かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

馬場あき子の外国詠361(中国)

2017年12月10日 | 短歌一首鑑賞
 馬場あき子の外国詠50(2012年3月実施)
  【中欧を行く 秋天】『世紀』(2001年刊)91頁~
   参加者:N・I、K・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:崎尾廣子
   司会とまとめ:鹿取未放
   
361 色寒きあしたの風はそら鳴りすハンガリー英雄広場人なく

     (まとめ)
 朝の人気のない、風だけが吹き抜ける英雄広場の寂しさを詠んでいる。それは並べられている英雄達の過ぎ去った生涯に対する愛惜でもあり、自分が寄ってたつ現代の空しさをも思っているようだ。(鹿取)


         (レポート)
 朝まだ人影もなく英雄像のみが立つ広場の、淋しげなむなしげな景が目に浮かぶ。上句に像を建てたがる人間の業を感じる。むなしさも。胸のうちには英雄達を歴史の中にそっと眠らせておいてやりたいとの思いがあったのであろうと思う。「色寒き」には冷たいがま肌にはささらないさまを、「そら鳴りす」には広場に吹くやや強い風を感じる。初句、3句に胸の内に吹く空しげな風を思う。印象深い一首だ。(崎尾)
  英雄広場:一八九六年、ハンガリー建国1000年を記念して造られた。ブダペスト最大の広
       場。扇状に並んでいる像は歴代国王などハンガリーの英雄達である。台座にはマジ
       ャル族などの部族長の騎馬像が並んでいる。全部で一四体ある。(インターネット)

     (当日意見)
★インターネットではあまりに漠然としているので、Wikipediaとか、もう少し絞った出典を書い
 てください。(鹿取)
★「英雄広場」は行ったことがあるが、寒いところだった。外国では英雄を好んで飾っている。ホ
 テルなどでも飾ってあった。(K・I)


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馬場あき子の外国詠360(中欧)

2017年12月09日 | 短歌一首鑑賞
 馬場あき子の外国詠50(2012年3月実施)
  【中欧を行く 秋天】『世紀』(2001年刊)91頁~
   参加者:N・I、K・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:崎尾廣子
   司会とまとめ:鹿取未放
   
360 つばさ大きく傾けてドナウ越えたれば楽音に似たり秋天の藍

     (まとめ)
 躍動感に満ちた歌である。美しい藍色の秋空に翼を大きく傾けてドナウの上を越えてゆく飛行機のダイナミックな感じに、いよいよ目的地が近づいた心躍りが感じられる、「楽音」とひっくり返した感覚も気分良く響く。(鹿取)


      (レポート)
 この初句は歌の調べを静かに雄大に奏で始めている。その調べは2句へと続き大河ドナウ越えを楽しく奏でる。初句の「大きく」と相俟って飛行機ならではの優雅な姿が見えるようだ。開放感に浸っている様子が伝わってくる。3句でこの調べに休止符を打つがその余韻は4句、5句へと残り、空中にあっても手の届かない天の藍の色を深めている。「楽音に似たり」とあるがどんなリズム、メロディであろうか。横笛の澄んだ高い音をこの藍に聞くようである。 (崎尾)
  ドナウ川:ヨーロッパの東南部を流れる川。ヨーロッパ第二の国際河川。ドイツの南西部のシ
       ュワルツワルトを水源とし、オーストリア、チェコスロバキア、ハンガリー、ユー
       ゴスラビア、ルーマニア、ブルガリアを流れて黒海に注ぐ。英語名ダニューブ。
  国際河川:数カ国の国境となり、また数カ国にまたがって流れる河川で国際条約により、全て
       の国の船舶の自由航行を認めたもの。(言泉 小学館)
    
 ※レポーター引用の辞典は古いもので、「ユーゴスラビア」は現在「セルビア共和国」と「モン
  テネグロ」となっています。(鹿取)


     (当日発言)
★シベリアからハンガリーに至ると全く違う世界になる。波がきらきらしている。(曽我)
★「楽音」は藍色の秋空に音楽的なイメージを感じているので、どの楽器のどの音かなど限定しな
 い方が雄大な感覚が出るだろう。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠359(中欧)

2017年12月08日 | 短歌一首鑑賞
 馬場あき子の外国詠50(2012年3月実施)
【中欧を行く 秋天】『世紀』(2001年刊)91頁~
    参加者:N・I、K・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:崎尾廣子
   司会とまとめ:鹿取未放
   
