大樹(きぃ)のブログ
凡ての道は浪漫に通ず

インフォメーション

2013年11月11日を持って、gooブログでの更新を終了します。ご覧いただきました皆様、ありがとうございました。
以後の宮田大樹に関する情報やブログは以下で行っておりますので、そちらをご覧ください。

【ウェブサイト】
宮田大樹Ownd UNDER THE BIG TREE
https://miyatadaiki.amebaownd.com/

【ウェブログ】
宮田大樹の大きなお世話っ
http://ameblo.jp/daikinaosewa/

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クリエーターってなに?

2013-07-02 | column
 先日、名古屋市港区の国際展示場で開催されたクリエーターズ・マーケット(以後、クリマ)へ応援に行って参りました。知人がたくさん参加されていたのでね

 本来であれば、いろんなものに刺激を受けて、あんなことできるかなぁこんなことできるかなぁ、と思い馳せたのでしょうが、気付けば今回は、出展者の顔を見てはどんなつもりで店出してるんだろう、とか、来場者の顔を見てはどんなつもりで訪れてるんだろう、とか、そんなことばかり考えておりました。悪い意味ばかりではなくて、あくまで、ブランディングの観点でクリマを見てしまっただけです

 そんな僕、今回、クリエーターってなに?ってことを考えました



 この催し、消費者側のメリットしては、その名の通り、クリエーターたちによる、普段行くショップとは違うデザイン性に富んだ“オシャレ”なものを買う、いわゆるプレミア感や独り占め感のある個性的なアイテムが手に入る、というのがあげられるでしょう

 出展者としては、流通に載せられない物を披露する機会として、貴重なものだと思います。実際に会場では、ただ物を売るだけではなく、ライブペイントやパフォーマンスをする方々も大勢いらっしゃいました。見ても楽しめるマーケットとしては価値のあるものですね

 主催ウェブサイトでは、「つくるひとの祭典」とされ、ギャラリー&マーケットと明記されています。プロフェッショナルもアマチュアも関係なく、つくるひと=クリエーターという等式で括られた方々。彼らは(少なくともこの場限りは)アーティストではなく、クリエーターなのです。さらにここは(ギャラリーとも言ってはいますが)マーケットです。(それが名であっても)売るためにきているわけで、とするならば、売るための姿勢は必要とされる。



 ここで本題。じゃあ、クリエーターってなんだ。アーティストってなんだ

 アーティストというのは、アートする人、アートな人。日本語でいえば芸術家。芸術家っていうのは僕が考える定義でいうと、文化的な表現方法を追求し、それを極めようとする人のことを指す。その基準となるのは自己にあるいわば普遍的価値基準(人はそれをセンスと呼ぶ)で、大陸的合理論のような内を掘り下げていく作業のような気がします

 だから、アーティストというのは得てして職業になりづらい。彼らが生きるためには彼らを理解し、支援するパトロンが必要となり、生み出したアートが神格化されることで、それに価値が生まれる。価値がもっとも最後に現れるのです

 対してクリエーターは、必ず相手の存在が意識され、他者によってその存在価値が認められる必要がある立場にいるように思われます。逆をいえば、必要とされないものをクリエートしてもそれはクリエーターではない。価値の順番がずっと早いのです

 “つくるひと”はいつの世も、この“価値”という言葉に惑わされ、苦悩するものです。ヴィンセント・ファン・ゴッホは生前、自らの絵の価値を疑わなかったが、彼を評価するものが現れず、花開く前にこの世を去りました。しかし、死後、彼の作品に価値を見出すものが現れたことによって彼は一躍、著名な画家になる。村上隆は自らの価値を認めさせたがゆえに生きてなお評価されている

 彼らはいずれもアーティスト。しかし、ファン・ゴッホはクリエーターではない。村上隆はクリエーターといえます

 結局は、その程度の違いしかないのがクリエーターとアーティスト。根本は一緒で、内包する自己を出力し、それを表現しつくりあげることに変わりはないのです



 ここで問いたいのは、クリマに参加した方々のマインドセット。参加するからにはクリエーターたる覚悟が必要ですし、ましてやそこはマーケット。売る、ということを正確にとらえなければ、物は売れません

 持ちうる技術をいかにして価値に昇華させるか、それがクリエーターとしての生命線になるでしょう。アート・マネジメントにおいて難しいのがまさにこれで、高度な技術と表現力を持っているのに評価されないのはこのバランスがとれていないからだと考えられます

 だから、マネジメントを委ねるという方法が生まれるし、それで成功する人たちも多くいる。しかし、先に述べたように、価値を先に示すことは困難で、多くのクリエーターは自らマネジメントを求められる機会の方が多いはず

