HOPE 

Day of Hope「希望の日」の到来は間近!

2001年4月「先生夫婦が整備しなければならないのですが、オモニ、原理が分かりますか。原理が分からないのです」(金容成のブログから お母様を配されたお父様のみ言5)

2017-12-11 11:07:18 | 希望の未来を開くため

お母様を心配されたお父様のみ言5

2001年4月18日

< 先生夫婦が整備しなければならないのですが、オモニ、原理が分かりますか。原理が分からないのです>

 その位置でオモニを中心に40年です。40年の期間でこれをしなければなりません。アダム家庭で、一代で理想的な夫婦として立てず、堕落した夫婦として世界を台無しにして、4000年の歴史を再臨の時まで引き伸ばして、これを今、先生夫婦が整備しなければならないのに、オモニ、原理が分かりますか。原理が分からないのです。何も分からないのです。

出典:統一世界6- 2001 25ページ、2001418

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摂理的概観(後編) 2005年~2008年の摂理の理解 (雪風さんによる金容成のブログ解読)

2017-12-10 18:56:52 | 希望の未来を開くため

20151217日 金容成ブログ

摂理的概観 2005年~2008年の摂理の理解

 

 お父様は基元節勝利の為、多くの摂理を実行されてきたが教権勢力は、父子協助体制の構築のための指示には反抗し、それ以外の指示には絶対服従した。お母様を中心とした教権勢力は、お父様の権威を簒奪し、母全権時代を開く為に全力を尽くした。そしてお父様の体が不自由になり、摂理現場の検証ができなくなった頃に、彼らの野心を達成する為の決定的D-dayを設定した。お母様が母子協助時代の直後からお父様とは違う道を歩まれたことは明白である。

 お母様が、お父様と違う道を歩まれたということは「神様のみ旨と摂理が要求する」道を歩まれなかったことを意味し、お父様の「摂理的な指示」には絶対服従しなかったことを意味する。お父様がお母様に求めたのは、たった一つだけであった。

 父子協助時代を構築するための「摂理的な指示」に「絶対服従」しなさいということだけだった。

お父様がお母様に要求した「摂理的指示」は原理を理解せよ、ということでもなく、神様の摂理を理解しろというものでもなかった。お母様に望まれたことはただ一つ「父子協助時代を受け入れろ」というものだった。

 顯進様を受け入れ、顯進様がお父様の継代を継ぎ、基元節勝利の主役として立ち、真の家庭の位相を高めることができるように、協助しなさいというものであった。しかしお母様はこれを否定された。

お父様はこれを199999日から20049月までの6年間、お母様をはじめ、核心指導者に訴えてきた。お母様がこれに従われたならば、お父様の摂理のパートナーとして、アダムとエバの堕落による全ての蕩減を終え、勝利した基元節を迎えたことだろう。

 2005年以降は、顯進様がお父様の継代を継ぐ長子として立ち、基元節を迎えることが天理原則であるという、み言が全くなかった。それはすでに過去6年間、顯進様を徹底的に拒否してきた、お母様と教権勢力の反逆の執念と意図を確認されたので、あえて彼らに繰り返して語られる必要がなかったのかも知れない。

 2005年〜2012年間の歴史は、どんなことがあっても顯進様を立て、長子の威厳と位相と権威を確定し、基元節勝利を成し遂げようとするお父様と、その意志を拒否し、お母様を中心に立て、父子協助時代を破壊し、真の家庭を排除し、教権時代を確定するという反逆勢力との闘争史であった。

 お父様は、たとえ真の家庭に曲折と、多くの事情があったとしても、顯進様が、その責任分担を完遂することによって、亨進様と國進様をはじめ、お母様と教権勢力の中から、一人でも悔い改めて自然屈伏し、一つになる姿を心の中に描きながら、血の涙を流されながら12年の歳月を耐えられたのであろう。

 20052008年の4年間は、お母様と核心勢力が悔い改め、戻ってくることのできる唯一の期間であった。しかし、彼らはむしろ顯進様の歩みを妨げるために、亨進様と國進様をUCの現場に投入した。これが2005年、3人の子女様が均等に責任を与えられ、UCの現場に投入された事態であった。顯進様のみが1998年からお父様の特別配慮として9年余りの間、現場を経験された方であったが、國進様と亨進様は現場を経験したことがないのに、顯進様と同等に責任を与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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<大河ドラマに学ぶ> ぎりぎりの状況からは「逆転」の道が開かれる 「太平の世」を願う動機が、逆転の道を切り開いた!