359 パーサーはアップルジュース供したりシベリアはただ灰青の襞

(まとめ)
 「パーサー」は、「首席の客室係」と辞書に出ている。パーサーみずから客にアップルジュースをサービスしてくれたのだ。雲はもう切れてシベリアが見下ろせたのであろう。しかし高度のせいで細かい景は見えず「灰青の襞」として目に映った。
 学習会の席上では人間が登場してほっとする云々と言ったが、シベリアが出てくるとやはり抑留されていた日本人兵士達を連想させられる。おいしいアップルジュースを飲みながら、寒さと飢えで死んでいった兵士たちのことが脳裡をかすめたのであろう。「灰青の襞」のかなたに兵士達はうずもれているのである。356番歌(ハバロフスクの上空に見れば秋雪の界あり人として住む鳥は誰れ)で挙げたかつてのシベリア詠(例えば【シベリアの雲中をゆけば死者の魂(たま)つどひ寄るひかりあり静かに怖る】『飛種』など)を見ると、そのことは容易に想像できるだろう。
 「灰青」は辞書にはないので作者の造語と思われるが、レポーターの「日本人のみがもつ色彩感覚」という断定には賛成できない。民族によって色彩の捉え方は異なる。日本人の布などに見られる古代からの色彩感覚のすばらしさは肯うが、それは「日本人特有の」とか「日本人らしい」と形容されるもので、別の民族にはその民族特有の色彩感覚のすばらしさはあると思う。だから「日本人のみがもつ」という言い回しはまずいのではなかろうか。(鹿取)


(レポート)
 ボルガを越えればモスクワは間近である。ユーラシア大陸横断の旅もまもなく終わりとなるのであろう。楽しんでいる笑顔が目に浮かぶ。アップルジュースは甘かったであろうか。だが4句の「ただ」に目をとめたい。上空から見ればシベリアは起伏に富んだ青い地がえんえんと続いているのであろう。その景を「ただ」の2音で表し「灰青の襞」と結んでいる。「ただ」が広大さを表す言葉でもあると知る。その襞にはうっすらと雪があるのであろうか。縮み織りを連想する。「灰青の襞」、
灰色がかった美しい青を想わせるその襞、日本人のみがもつ色彩感覚をここに知る。(崎尾)


(当日発言)
★「灰青の襞」とはどういう状況か。(T・H)
★レポーターが書いているように、上空から眺めたシベリアの様子を表しているんでしょうね。
レポーターは「『ただ』が広大さを表す言葉」と書いていますが違います「ただ」は副詞であっ
 て、この副詞に「広大」の意味はありません。例えば「ただ小さな……」と小さいに繋げること
だってできます。一連で初めて人間が登場し、緊張した景からほっとさせる気分が出ている。力
を抜いた良い感じの歌。(鹿取)
 
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馬場あき子の外国詠358(中欧)

2017年12月07日 | 短歌一首鑑賞
 馬場あき子の外国詠50(2012年3月実施)
   【中欧を行く 秋天】『世紀』(2001年刊)91頁~
   参加者:N・I、K・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:崎尾廣子
   司会とまとめ:鹿取未放
   
358 ただ白き雲の平を見るのみにウラル越えボルガ越え行く天の秋

          (まとめ)
 飛行機の下は白い雲が広がっていて、ウラルもボルガも下界は見えなかったのであろう。その白い雲が平らに一面にどこまでも広がっている様子を「天の秋」と季語ふうにとらえている。ウラル山脈やボルガ川をしっかりと見たかったのに、とやや惜しむ気持ちもあるのだろう。ちなみに、シベリアという呼称は、狭義にはレナ川より東を、広義にはウラル山脈より東をいうらしいので、広義のシベリアともこの辺りでお別れである。(鹿取)


     (レポート)
 外国への旅はやはり旅客機に頼らざるをえないであろう。遠路であればなおさらである。しかし一度雲の上に出てしまうと乱気流などに巻き込まれない限り飛行は単調である。もくもくとわいている雲を見るのみの時間である。この飛行の中にあっても見落とすもののない目を感じとる。「ただ」と「平」と「に」に単調さが滲み出ている。特に「に」には目的地へ確実に向かっている飛行時間の長さが感じ取れる。この「に」が4句に掛かり10音に表わされている広大なウラル山脈一帯、大河ボルガ越えがぐっと近寄ってくるように思われる。雲の上、そこも天であり、宇宙である。天の秋の色にはどんな色がまじりあっているのであろうか。旅に浸りきっているであろう時間を想像する。(崎尾)
  ウラル:ソビエト連邦の旧行政地域の一。ウラル山脈一帯
  ボルガ川:ソ連、ヨーロッパロシアの三分の一を流域とする大河。全長3690キロメート
       ル。水源はバルタイ丘陵で、カスピ海に注ぐ。ボルガ運河で黒海と連絡する。
       (言泉 小学館)

