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献金は本来後払い・・・ヤコブが主なる神と約束したのも

2017-04-06 11:50:36 | 統一家の行くべき道

本来献金は後払い?

 そもそも、清平は金がかかりすぎた。過剰な献金で自己破産に追い込まれた人もあると聞く。

誰かが「高額エンドレス献金」という言葉をよく使っていた。今はあまり聞かなくなったようではあるが・・・

本来献金と言うのは後払いでは・・・本来「ご利益」と言うのは?献金したからなにか「ご利益」を期待する。期待するのはきが、それでもって高額献金を勧めるのは問題がある。

 

旧約聖書・・・ヤコブの十一条も後払いだった

 教会ではよく十分の一献金と言うことが言われるがその根拠になる聖書のみ言を見てみよう。

 

創世記2810節以下である。28:10さてヤコブはベエルシバを立って、ハランへ向かったが、28:11一つの所に着いた時、日が暮れたので、そこに一夜を過ごし、その所の石を取ってまくらとし、そこに伏して寝た。28:12時に彼は夢をみた。一つのはしごが地の上に立っていて、その頂はある。達し、神の使たちがそれを上り下りしているのを見た。28:13そして主は彼のそばに立って言われた、「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。28:14あなたの子孫は地のちりのように多くなって、西、東、北、南にひろがり、地の諸族はあなたと子孫とによって祝福をうけるであろう。28:15わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。わたしは決してあなたを捨てず、あなたに語った事を行うであろう」。28:16ヤコブは眠りからさめて言った、「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。28:17そして彼は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」。28:18ヤコブは朝はやく起きて、まくらとしていた石を取り、それを立てて柱とし、その頂に油を注いで、28:19その所の名をベテルと名づけた。その町の名は初めはルズといった。

 

この後ヤコブが十分の一を捧げる約束をする。

創世記  28:20 ヤコブは誓いを立てて言った、「神がわたしと共にいまし、わたしの行くこの道でわたしを守り、食べるパンと着る着物を賜い、28:21 安らかに父の家に帰らせてくださるなら、主をわたしの神といたしましょう。28:22 またわたしが柱に立てたこの石を神の家といたしましょう。そしてあなたがくださるすべての物の十分の一を、わたしは必ずあなたにささげます」

 

ここでわかるのは、ヤコブは主なる神と約束するのであるが、主が行く道を守り、衣食住を与えて、父の家に帰らせてくださるなら・・・・・十分の一を主に捧げます。と言っているのである。

 

これが主なる神様との契約である。

主なる神はこの約束を守ってヤコブを守り導いて故郷カナンに帰された。だからヤコブとその子孫は代々主なる神が与えてくれた万物の十分の一を捧げて来たのである。

十分の一を捧げたから恩恵があったのではない。主なる神が与えてくれた万物から十分の一を捧げて来たのである。

主なる神を神として、その教えと導きに従って生きますよ。その代り神様は私を守って下さり、生活も保障してくださいよ。そうすれば10分の1を捧げますと言っているのである。

 

 あらためて、統一教会(家庭連合)清平役事の問題点を考えてみよう。

勿論、清平に行った者、役事に参加して恩恵のあったものもあるだろう。これまで、自己中心の生活に明け暮れていたものが、神様の恩恵に気づいて心がけや生活が変われば当然恩恵がある。心身の健康実も恵まれるようになり、家族や隣人との人間関係も改善、当然仕事や事業も順調になり、収入も増える。そういう恩恵をいただいたのでその恩恵に感謝する意味でいただいた恩恵の十分の一を捧げる。これなら至極当然の行為である。同じように役事に参加して話を聞いて帰っても、何の恩恵も味わわず、その人の心にも生活にも変わりがなく、何の恩恵も現れない人もオオであろう。そういう人からはお金も受け取らない。それならなんの文句もないはずである。

 

どんなに素晴らしい妙薬があっても

どんなに素晴らしい妙薬があっても、その人の症状に適合しなければ却って副作用で毒になることもある。名医とは、その人にふさわしい医薬を処方する医師である。私の知るあるドクターはいわゆる町医者であるが、その先生の処方する薬はとてもよく効くと評判であった。時には薬を処方しないで帰すことも、それでもあの先生に診てもらったら病気が治ったと評判だった。一方金儲けに走って、誰かれなく高額な医薬を処方するビジネス医師も多くある。医療ミスも犯す悪徳医師も時々耳にする。