 それがうまくできず、葛藤し、挫折していくこともあるでしょう



 では、どうしたらいいのか。そこで僕は、クリマにきた来場者の顔を見渡していたのです。彼らはここに何を求めにきているのか。“社会”という場所では中庸が求められがちで、どうしても保守的になってしまう。しかし、クリマという場所では、オリジナルであること、つまりそれは個性があることが前提とされているため、普段の抵抗感が消え、価値観が変わります

 名も知らない画家の絵を見ても素直に感動し、似顔絵を求めることもできる、これはクリマならではの現象といえるでしょう。それがクリマに参加するクリエーターたちのメリットとなるし、クリマが生み出したブランド価値です

 参加することで価値を見出すクリエーターであれば、それはそれでよいし、それ以上のことを求めるのであれば、それ相応の働きかけが必要とされる。クリエーターとしてマーケットに参加し、店を構えた時点で、顧客の動向に目を向け、自分の存在価値を探ることをしていたクリエーターが何人いたでしょうか

 それは接客のみならず、レイアウト、ディスプレイ、ポップといった、いわゆるマーチャンダイジングのセンスが左右しますし、それすら、クリエーターの価値となってきます

 これは、みんながみんな、大手小売店のように小奇麗な格好をして、にこやかな笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけ、余りあるサービスをしろといっているわけではなく、顧客を見極めたうえで、自分のスタイルを展開すべきだといいたいのです



 願わくば、次にクリマに訪れたときには、もっと多くのクリエーターが熱気を帯び、来場者を巻き込んでいてほしいなと思います
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テンション・ノート

2012-03-03 | column
 今回のコラムテーマは「緊張感」です

 皆さんは緊張する方でしょうか?しない方でしょうか?

 僕は自分のことを緊張しない人間だと思ってきました。例えば、舞台の本番前などではまったく緊張しないのですよ。直前までボーッとしていられるし、余所事考えていられる。本番前は一人でいたいタイプなので人に絡むことは少ないですけど。でも、まぁ、周りが喋ってたり、戯けてたりしているのであれば、問題なく混じるのですが

 それでよく、ご指摘を受けてきました。緊張しないのはダメだと

 しかし、緊張の仕方がわからないのです。しようと思ってできるものじゃないですものね。そんなことができるなら、とっくにやってますし。というか、緊張する必要ってどこにあるのでしょうか?

 そんな僕でしたが、最近、気づいたのです。僕、“緊張”って言葉のニュアンスがちょっとズレてたんだなぁって

 緊張ってなんでしょうか?

 僕は“ナーバスになる”ことだと思っていたのです。過度に責任を感じるとき、絶対に間違えちゃいけない、絶対に言わなきゃいけない、みたいなプレッシャーをかけられると緊張した気になってた

 そんな風にナーバスになって、良い結果だったことなんてないから、緊張することがよいことだとはどうしても思えなかったのです

 でも、緊張っていうのは英語でいうと“テンション”。その名の通り、テンションを保つことが緊張するということなのですよね、きっと

 そういうことならば、僕、ちゃんと緊張してたと言えます。こう思うようになってから、何するにも楽になりました。仕事してるときに、テンションをあげることは当たり前にしてた。それをいかにキープするか、それが大切ってことですよね

 
 だから、今は自信を持って、緊張してます、と言えるようになりましたし、緊張することも必要だと思えます。皆さんは、緊張ってなんだと思いますか?
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僕らはひびきあって

2011-12-18 | column
 久々にコラムをば


 僕は今、「表現する」ことを仕事にしております。これをする前から、ずっと「表現する」ということをしてきました。今は仕事や、カンパニーを主宰して演劇という手段で「表現」してます。しかし、僕としては、手段にこだわりはなく、演劇を辞めても、別の手段で「表現」していくでしょうし、仕事でなくても、し続けていくでしょう

 僕にとって「表現する」ことというのは、ライフワーク的なものなのです

 だから、思い立って、突然、絵を描き始めるかもしれないし、彫刻を彫り始めるかもしれない。吟遊詩人になるかもしれない。こればかりは時の運と人の縁かなと思う


 僕は『仕事というのは、誰かのためにあるべきだ』と、そう思っています。物をつくることも、人を助けることも、人の暮らしを支えることも、直接、人のためになる。では、今、僕のしていることはどうか。直接、人のためになることはなく、言ってしまえば、なくてもいいようなことなのかもしれない。これは、ネガティブなことじゃなく、事実として。以前に、音楽プロデューサーに、「CDというのは必要ない人にとってはゴミと同然だ。それを売る責任を持て」と言われたことがあります。それと同じ感覚かな

 僕はここにジレンマを抱えてる。それが人に影響を与えることができることはわかってますし、意義もあると思っています。じゃなきゃ、やんない。でも、僕の信念である『仕事というのは、誰かのためにあるべきだ』というものとはズレが生じる。だから、やり続けていると、意味を見失ってくることもある。まぁ、その時がそういう時期だったと思ってくれればいいです