※レポーターは古い辞典を参照されているので、ソビエト連邦、ソ連という呼称になっています。
(鹿取)

         (当日発言)
★「天の秋」とはどういう状況か。飛行機の周辺のことか。(T・H)
★「天の秋」は、秋天の和語的な言い方でしょう。「ウラル越えボルガ越え」は、飛行機が越えた
 のを機内の地図か旅の本で確認したのであって、ウラルやボルガを作者の目で見ている訳ではな
 い。ウラルやボルガの上には「ただ白き雲の平」が広がっていたから見えなかったはずです。
        (鹿取)
★想像では難しいのではないか。ウラルは見えたのではないか。ボルガもちらちらと見えたかもし
 れない。(藤本)
★見えた根拠は何ですか?どこにも見えたとは書いてないけど。見えなかったから「ただ白き雲の
 平を見るのみに」と表現したんでしょう?この歌のねらいも面白さも、ウラルやボルガを越えた
 んだけど私は白い雲を見ていただけだった、というところにあると思います。見えたら、雲の切
 れ間からウラルやボルガがちらりと見えたと詠うでしょう。飛行機の前方画面に今どこを飛んで
 いるか印しが出ていますよね。それを見れば今ウラルの上、ボルガの上を飛んでいることは分か
 る。私がロシアへ行った時、歌集にも載せなかった下手な歌だけど、〈うたたねの間にいくつの
 川を越えたのかエニセイ、オビと聞けばゆかしき〉と歌った。もちろん眠っていたので、エニセ
 イ川もオビ川も見ていない。それからレポーターのいう退屈は違うと思う。また、「に」は格助
 詞ですから、そこに飛行時間の長さを感じ取るのは無理です。(鹿取)

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馬場あき子の外国詠357(中欧)

2017年12月06日 | 短歌一首鑑賞
 馬場あき子の外国詠50(2012年3月実施)
   【中欧を行く 秋天】『世紀』(2001年刊)91頁~
   参加者:N・I、K・I、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:崎尾廣子
   司会とまとめ:鹿取未放
   
357 アムールを越えてはるかに飛びゆくをあなさびし人恋ひて降(お)りゆける鳥

        (まとめ)
 「ハバロフスクの上空に見れば秋雪の界あり人として住む鳥は誰れ」に続く歌。アムールはハバロフスクをも流れている川だから、ハバロフスク上空からアムール川が見えているのである。一面の雪景色の中、川だけがぽっかりと黒く流れているのだろう。アムールを越えて飛ぶのは、この歌では鳥ではなく作者達を乗せた飛行機であろう。渡り鳥たちが羽を休めるために地上に降りてゆくのを見下ろしているのである。当日発言にあるはぐれた一羽の鳥だと飛行機のスピードから目撃するのは難しいだろう。
 前の歌の「人として住む鳥」の気分を受けて「あなさびし人恋ひて」と思うのは作者の鳥たちへの優しさである。この鳥たちは人間を恋いて地上へ降りてゆくのだと思うのは自分自身のそこはかとない旅の寂しさが反映しているからだろう。(鹿取)


            (レポート)
 飛行機に乗ってしまうと目的地に着くまでは人はままにならない時間を過ごさなければならない。少々の飽きを感じているのであろう。3句の「を」の一音にそんな思いが伝わる。ふと目にした鳥と自身の今を対比しているのかもしれない。しかし下の句で鳥の宿命を余すところなく表している。人里近くに羽を休め餌をもとめなければならない鳥への心寄せを感じる。また人を恋う思いは人間の性でもある。鳥にこの人の性を重ねているのであろうか。辞書によるとアムールは「黒い川」とある。この鳥はかささぎであろうか。はぐれた一羽なのか。「人恋ひて」がこの歌の心となっている。さらに降りていく鳥の姿が際やかに浮かんでくる体言止めも印象深い。(崎尾)
  アムール川:ソ連と中国の国境付近を流れる大河。モンゴル北部のオノン川を源流とし、東流
        してタタール海峡に注ぐ。全長4350キロメートル。黒竜江。

※レポーターは古い辞典を参照されているので、現在のロシアがソ連という呼称になっています。(鹿取)

     (当日発言)
★アムール川を越えてゆくのは、ここでは飛行機。(慧子)
★はぐれた一羽だからこそ、この歌ができた。(N・I)
★上の句が飛行機なら、下の句の降りて行く鳥は一羽ではないだろう。(鹿取)
★評者は「かささぎ」と書いているが、かささぎはシベリアにもいるのか。(曽我)

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