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「北朝鮮みたい」・・・人間を神様に置き換えた宗教が主体思想  それでは我々は何を主体として生きるべきなのか?

2017-03-20 10:38:37 | 統一家の行くべき道

「北朝鮮みたい」…・・・人間を神様に置き換えた宗教が主体思想  我々は何を主体として生きるべきなのか?

 

人間を絶対化する危険性

北朝鮮の主体思想はよく宗教だといわれます。どういう宗教か?それは神様の代わりに人間をその位置に据えた宗教です。絶対的人間信仰です。人間の誰を?それが金日成でありそれを継承したという金正日~金正恩となってきているのです。

勿論そこには「ハナニム」はいません。北に行けば「ハナニム」は禁句です。「ハナニム」などあり得ません。いては困るのです。

凄惨なサリンによる殺戮事件を引き起こしたオウムにも神様はありませんでした。彼らには教祖麻原が神様になっていたのです。

 

統一原理で教える神様

統一原理では神は無形主体だと教えました。そしてそのとおりです。真のお父様が教えた神様は大きいと言えば限りなく大きく、小さいと言えば限りなく小さい神様でした。すべて宇宙に遍在する神様であるかと思えば、ここの存在にも内在する神様でした。それが「ハナニム」であり、統一原理で教える神様でした。

(その神様の属性が陽陰なのにその属性を神様に代えては主客転倒です。)

 

キリスト教の犯した過ち

キリスト教の間違いはイエスを神ご自身としたところにあります。イエスは神と一つになったお方だから神の子であり神の人でしたが、神ご自身にしてしまったところからキリスト教の信仰の過ちが生じて来たのです。

歴史上の多くの宗教があくまで被造物の代表である人間を神に置き換えるとう過ちを犯してきました。しかしその信仰の過ちが多くの宗教史の悲劇を引き起こして来たのです。

 

家庭連合も同様な過ちを

現在の家庭連合が陥っている混乱の大きな問題点の一つがこの問題であるかもしれません。

御父母様は「天地人真の父母様」の呼称を用いられました。その意味は天地人、すなわち神の心情と一つになった父母という意味です。神様の真の愛を中心とした理想を実現した真の家庭、そこには神様の愛が臨在される、全ての人類が目指すべき家庭理想の中心存在だということです。

 

イエス様を神ご自身だと言ってしまったキリスト教神学の過ちをもしや家庭連合が繰り返すならばキリスト教徒同じ過ちを繰り返していることになります。キリストの像を刻んでその像を神ご自身として貴重視する。キリストの十字架を神聖視して十字架をそのシンボルとして掲げる。いずれもキリスト教の犯してきた間違いであると、真のお父様は指摘されてきました。それは偶像崇拝の誤りと同じだからです。

だから真のお父様はすべての祝福家庭が第二のメシアになれ、あるいは宗族的メシアになれ、・・その延長線上に国家メシアも定められました。

真のお父様のメシア観はご自分の一人がメシアというのでは無かったのです。

それぞれの夫婦、それぞれの家庭がメシアの分身であり代身だよと教えられたのです。

教条主義

誰かの語った言葉を一字一句間違いがないように行おうというのが教条主義です。それが共産主義国家であれば、「…語録」として貴重視され、その言葉を暗唱しその言葉通りに生きることを人々に強制するようになります。それが人間を神様に置き換えてしまった宗教、その最も間違った例がオウムです。彼らは教主麻原彰晃を絶対視し、彼の指示と言葉を宇宙の根本と置き換えて絶対服従して最後はサリンをばら撒き無差別殺人を犯しました。

「教条」というのは、その言葉を説いた人間の本意を別にして言葉そのものに価値があるとして、その教条に絶対服従させようとするものです。そして教条主義者の多くが、彼らが尊崇するという人物を祀り上げて、その尊崇する人物が語った言葉の本意をさておいて、自分に都合のいい言葉を抜き出して利用するのである。