 そんな折、仕事で医療機関に行く機会がありました。重度の子どもたちが入院しており、彼ら、彼女らのために、毎日、お医者さんや看護師さん、親御さんがすぐそばで支えている。まさに、仕事をしているのです

 仕事、と書くとドライに囚われることがあるでしょうが、僕の中では、仕事をする、ということは、とっても熱のあることなのです。いわゆる、淡々とこなすことではない。仕事って、そうあるべきだと、強く思う

 僕も、仕事をしたいのですが、僕が彼らのためにできることはありません。僕らがいなくたって、彼らは今までずっと生きてきたのだし、頑張ってるのだし、はじめて会う人に励まされても、ねぇ。僕の心は上っ面の、優しそうな言葉を口にするのを憚るし。だから、顔を合わせて、普通でいることしかできない。いつも通りでしかいられない

 でも。喜んでくれたのです。本人が喜んでくれることもあれば、親御さんや、看護師さんたちが喜んでくれることもある

 ああ、そうか。と

 直接、何かをしてあげることはできないかもしれないけれど、喜んでくれた。笑顔になってくれた。本人でなくても、彼らをいつも支えている周りの人々が笑顔になった。息抜きになった。僕は、瞬間的な関わりで、ずっとそばにいることはできない。でも、彼らをいつも支えている人たちが元気になれば、その力を当人に注ぐことができるようになる

 間接的に、支えていることになるのかなぁ。と


 「表現する」ってそういうことなのですよね。僕らのひびきが人へと伝わり、その人がよりよく人のために力を注いでいく。わかってるんです。いつもいつもそう信じてる。ガクのコンセプト「+♪」というのも、そういうことなんです。わかっちゃいるけど、時々、迷ってしまう


 よい機会をいただけました。僕がひびかせる側なのに、ひびかせてもらっちゃった。こうやって、人はひびきあって生きていくのだ

 僕も、もっともっとひびかせよう
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歌を歌おう君のために

2010-04-23 | column
 名古屋おもてなし武将隊ブログで、徳川家康さまと豊臣秀吉さまが歌比べをされておりました。個人的には、徳川さまの歌に軍配をあげたいと思います。やられたーって感じですね。うまいしおもしろい


―徳川家康さまの歌

 なきだした
 くもまにゆれる
 はざくらが
 はしばしにちり
 すぎさるこくう


 徳川さまは、漢字での記述もございました。親切だなぁ。〟泣き出した雲間に揺れる葉桜がはしばしにちり過ぎ去る穀雨〝

 うん、一見して情景が浮かぶやさしい歌。もう、この日に歌うための歌ですもんね。季語ってゆうより、日語?(笑)

 コメントに虚空と感じたという方がいらっしゃいましたが、それもおもしろい。何を虚空かと思うかで感じ方もかわってきます。それは次に述べることでも言える

 かけことばに注目すれば、〟はしばしにちり〝はもちろん、羽柴氏を連想させる。「織田がつき 羽柴がこねし 天下餅 すわりしままに食うは家康」という歌にもあるように、徳川さまの俯瞰さが如実に表されております。穀雨の後には、実り実った稲田。この歌からは徳川さまの、豊臣さまへの皮肉、嫉妬、そして、尊敬が見て取れます。

 だからこそ、石川数正さんのお話を思い出されたのでしょう。補足すれば、石川さんは、徳川から豊臣に移った人間です

 これは名歌ですよ、皆様。話の長い徳川さまが端的に物を申されました


―豊臣秀吉さまの歌

 つゆのおと
 はにこぼれるる
 しおらしさ
 なくもわらふも
 きみのねしだい


 対して、豊臣さまの歌はポップですね。徳川さまのが芥川賞だとすれば、豊臣さまのは直木賞ぐらい、2つの歌は次元が違います

 冒頭、〟つゆのおと〝からは辞世の句が浮かんじゃいます(笑)。豊臣さまはよく、かけことばにこだわる傾向がありますが、今回は一見するとやさしい歌。いつもとは雰囲気が違いますなぁ

 露、梅雨
 葉、波、歯、刃、羽、端、覇
 潮、塩、悄
 泣く、無く、鳴く、亡く
 値、寝、根、音、禰

 果たして、どうゆう思いが込められてるのか

 ま、どう思ってるかってゆうのは、正解を当てるのがおもしろいのではなく、どう思ってるのかなって相手を思う、そのこと自体がおもしろいのですよね

 でも、正しくある必要はないけど、正しいものを見つけようとするその思いは大切です。そのあたりの絶妙な按配が徳川さまや豊臣さまの魅力なのかもしれません

 うーん。感想を書こうと思ったのに、まったく取りとめのない文になってしまった。作家失格だな。まぁ、皆さん、僕が何を言いたいのか、楽しんで考えていただければ本望です
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緊張感のない所以