 

良き牧者とは

良き牧者とは、その人にふさわしいみ言やアドバイスで、信徒の心がけを改善し、生活を改善して、心身ともに豊かで平和な生活をもたらしてあげることが出来る牧者が良き牧者です。

 信徒であっても信徒でなくても、その人にふさわしいその人が幸福に豊かに暮らすことのできる道を示してあげるのが良き牧者です。

 

 

お父さまも天一国国民の心がけで語っておられるが

真のお父様は天聖宮の入宮式で天一国国民にか当たる言葉の中で十分の一献金のこと、この時はさらに十分の三の献金のことにまで触れられた。

ただし、これは天一国が実際に創建されて、創建されればその国は国民の生活にも責任をもって、ヤコブに主なる神が約束されたように、行く道を守り、衣食住の生活を与えてくれて、故郷にも返してくれる。天一国が国ならば、その国が国としての役割を果たしてくれることが前提となるのである。

民が衣食にも事欠くような状況では、本来献金どころの話ではない。

 

北・・などは、国民が食うに困ってもミサイル打ち続けている。身近な親族や側近には生きる自由も与えられていない。これでは国家とは言えない。極端な例だが現実である。

 

 

諸宗教でも同様である 見返り無く与え尽くしたところが残っている

 日本では幕末から明治にかけて様々な新宗教が勃興してきた。また先の大戦が終わった戦後にも様々な宗教が勃興してきた。それらの宗教には「ご利益」を謳った宗教が多くあるのだが、それらの宗団を見ても最初から献金やお布施を求めるような宗団はありえない。

 そういう宗教の開祖と言われる人々は、いつも無償で人々に話をして聞かせ、様々な信仰や生活上の相談に乗ってきた。それらの宗教の開祖と言われる方たちの話を聞いてみて、その教えや指導に従ってみたら、その人たちの心がけが変わり、心がけが変われば生活も改善され、心身の健康も取り戻し、家族との関りや隣人との関り、また仕事との関りでも恩恵があふれ、生活も改善され、農業や事業も順調に運ぶようになり、現実的ご利益がもたらされるようになっていった。

恩恵を受けた人々はその恩恵に感謝して献金やお布施をするようになり、そこから自然に教団が生まれ発展していったのである。

今に残る教えや宗団はみんなそうである。

 

 キリスト教でもそうである。確かにイエスを神格化して、キリストの十字架と復活を信じれば救われる。」と多くの人々が集まってきたが、本当の意味でキリスト教を先導していった人々は、イエスキリスト自身の教えた愛の教えに感動して、自らその愛を実践しようと取り組んだ人々であった。

 

翻って統一教会⇒家庭連合を考えてみよう。真のお父様の教えを見てみれば、それは真の神様とともにある生活。真の神様の真の愛を実践する人生そのものを教えていることがわかる。

にもかかわらず、清平の最後の時代は、先祖解怨の過重な献金を捧げることにその重きが置かれるようになっていってしまった。そしてその習慣が今も続いているのではないでしょうか。

献金をして、生活が出来なくなったり。もしや却って家庭が破綻するようなことがあったら、それは宗教本来の姿から極端に逸脱しているとしか言いようがない。

 

 

献金は後から

 今からでも…献金は後払い  役事でも教会の説教や牧会でもいい、その教えや指導、役事の結果として恩恵をいただいたらその十分の一を捧げましょう。ときちんと原則を決めたら良い。恩恵を信じて献金をしたのにその結果が出なかったら、その献金は返します。としたらいい。それなら問題は起こらない。

 「・・商法」と言う名で社会的非難を浴びた日本教会だが、それは「・・」を買ったら恩恵がある。と信じて買ったのに、その恩恵が感じられなかったか問題になったのである。

 そもそも、こういったものは目に見えない世界、中には恩恵を感じた人、現実にご利益もあった人もあたに違いない。恩恵を感じられない人、実際に何の恩恵も無かったという人に無理やり、時には騙す様な言葉で販売してしまったから問題になったのである。

 

献金は後から 今からでも改めることが出来れば、まだ生き残っていける可能性があるかもしれない。

賛同されたら↓↓↓  クリックを!

 

 

 

 




 

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