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清平役事とは何だったのか? 誰かを神格化せざるを得ないシステム

2017-04-04 22:30:53 | 統一家の行くべき道

清平役事とは何だったんだろう?

今も役事は続いているようだが、果たして・・・

清平に行く人は何を願い、何を思っていくのだろうか?

やはり何かを期待し、何かを願っていくのだろう。

ある種の「ご利益」か!

 

世にご利益宗教なるものがあるが

世に「ご利益宗教」と言うのがある。誰が名付けたのかわからないが・・・統一教会~家庭連合もご利益宗教か?

いや違うと言い、いやそうだと言い・・・

「ご利益」・・悪くないと思います。本当のご利益があればいいと思います。

果たして清平役事にご利益は有りや無しやと・・果たして。

 

一定のご利益はあったのかも

一定のご利益はあったのかもしれない。

清平役事も初期のころは凄かった。

施設といえばテント小屋。真冬の厳冬の最中に、水行、断食、早朝から深夜までの役事の連続~

これはまさに、行者の寒行。精神修養としてはかなりのレベルだった。

教えの中身はともかく、これほどの修業をすればいかほどかの験はあって当然かと思う内容であった。

最初は韓国と日本の責任者たちがいって、斯様な厳しい修行をしてきたのだから一定の恩恵が出て当然だったかもしれ無い。

しかし、時とともにだんだん営利化してきた。天聖殿が建設され、いろいろと施設が整備されてくると、そこに様々な利権が生じて来た。初めからそのような懸念があったという人もいる。

 

ビジネス化されてしまった役事

そうして、清平役事は完全に宗教ビジネス化してしまったのである。いかにもご利益満点という触れ込みで、先祖解怨や浄火祭などが執り行われるようになってきた。

さすが、お父様は「やばいな」と思われたのか、金孝南訓母に「大母の呼称禁止」「そのままのやり方を続ける危険性への警告」をされた。しかし、暴走はそのままま続いて行った。その暴走の最後の結果が、真の家庭の分裂と統一家の分裂、迷走である。

日本の新宗教の歴史などを見ても、宗教的利権が教団の分裂を招いた例は数多く存在する。

恩恵が大きかった教団であればあるほど、そこで動くカネや人、そこに群がる邪欲な人々が分裂を増長する。

そもそも宗教家は無欲なものである。殊更に自らの財産を求めるようなことはしない。こういう人に限って、その話す言葉や教えには「ご利益」がある。

素晴らしい教えや指導に出会えば、人は心がけを改め、生活を改善して、その結果、健康に恵まれたり、家族や隣人との関係が改善し、仕事も順調になり、結果収入も増えていく。

そういう、恩恵を受けた人は、その恩恵に感謝の気持ちで献金なりお布施なりするようになる。教団で何かると言えば、その教主の願いならばなおさら、協力支援を惜しまなくなる。

だから、宗教的恩恵の篤い宗教指導者のもとにはお金も人も物も集まってくるようになっている。

 

宗教団体にカネや人が集まってくるようになると

ところが集まってくる人と物とカネにばかり目がいき、それをあわよくば自らのものにしようとする、「罰当たりな」ひとが出てくるのである。

偉大な宗教家の、その形だけをまねて自分が主人公になろうとする者も出てくる。

ああ、文鮮明師というあまりにも卓越した宗教性を持たれたその方が、その生涯を終えて行かれたこの時に、あまりにも有象無象の輩が、我欲の限りを尽くして暗躍するようになってしまった。

そのよくない例の代表例に、清平がなってしまった。

清平に身の程を超えた献金を持参した人々はどうなったのだろうか?先祖解怨献金を誠実に治め続けた人々は本当にそれにふさわしい恩恵を受けてきているのだろうか?

さらに痛烈には、本当に先祖は解怨されているのだろうか?

 

「先祖解怨」とは何だ?

「先祖解怨」と言う言葉自体が、原理を探しても何処にも出てこないが、それに一番近い概念としては「霊人の復活現象:であろう。

ただし、原理で解かれる「霊人の復活」と、清平の先祖解怨は根本的に概念が違っている。

霊人の復活現象における、復活の主人公は、あくまで地上人である。先祖の霊人の復活を考えれば、その子孫である地上人そのなのである。霊人の子孫にあたる地上人が、神の創造理想を実現する歩みをなしてこそ、先祖の霊人もその恩恵浴して復活していくのである。あくまでも地上人の復活があってこその霊人の復活であることがわかる。

ところが、清平の役事の問題は、この地上人の復活がほとんど無視されてきたということである。

創造原理を学べばわかるように霊人体の成長は、アダムとエバが家庭を完成して三対象の愛を完成していく過程を通して成長していく。

ところが清平役事に参加する多くの婦人会員の中には、夫や家庭を無視して、清平に来ている例が数多く見受けられる。本来大切なのは、家庭や家族である。家庭の平安や和合を無視して清平に詣でてもその本人の復活はもとより、祖先祖の霊人の復活もありえない。

 

それでも清平役事が意味を持っていたのは

まあ、それでも清平役事が意味を持っていたのは、それらを最終的に主管される、真のお父様が、世界的な平和運動をなさっており、自分たちの納めた献金が最終的に人類の平和や幸福に寄与することを通して、神を喜ばし、親類を喜ばす結果となることで、それが本人の喜びにもなり、それが復活の要素となってきたからに他ならない。

しかし、収めた献金が途中で私的に流用されたり、私腹を肥やすために利用する輩が出てくるようになれば、それは復活の要素とは到底なりえない。しかし、現実はそうなってきてしまっていたのである。

すでに、多くの人が金孝南訓母と、その周辺の人物たちの不正や疑惑を知るようになってきていた。今はお母様がそれを主管されておられるようだが、殊更にお母様とお父様の一体化論を吹聴するのはそのあたりに事情があるのかもしれない。

ともかく今は清平役事は有害無益なものとなってしまっている。即刻中止が好ましいであろう。

真のお父様であれば即刻中止されているだろう。ご子女様しかりである。

だれかを神格化しなければ存続できない?

今の、清平役事は誰かを神格化して、その権能に依存する論理を組み立てなければ存在できない。真のお母様の「独生女論」「無原罪論」、そして「お父様とお母様は一つ論」はそのあたりに理由があるのかもしれない。

 

 

 

 

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