2009-10-27 | column
 アルデンテが終わり、口内炎が発生した僕です。まぁ、楽日にはできかけてたけど

 人は誰しも譲れないラインがあり、その高低差があり、高い者から見れば、低い者は妥協しているように思う。けど、誰しも、譲れないラインは守ろうとすることは変わりない。低いのがダメなんじゃない、ラインを守れないのがダメなんだ

 仕事とは、人に与えることで自分が与えられる、そうゆうものだ。これは金銭が発生しようがしまいが関係ない。家事だろうが、商売だろうが、芝居だろうが、学業だろうが、仕事である

 では、プロとは何か。アマチュアとはどう違うのか。金銭をもらって動くのをプロとするならば、与えるということに関して、この世にはどれほど、アマチュアに劣るプロがいるだろうか

 プロであるためにはどうすべきか。よく耳にするのが、自己満足で終わるのがいけない、という言葉。確かに、何も与えていないのに、金銭を得るというのは、仕事をしてない

 だけど、この節は、とっても危険。自己満足はだめだから、人のためにと考える。それでいつの間に不自由になって、結局半端になってしまうことはままある

 自己満足がいけないのではなく、自己満足で終わるのがいけないのだ。自分が満足できないものを人に与えて、喜ぶだろうか。人によっては、罪悪感さえ覚えるやもしれない

 そう、だから、プロとしてやるからこそ、楽しまなきゃ。ヘタくそでもプロにはなれる。ヘタくそでも仕事はできる。自分が満足したもので、人に満足してもらうんだ

 今の僕のモチベーションはここにある。どうやったら楽しめるか。あと、1週間しかないけれど、11月3日に、゛仕事゛ができるように今を楽しみたい

 11月3日は、文化の日、でしたっけか。何かと因縁があるようですな、この日は
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構成と期待と裏切りと

2009-10-05 | column
 今回のコラムテーマは「構成」です

 小説でも、戯曲でも、音楽でも、論文でも、全体の流れとして、なんらかの構成があります。代表的な構成が、起承転結ですね。ほかには、結末を最初に持ってきたり、リフレインしたり、と様々に考えられます

 この構成というもの、それがたとえ無作為だろうと、分析され、言語化されてしまうものでもあります。むしろ、構成というのは分析であり、結果論であったといえます。しかし、作り手と書き手がともに成長していく中で、それすら、要素の1つとみられるようになったのです

 なかなか理解しがたい話ですが、(他言語文化には無知識でので、不明だけど、少なくとも)日本語文化では、ある種、構成をおもしろがるところが見受けられます。それが良くも悪くもあるのですが、まぁ、話したいのはそんなことではなくて

 受け手は構成を予想し、理解を助長し、期待を抱いています。これを裏切るのが物語のミソになっていたりもしますが、これがあやふやになっているケースが最近、多いように思われます。不条理だからとか、裏切りだからとかいって、それを中途半端にし、流してしまう。これは裏切りの前に構成がある前提を忘れている行為です

 作り手側としては、お客様がこのシーンのときはこう思っているであろうから、こう裏切るという明確な意図が必要でしょう

 いわば、お客様の予想を予想する。構成すら楽しみのひとつとなった今では、これも作り手にもとめられる能力と言えそうです
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私の恋愛身分証明書