2017-12-10 08:33:03 | 希望の未来を開くため

大河ドラマに学ぶ

 

第48回「信長、浜松来たいってってよ」

武田が滅んで、徳川は念願の駿河を与えられて家中は大喜び

しかし、その喜びもつかの間、信長が浜松に来るとの連絡が入る。

渾身の力を込めて信長の接待をする家康。家臣たちも総力をあげる。

機嫌を良くして帰った信長と思いきや、徳川の接待の返礼として信長が、家康と主要な家臣たちを安土に招待するという。

果たして信長の狙いは・・・・

 

そうこうしているうちに、今は徳川のもとに庇護されている今川氏真から重要な情報がもたらされる・・・・

 

さて、この続きは次週「本能寺が変」に繋がるのだが・・・・・

 

 

数年前にこれまでの歴史的常識を覆すような、著書が出て話題を集めた。

明智憲三郎著「本能寺の変 431年目の真実」と言う本である。

 

明智光秀は何故、本能寺で主君である織田信長を誅殺するようなことをしたのであろうか?

様々な説がのなえられていたが、いずれも説得力に欠くものであった。(よくわからないから諸説が出て来た)

しかし、明智氏がその著書の中で書いたのは、明智・徳川密約説である。

今回の大河ドラマは徳川方の当時の状況を詳しく描いている。当時の信長と家康の関係がいかなるものだったのか・・・・

その中で井伊万千代(後の直政)の働きを描いているのだが~

 

武田を滅ぼした後の東国の状況を考えれば、信長が徳川を使い捨てにしようとしていた状況はよくわかる。だから徳川を貶めるために嫡男信康を自刃に追い込んだのである。

もしや徳川家康をその屈強な家臣団もろとも殲滅すれば、信長の東国制覇は一挙に片が付く。当時、西に毛利との戦いをしていた信長だが、これはほぼ決着がついていた。

自らの一族を重用して、外様の大名は使い捨てにしてきたのが信長だった。そういう信長に内々に反旗を翻そうと思っていたものは当時あふれていた。

 

今回の大河ドラマは、この明智~徳川密約説に基づいているように思う。

あくまでドラマだが・・・・

 

確かに当時の徳川は自身の命脈を守れるかどうか、生殺与奪の権を信長に握られていた。

嫡男を殺され存亡の淵に立った、家康が明智の計略に乗ったのは十分動機として納得行く。

 

秀吉の中国大返しが明智の失敗だったが、この背後が何だったのかは・・これから・・・

 

 

 

今週NHKのブラタモリは「彦根城」・・・「家康は何故彦根がいいと思ったのか?」がお題。

戦略的に重要かつ優れた彦根城・・・城主として彦根を任せたのは最も信頼の篤かった井伊直政だった。

 

今週の大河・・「本能寺が変」みおとさないようにしよう!

先週は、日曜日に見れなくて土曜の再放送だったので記事が遅れました。

 

ドラマから学ぶ内容は、次回のお楽しみに・・・・・

 

 

一言だけ・・・・

ぎりぎりの状況からは「逆転」の道が開かれる

 「太平の世」を願う動機が、逆転の道を切り開いた!

 

 

 

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2000年12月23日「オモニも息子に仕えなければならないでしょう」「オモニも祝福した息子の後をついて行くのです」(金容成氏による「お母様を心配されたお父様のみ言」から5)

2017-12-09 06:04:02 | 希望の未来を開くため

2000年12月23日のみ言です


<息子がアボジの継代を引き継ぐことになれば、オモニも息子に仕えなければならない>

 今日、最後になって、ハワイの終わりになって、このようにすべてを教えるのです。正しく理解しましたか。母子協助の時代、父子協助の時代の意味を正しく知らなければなりません。これは最後です。息子が後にアボジの継代を引き継ぐことになれば、オモニも息子に仕えなければならないでしょう。そうでなければなりません。父子協助時代に入るのです。

出典:み言選集34046ページ、20001223

<オモニも祝福した息子の後をついて行くのです>

 オモニが来たときは蕩減時代であり、それが過ぎて長孫に侍り、父子の関係を立てた後はオモニも祝福した息子の後をついて行くのです。オモニが、アボジが、後代において長孫が行く道に責任を持てないのです。

出典:み言選集34064ページ、20001223

 

 

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2000年3月「最後にはオモニが問題になります」 (金容成氏による「お母様を心配されたお父様のみ言」から4)

2017-12-08 06:12:41 | 希望の未来を開くため


<最後にはオモニが問題になります>

 

最後にはオモニが問題になりますオモニが堕落したので抜けるのです。ですから父子時代に入るのです。息子がオモニを呼んで立たせることができ、アボジもオモニを呼んで立たせることができるのです。今までそれが復帰できなかった。

出典:み言選集318172ページ、200036


2000年3月にお父様が語られたみ言です。

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