かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠50(アフリカ)

2017年07月17日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 ⑥(2008年3月実施)
   【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P168
   参加者:KZ・I、KU・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、
       田村広志、T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:T・H 司会とまとめ:鹿取 未放

50 アルファー草の山が動くとみてあればその芯に騾馬がゐてほほゑめり

     (まとめ)
 アルファー草がどんな形状のものかネットで調べると、い草を短くしたような草で50センチくらい、高級な紙の材料になるそうだ。驢馬が体の何倍もあるアルファー草を背負って移動しているのであろう。草の山が動いているように見えたが、良く見ると驢馬が背負っているのだった。芯に驢馬がいるという表現が楽しい。そうか、そうか、驢馬が背負っていたのか、と思わずほほえんだ、というのだろう。(鹿取)


     (レポート)
 アルファー草がどういう草であるのか、私は寡聞にして知らないが、作者は、その草の山だろうと思って見ていたら、その山が動き出した。そしてその中には驢馬がいた。そしてその驢馬がほほえんでいるように見えた。何ともユーモラスな不思議な世界である。作者は旅にも慣れて、少し余裕が出てきたのであろう。このようなユーモラスな歌を詠むこともできるようになった。
 この「アルファー」は草の名前ではなく、作者の気持ちではないか。「アルファ・オメガ」の最初の印象という意味で。「その芯に」というところに、作者のこの地での生活の状況を見た印象ではないか。「ほほゑめり」も、驢馬がほほえんだように見えたのではなく、作者がこの状況を見てほほえんだのではないか。(T・H)


      (当日意見)
★レポートの前後が、まるで二人の人物が書いたように違うのが気になる。「ほほゑめり」の主体
 は、驢馬ではなく作者だろう。最後まで読むとレポーターの意見は「主体は作者」との見方に傾
 いている。レポートはその運び方に注意して私の結論はこうだと示して欲しい。あるいはこうも
 こうも考えたがどちらかは決断できなかったというなら、断ったうえで並列にすべきだろう。「ア
 ルファー」についても同じで、草だというのと、いや「アルファ・オメガ」のアルファーだとい
 うのと、まったく見方の違う意見が並列のままだが、レポーターはこれでよいのだろうか。
     (鹿取)

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