2009-09-29 | column
 http://id.hanihoh.com/にて、できまっせ


 恋愛証明書が発行されました。恋愛を始めるときには相手の方に本書面を提出することが法律で義務づけられています(うそ)。

///////////////////////////////

-恋愛証明書-

発行日付 : 2009年09月29日

証明書ID : a9092989344ac15915edebf


 これはきぃに関する恋愛傾向を証明した書面である。
 きぃの恋愛とは・・・


 『落として振り向かれて逃げたくなる恋愛である。』


【傾向グラフ】

 ←論理的/感覚的→
 ☆☆☆☆☆☆★☆

 ←女性的/男性的→
 ☆☆☆★☆☆☆☆

 ←競争的/協力的→
 ☆☆☆☆★☆☆☆

   ←追い/逃げ→
 ☆☆☆☆☆★☆☆


【普段の人柄】

 親しみやすい、女慣れ、情に厚い。


【恋愛で出る人柄】

 最初だけ情熱的、嫉妬されやすい、彼女に甘い、モテるが逃げる。


【恋愛力評価内訳】

 ※評価は上から◎○△×の順

◆愛される上手さ→○

◆愛する上手さ→○

◆心の余裕→○

◆女性への自信→◎

◆相手の気持ちへの理解→◎

◆自分の気持ちへの理解→◎

◆セクシャリティ→○

◆ポジティブさ→△


【恋愛における長所】

 わりと弱味を見せないのでかわいげがないように思われるが、女性と接するときはわりと自然体でかわいい一面も。


【今後の課題】

 つかみどころがない。何を考えているかがよく分からない。人に気持ちを伝えることがあまりできていない。


 上記を考慮し、恋愛総合力を『63点』と認定する。以上。


///////////////////////////////////


その他、追加的分析。


【基本恋愛テンションパターン】

・恋愛初期 (出会い~付き合い始め) ★★☆☆☆
 女性に期待させやすいが、いざというときに面倒くさくなり付き合わないことも。女性から責められやすいタイプなので、恋愛感情が盛り上がる前になんとなく避けたくなる。

・恋愛中期 (付き合い始め~半年) ★★★☆☆
 幅広く女性と仲良くできるタイプなので、付き合うと相手を不安にさせる。それを重苦しく感じて、わりと付き合い始めから恋愛が難しくなりがち。

・恋愛後期 (それ以降) ★★☆☆☆
 ここまでもたない場合も多い。このころには恋愛が面倒くさくなって、相手への愛情より避けたい気持ちが上回りやすくなる。気持ちが分からなくなりテンションダウン。


【アドバイス】

◆ 相手に頼ってあげる、相手を立てる、という技を身に着ける必要がありそうです。あまりにあなたが強すぎると、相手がネガティブになったり、相手から依存される可能性が高まります。

◆ つい文句を言ってしまったり、嫉妬したりして、相手を自由にするということが苦手なようです。そのわりに素直になれないので、まずは不安を素直に伝えられるようになりましょう。

◆ 頼りにされたい願望がある一方で、少し頼られすぎて重たくなると逃げ出したくなるようです。犠牲的になりすぎず、「どうすればよいのか」よりも「どうしたいのか」に比重を置いて恋愛しましょう。

◆ 思うがまま、感じるがまま、を大事にしています。それは恋愛にはとてもいいことですが、人によっては「考えていない」とイラっとくる人もいそうです。感じること、考えること、両輪を意識しましょう。

◆ 女性からの告白を断るときには、気持ちだけは受け取って誠意を見せましょう。「気持ちは嬉しいけど」「そう言われるのは嬉しいけど」などと前置きして断るといいでしょう。


【あなたにありそうな恋愛パターン】

◆ 女性との接し方に余裕があり「遊びなれている」と思われることがある。

◆ 最初から女性に馴れ馴れしい。


【相性診断について】

 あなたの証明書ID:a9092989344ac15915edebf

 相性診断は下記ページで証明書IDを入力してください。

 http://id.hanihoh.com/aisho/

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 なんとか、恋愛の単位は取れました。「可」だけどねっ!!!
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たかがたがが互い違い

2009-09-17 | column
 近頃、なんだかタガがはずれて、自覚症状はあるもののフワフワしてる僕です。なんたらと秋の空。梨がおいしい季節です。癒されたい、とか、消え去りたい、とかよく言ってしまう

 これは8月末、ガクの公演が終わってからというものずっと。これが燃え尽き症候群?しかし、こんな月並みな僕でも思いは尽きないようで、思いつきで言葉が泡く。そんな月見の季節

 こんな具合だと、普段よりも口が1/6ぐらい軽くなって、よけいなことばかり、よけいな言葉ばかりの会話が弾んでしまう

 だが、口は禍のもと。怒られたり、苦笑いされたり。それでまた癒されたい、消え去りたいと繰り返す

 そう、これが悪循環。堂々巡り。デフレスパイラル。ローテーション。エンドレスワルツ。ミイラ取りがミイラになる。回転木馬。輪廻。環状線

 感情線。どれがどれだかわかんないけど、生命線と結婚線だけは把握しています。それよりもなによりも手荒れがひどい。職業病ですね。ささくれ。服に油分を取られ、かわりにホコリを頂戴する。すると僕はくしゃみを放ち、それでホコリが舞い上がり、僕の鼻へ…。悪循環

 悪があるなら、善循環もあるのが世の常。わらしべ長者?情けは人のためならず

 情けないことに、おもしろいことも、期待にも答えられない僕は繰り返すことをすべからく理解す

 んー、40点
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本を読むということ

2009-09-07 | column
 そろそろ、読書の秋に差し掛かり始めましたね。残暑は厳しいけど、っていうか、残りってよりは体に悪い暑さ。夜はもう冷え冷えなのに。体に毒暑だな

