かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠225(中国)

2017年10月11日 | 短歌一首鑑賞

  馬場あき子の旅の歌30(2010年9月実施)
      【李将軍の杏】『飛天の道』(2000年刊)180頁
       参加者:N・I、曽我亮子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
        レポーター:曽我 亮子
       司会とまとめ:鹿取 未放


225 見渡せど眺むれど玉門関までのゴビ人は小さし排泄をして

      (レポート)
 敦煌より天山南路の起点である「玉門関」を遠く望めば、茫々としてとてつもない広大な沙漠が広がっている。そんな厳しい自然の中に生きるゴビの人々は大自然の前ではまことに小さく、戸外で小用等をしていても、それは全くささいな人間の生の一齣でしかない…そしてそれは瞬く間に砂の海に消えてしまうことだろう…。作者はあまりにも広大な不毛の天地に圧倒され、そこに生きるゴビの人々の労苦と悲しみを思い、排泄という人間の微細なしかし不可欠の生理的場面を結句に据えることによって生きることの哀れに心を致されている。(曽我)


      (当日意見)
★下の句、よい鑑賞だと思いますが、「人は小さし」は直接には自分を含む旅行者のことを指して
 いるんでしょうね。はるかかなたの玉門関までの荒涼とした景色を茫然と眺めている旅行者を見
 て「人は小さし」と言ったととる方がリアルな感触が伝わるように思います。排泄については、
 男と女がバスを挟んで両側に分かれ、一斉に用を足したと作者から聞いたことがあります。
    (鹿取)
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