 

朱子学も同様

東アジアで大きな力を持った儒学の一派朱子学も、孔子や孟子の言葉を引用しながら実は支配階級が被支配者を支配するための支配の論理の道具としてしまったのである。(朝鮮朱子学がその典型です。)

 

今家庭連合本部が犯している過ちも極めてよく似た傾向に満ち満ちています。真のお父様のみ言を切り刻み、最もひどいのはビデオまで編集して、都合よく再編集して、これこそ真のお父様の言葉だと絶対視、金科玉条のようにして信徒を強制する。言うことを聞かなければ除名や免職にする。最も陥ってはいけない過ちを繰り返しています。

 

「汝は主なり」

原理講論にも「汝は主なり」の予言の意味することが書かれています。真のお父様から自分は重大な使命を託されているとして、自分を時々絶対視する人がいます。自分に任されたある分野の使命を何かすべてを任されたかの如く思いこんではいけません。

あるいは、お父様は同じ事実を話される時に待ったう逆のような表現をされるこがよくありました。自分に与えられた言葉を、いかにもすべての人々に語られたことであるかのように錯覚するのも過ちです。少なくともある一面的な視点だけで他を否定したり非難するのはお門違いです。

 

真のお父様の教えの本質

真のお父様が教えられたことは2000年前にイエス様が教えられたことばと基本的に違うところは一つもありません。それは旧約時代に律法を通して教えられた内容とも一致するものです。

そしてそれはすべての存在の根本にある「神」を崇め、尊び愛して、同様に隣人をこよなく愛するという、愛の実践をなし、愛の実体になりなさいということにほかなりません。

真のお父様の教えが素晴らしいのはその愛を家庭の中、夫婦親子兄弟の中に実現していきなさいというという教えの内容であり。それを自らの夫婦の中に真の父母の理想として、そしてそれを自らの家庭の中に、真の家庭として実現していかれようとされたことでした。その理想を実体的に拡大していく家庭として、祝福家庭を定められ祝福していかれたことです。

 

家庭を編成し家庭を実現していくことには多くの困難が伴うものです。夫婦は夫や妻やただ一人で実現できるものではありません。様々な葛藤や矛盾、意見の違いなど克服していかなければならない課題がたくさんあります。その課題を一つずつ解決して克服して最後のゴールに向かっていくのが真の夫婦の果たすべきテーマです。

 

迷路から抜け出さねば

今家庭連合は、これまでの宗教が陥ったと同様の迷路に陥っているのかも知れません。

ならば、謙虚に人の意見や見解も聞き入れ、これまでの歩みを振り返ってみることも必要ではないでしょうか。

先輩家庭もおっしゃる「教条主義」で問題解決は図れません。真のお父様のみ言を金科玉条のようにしてみても、語られたお父様の本意を知らなければ結果として背教者になってしまうでしょう。

それぞれが自己の本心や良心に問いもとめる求道の精神が必要です。祈りが必要です。

 

あらためてお父様は「良心は両親に優る、良心は先生に優る、良心は神様に優る」と教えられました。 自らの「良心」に問い求めれば自ずと答えは出てくるのではないでしょうか。

 

 

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1 コメント

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いくら色々言っても変らんって (諸悪の根源は贅沢な暮らしが出来る献金体制)
2017-03-20 21:08:27
いくら色々言っても地区長の月給が40万円以上、教会長が月給30万円以上も貰える組織で改革なんて出来んよ。
まず、IMF時代に韓国で無職になって日本に来た韓国人公職者を全て帰国させる事が最優先。(無理だと思うけどね。)
彼らは本当に日本には生活の為に来ただけだからな、それに日本人を顎で使えるしこんな楽な組織を離れる訳が無いと思うけど。
まず、日本の教会は日本人が全て仕切れる様になる事が最優先。
出来なければゆっくりと自滅するだけ…

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