 いや、読書の話を。夜がすっかり過ごしやすめ。一般的に言えば、秋の夜長。皆さんは何して過ごすのだろうか

 読書。人それぞれ目的や意義は違うのだろうけど、まぁ、読書。何を求めるのか。暇潰し、おかしさ、感動、秀逸さ、人それぞれプライオリティは違うけれど、僕の場合、考えるために読書する

 構成がおもしろかろうが、つまらなかろうが気にしない。大事なのは、そこに書かれた文字・文章が考えるに値するかどうか。また、登場人物が考えるに値する個性かどうか。なので、物語がありきたりだろうと、先が読めようと別にどうだって良い

 お芝居を見るときも同じかもしれない。コメディだろうが史劇だろうが、一台詞、一場面で思考に変化が見られたら、それで充分。そこからは勝手に進んでいくから

 歌も然り。うまさよりも感じられるかどうか。音痴でも感動できるもの

 つまり、きっかけを求めてるだけなのかもしれない。自分からは行動しない現代っ子特有の習性か?

 つまり、僕にとって、読むとは文字をなぞることではなく、(もちろん、先を読むことでもなく)、読み取ることなのです

 響きさえよければ細かいとこなんてどうでもよい

 心に響く読書をしたい。そんな秋の夜長

 あわよくば、月光浴
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書くことに意味はない

2009-09-04 | column
 父がマイケル・ジャクソンの葬式を見て、「(向こうは)ネクタイ、黒じゃないんだなぁ」って。うん、こうゆう感性は父親ゆずりかもしんない、と感じたのでした

 体が疲労のピークで、怒涛の倦怠感がありますが、アルデンテの稽古が始まっておりまして、なかなか休まる暇がありません

 ブログでおもしろいことを書ける人間になりたい!とは思ってはみたものの、元来おもしろい人間じゃないことに気付き、落胆もできずにいます

 そんな僕は最近、とっても安定はしているので、誰かの助けになれないかと、キョロついております。しかし、考えてみれば、僕は頼りないので、誰も頼ろうとしないだろうことにうすうす気付き…

 紀子の食卓、を見ました。園さんの映画。んー、吉高さんの演技にはなんであんなに惹かれるものがあるのだろう。昔はこんな芝居をするつもりだったなぁ。今じゃあエセキャラメルボックスだもんなぁ。好きとか嫌いとかじゃなく、キャラメルには興味がありません

 脚本、書き始めてます。やるかどうかは不明だけど。ナンセンスコメディです。ようやく、宮田のやりたいことです。岐阜ではウケないことうけあい。出演者は想定で集めてみました。うん、濃ゆい人たちだこと。妄想です

 そいえば最近、妄想してなかった。もっと、ロマンチッカーにならなきゃ。現実頭皮…違う、変換ミス。実際は瀕死だけど、フサフサだと思いこんでます、ってか。人間、人それぞれ偏見や趣味嗜好があるので、すべての物事を等比には見られぬものですね

 にしても演技。どうしたらうまくなるのか。いや、そもそも、僕には向いてないのはわかってるんだけど。キレはとにかくないよなぁ。進歩しない自分にガッカリです

 お金もないし、しばらくは妄想ごっこでもしていよう
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蹴り逃げのすすめ

2009-08-30 | column
 ※今月のコラムは、ガクの公演のパンフレットに掲載された僕のコメントを転載させていただきます


 これは僕だけじゃなくて、皆さんもそうだと思うのですが、生きているとうまくいくことばかりじゃない。人生は逃げることの繰り返しなのかもしれません。夢や、恋や、仕事をはじめ、些細なことも重要なことも、妥協して、諦めて、逃げては自身の中で折り合いをつける。そうやって未来に向かって進んでいく

 いきなりそんなネガティヴな!とお思いでしょうが、これは当たり前のことで、普段はそんなこと意識せずに生きているし、意識なんてしたらストレスがたまってハゲてしまう。そんなのはダメ。でもそんな〟逃げている自分〝を知っているからこそ、強くなれることもある。もちろん、誰だって後悔することもあるし、消したくなるような過去だってある。犯した過ちの大きさは人それぞれ感じ方が違うけれど、どうにかしてケリをつけなきゃ、ストレスがたまってハゲ…(以下省略)

 逃げるということはケリをつけるための選択肢の一つであり、グダグダしているよりずっとマシでしょう。〟見え透いた未来〝と〟先の知れない未来〝。もちろん、リスクもあるけれど、先の知れない未来の方が魅力的だし、おもしろいと僕は思う。だから、「なんのために生きるのか」なんていう二律背反チックな疑問からは一目散に逃げだします。良いか悪いか、正しいか間違っているかはわかりませんが

 罪にケリをつける。そのために逃げる。皆さんにはぜひ、これが筋が通っているかどうか、考えながら見ていただきたいなぁ、なんて思ったり、言葉にしたり。ただ、こうして言葉にしてしまうと、どうにもうまく伝わらない

