かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠336 (スイス)

2016年11月12日 | 短歌一首鑑賞

      馬場あき子の外国詠46(2011年12月実施)
         【氷河鉄道で行く】『太鼓の空間』(2008年刊)168頁
         参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、曽我亮子、たみ、藤本満須子、渡部慧子
         レポーター:崎尾 廣子
         司会とまとめ:鹿取 未放


336 風景は人間を抱き暮れゆけどグリンデンワルドの山夜を圧倒す

       (まとめ)
 たみさんの意見に同感である。335番歌(氷河渉るマンモスの足の重さもて佇めば襲ひくる白きアイガー)の続きで、夜の暗闇にあってますます山の持つ神秘的な恐ろしさを感じとっているのだろう。もちろん、民家やホテルに明かりは点いているが、人工の明かりなどは遙かに凌駕した圧倒的な山の力なのだろう。(鹿取)


     (レポート)
 「グリンデンワルド」はアイガーの麓に広がる小さな村。自然がみせる一面である優しさが感じさせられる上の句である。5・7・5音の韻律に子守歌を聞くような心地よさを覚える。またアルプスの少女ハイジをも連想する。眺めるままに陽が落ちると風景ががらりと変わったのであろう。上の句とは対照的な字余りの表現である。高峰がより高々と間近に迫り村を囲む峰峰もずっと近く目に映ったのであろう。怖ささえも感じたであろう作者の驚きが感じられる。4句の地名が持つ力強い響きとあいまって結句の表現にいっそうの勢いが感じ取れる。また「す」にはこれほど力強いひびきがあるのかと目に留めた。雄大な自然の前では村も人も小さな存在でしかないと詠っているのであろうと思う。しかも夜であれば恐ろしささえも覚えたのであろう。(崎尾)


      (当日意見)
★山は一つの山ではない。街は人間くさいところで、人間のいとなみと自然を対比し、自然への
  畏敬を詠っている。(N・I)
★グリンデンワルドに降りると突然屹立して現れるというから、山はアイガーであろう。(藤本)
★グリンデンワルドという固有名詞が際だっている。(慧子) 
★「グリンデンワルドの/山夜(さんや)を圧倒す」とレポーターは読まれたが、そこは「グリ
  ンデンワルドの山(やま)/夜を圧倒す」だろう。「グリンデンワルド」(の町)が主語で、
 「山夜を圧倒す」が述語だと、意味が通らない。下の句字余りの件は、外国の地名の場合特に
  長いものがあるのでおのずと字余りになるが、この歌の場合も地名の必然性から生まれた字
 余りで、特別の意図はないだろう。また「圧倒す」は一語の動詞なので「す」の部分だけを取
 りだして力強いというのはおかしい。(鹿取)
★人間の営みとか業を拒絶して山は屹立している。自然の山の前では人間は何ものでもない。上の
 句との対比で下の句の怖さがよけいに際だっている。(たみ)
      
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