 僕の思いはちゃんと伝わっているんでしょうか。というより、思いを狂いなく言葉にできる人っているんでしょうか。これがまた、難しいんだ。そう、だって、言葉っていうのは思いじゃないのだもの。思いは胸の中(もしくは頭の中)にあり、それを具現化しようと選択したものに過ぎない。伝えたいのは言葉じゃなく、思いなのだから、言葉なんて正しくなくたっていいはずなんだ。まぁ、思いがちゃんと伝わるのなら、だけれど。というわけで、皆さんには言葉ではなく、思いが届けばいいなぁ、なんて思ったり、言葉にしたり

 ああ、僕の思いは皆さんに伝わっているのだろうか。言葉にしなくても、目と目で通じ合えるような、そんな関係って素晴らしいですよね。ってことで話をまとめておこう

 最後に、公演を迎えるにあたって様々な方のご協力をいただきましたことを…。なんて言わなくても伝わるか。いや、言葉にはあえて口にしなければならないこともある。んん、面倒だ。面倒だと言ったあとでは、まったく感謝が伝わらないだろうけど、本当に感謝しております。あらためまして、ありがとうございます

 普段、言葉を疎かにしがちな宮田大樹でした

(2009年8月28日~29日上演のgaku united Act.10『ペナルティキック』パンフレットより)
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マジョっ子 or マイノりぴー

2009-07-26 | column
 最近、まじめに生きようと思い始めた僕は、わりとマジョリティよりのセンスになってきた気がします

 まじめにって言っても、もとからふざけちゃいないんだけど、わりと妥協が多いのが、よくも悪くも僕でしたからね

 好みは2、3流、B級を愛していた僕。サッカーじゃラツィオが好きだし、強いチームはなんだか毛嫌いするあまのじゃく

 そんな僕も、この一年間でいろいろと経験させてもらえて、妥協ラインがぐっとあがった。もともと理想は高いんだけど、妥協が低いのがアンバランスだったんだ

 でも、アンバランスというのはとても重要で、決して救急車のことではない。アンバランスだからこそ僕っぽいセンスなのだから

 それがマジョリティになってきたのをどう評価していいものか決めあぐねている。こういうものは見方や人によって意見がわかれるもんだから、別になんだっていいんだけど

 ある意味でいえば、マイノリティを気取ることで形成した思考もあるわけで、それが変わってきたということは今までの思考でいられなくなるという可能性を秘めているわけで

 なんだかんだ、今までの自分に自信があるし、もったいないような気もするけど、まぁ、変わりはじめているので仕方がない

 じゃあ、何を決めあぐねることがあるのかというと、評価せねばならないというそれ自体で

 今まではそこを妥協してよかったけど、今は妥協ラインが上がったから

 マジョリティばりにイライラして、ヘコたれて、感動してるからこそ、まぁ、それなりに観てもわかるんじゃないかなと思う

 そんな宮田が書きおろしたお芝居が8月28日―29日に上演します♪

 そうです、宣伝です

 gaku united Act.10「ペナルティキック」

 岐阜県は可児市の文化創造センターで催されます

 ガクの公演は1年半ぶり。可児市では2年半ぶりになります。次はいつになるかわかりませんので、是非ともお越しくださいな

 チケット予約はガクか宮田まで。1ヶ月後、あけといてください
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傘の持ち方

2009-07-15 | column
 梅雨が明けたかのように暑い毎日が続いております。しかし、まだまだ雨ふりも続くでしょう。雨の日に欠かすことができないもの、それは傘。今回はそんな傘についてのお話です

 さて、昨今の傘には持ち手がくるりとU字になっているものが多いと思いませんか?こやつのことを僕は〝へにょり〟と呼んでいるのですが、これは傘を掛けることができるというグッドデザインなのです。しかし、いざ傘を差すとき、このへにょり、結構邪魔になると思ったこと、ありませんか?

 ここからが本題です。このへにょりをどっち向きにして持つ人が多いのか、梅雨入り前より気になった僕は、雨が降る度に街に繰り出し、キョロキョロと調査を始めたのは2ヶ月も前のこと

 パターンとしてはへにょりを前にだす「フロントタイプ」と後ろにだす「バックタイプ」、持ち手より外側にだす「アウトサイドタイプ」、内側にいれる「インサイドタイプ」の4タイプが大方を占めることになるでしょう

 結果から発表すると、フロントタイプが約半分を占める結果となりました。やっぱり、邪魔なんですね。たいがいの人は傘を持つとき、そのまま手を挙げて、グーにして持ちますので、手にかからないこの持ち方は人気がある模様です

 次点は、インサイドタイプ。右利きの方は左側に、左利きの人は右側にへにょりがくるこのタイプ、つまり、内側に向かってへにょらせるわけです。このタイプとバックタイプは人に当たらないようにという配慮をする、気遣いのできるタイプと言えるでしょう

 そのほかには、へりょりを持つ人や底辺を持つ人もいましたね。へにょりを持つ場合にも、フロントで持つか、バックで持つかもありました

 いろいろと性格が表れているんだろうなぁと推測しながらの調査となりました

 ちなみに僕はバックタイプを基本としております
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ガクのDHA

2009-06-19 | column
 今回は趣向を変えて、ガクの中心メンバーである宮田、伊藤、佐藤(それぞれの名前の頭文字をとってDHA)の3人組についての話をしましょう

 ガクは2年前に劇団からユニットに進化しましたが、実際に何が変わったか。カンパニーの活動を定期化しないというのが大きなポイントといえます。劇団時代はほぼ半年のペースで公演を行ってきましたが、今年の8月末に公演を控えるユニットガクなんて一年半ぶりですからね。すっかり忘れられているに違いありません

 劇団というのは、継続性が大切です。定期的に芝居を提供する必要、とでも言いましょうか。でないと、劇団としての質があがらぬばかりか、認知度もあがらない。劇団として芝居をする利点が、カンパニーカラーが明確になることであるから、公演の定期性は必要事項なのです

 で、我がガク。僕らは劇団というものにこだわりはなく、むしろ個々に活動できる自由さを求めました。その結果、この2年間で映画からミュージカル、古典、ラジオなど様々なことに挑戦できたのです。劇団となると、なかなかこうはいかないものなのですよね

 さて、そんな僕らですが、それでもいつも3人でいるイメージは強いらしく、仲良しだと思われているようです。実際、悪くはないのですが、僕らはプライベートではほぼ会いません。趣味趣向は似てなくもないのですが、芝居の話なしで会うことは滅多にないですね。まぁ、ラジオの収録のため、最低でも月に一度は顔を合わせるので、久しぶり!みたいな機会は少ないですけど

 おそらく、僕らは3人とも一人の時間が必要なタイプなのでしょう。僕なんか、一人で何もしない時間があるほど、陽気になりますし、それ以外はことごとく、エネルギーを消費し、疲労が蓄積されます

 僕らの似た者同士っぷりは他にもあります。血液型がO型だとか、頭でっかちなところとか、根暗なところとか

 そして、3人とも制作方の仕事が得意であること。そのため、ガクは管理、運営、宣伝、広告、から会計にいたるまですべての制作業務を3人で行っています。むしろ、こっちの方が向いてるんじゃないか、ってほどに

 8月の公演に向けて、7月から稽古開始です。2ヶ月間でお芝居をつくるわけですが、制作面はその二倍、三倍の期間は使っています

 ちなみに、ユニットガクの表記についてですが、gaku unitedと書いてユニットガクと読みます。ですから、ユニットgakuとかunit gaku、unitガクは間違いですので、よろしくお願いします。まぁ、ユニットというのは便宜上のもので、ガクと認知していただければ結構です

 というように、細かいこだわりを持つ僕らの公演「ペナルティキック」は8月28日-29日。岐阜県可児市文化創造センターaLa演劇ロフトです。チケット販売の開始は6月28日からですので、しばしのお待ちを
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ゴカイをオソレヌ

2009-05-29 | column
 「誤解を恐れずにいえば」という言葉自体が誤解を恐れている証拠であるのは、皆さんも承知の事実でしょう。よく政治家が使う言葉ですね

 ようは、守りのための言葉なわけで、これに近いものに、「今の冗談」という、冗談のあとにいう台詞がある。冗談を冗談だと言ったらおもしろくないでしょうが、と僕は思うのだけれど、冗談は通じないと冗談じゃない、ということなのか、そんなおもしろくもない台詞をはくはめになってしまう方も多いでしょう

 僕はそうゆうのが嫌いなので、基本的には冗談のあとに人が不快に思おうが、「今の冗談」とは言わないようにしています。それが冗談をいうときの礼儀にすら感じる

 話を書くにしても、僕はそうゆうものを書きたいと思っているし、書いているのは過去の戯曲を読んでいただければわかると思う

 多くを語りたくないのだけれど、(語ってしまうところはまだまだ未熟だけど)、なるべく語りたくない人間になりたいです

 そんなこんなで、宣伝です。来週、6月6日~7日に岐阜市のアトリエゼロで劇団ちQぎの公演「オレンジの禍々しい~ガガーリンの嘘っぱち~」が行われます

 ちQぎといえば、この春に名古屋で行われたPlant Seeds Project公演「北東海信用金庫」に出演された中島庸介さんが主宰する劇団。中島くんの脚本でどんなお芝居が見られるか、今から楽しみですね
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