
サブプライムローンと株安の関連がいまいち腑に落ちない僕です。
都市計画やまちづくりについて知りたくて読んだ。

あまり新しい発見はなかったけれど、40年前の建設省都市計画課の責任者が当時横浜市の職員だった著者に「街を美しくしようなんて、けしからん」と言い放ったエピソードが印象的だった。
横浜のど真ん中に高架道路を通そうとする当時の計画に反対し、地下か半地下の道路を主張した著者に言い放った言葉だった。
結果的には著者の主張が通り、地下に高速道路が通った。
そして田村氏を中心としたみなとみらい地区のまちづくりは、全国有数の成功モデルとなっている。
2006年には総合的な都市開発が評価され、「横浜市の一連の都市デザイン」はグッドデザイン賞も受賞した。
僕も去年横浜を訪れ、都市デザインに注目して歩いてみたのだけれど、確かにほとんどの歩道は広々としていて車に出会うことも少なかった。
景色も歴史的な建造物と近代的な建造物がなじんでいて、横浜というまちの歴史の連続性の上に都市が成り立っている感じがした。
見た目だけではなく、生活に即した都市デザインや開発が行われている。
東京では感じられない種類の快適さであった。
(東京が街歩きに適さない街になってきているって事は後々書きたい。最近の都心再開発への批判でもあります)
今でこそ街の景観やら美しさを否定する人はいないだろうが、戦後復興期から高度成長期にかけては景観やまちづくりへの認識は乏しかった。
街は生産のための手段という程度の認識しかなかったんじゃないだろうか。
信じられないことだが、60年代の小学生による「理想の未来のまち」の絵には、煙突が乱立し、黒煙をモクモクと吐き出しているような街が描かれていたそうだ。
つまり成長こそが幸福と信じられていたのだ。
質より量。
ストックよりもフローを上げるために必死だった(これは今でもあまり変わらないかな)。
以下、長いけど引用。
日本のバブル最盛期に、しばらくイギリスに住んだ。
当時は数字だけで見ると、一人当たりGDPは日本の方が倍もあるのに、イギリスのほうがずっと豊かに思えた。
その一つはストックの差である。
海外植民地からの収奪もあったろうが、基本的にストックを大切にしている。
都市も農村も歴史の連続性が感じられ、個性があって豊かだった。
これに対し日本の経済はフロー中心。
もともとGDPで測られるのは、その年のフローだ。
フローの効率を上げるには、文化的・歴史的蓄積も簡単に破壊する。
一個一個の蓄積が破壊されるだけでなく、一つの異物の混入によって地区の景観という共同の価値も破壊されるが、数字には現れない。
フローを上げる努力をすればするほど、数字上は豊かになっても、文化的なストックを壊し貧しくなっていくという矛盾した構造によって、経済大国・日本が成立してきた。
ところが都市景観は積み上げのストックで形成されるものだから、継続性のある良質のものが造られなければならない。
引用終了。
これから日本もストックを重視しないといけなくなってくる。
労働人口が減るわけだから、フローをいたずらに追い求めるだけでは成長は約束されない。
ストックによる豊かさの創造について考えなきゃいけない。
で、なんというか、ストックを生活に即した具体的な形で生み出していけるまちづくりって作業はとても魅力的だ。











街歩きに適す街か適さない街かー
。
難題だな。
俺は、基本的に見知らぬ街を歩くのは好きだけどね。
逆に俺がその街歩きに適しているのか疑問だな。
やっとパソコン復活!
都心の再開発って、まちをつくるどころか、まちを壊してるとしか思えないのが多いんだよね。
だって、六本木のヒルズとかって、都心にジャスコ建ててるようなもんだもん。
そういうジャスコ的な施設ばっかりにまちの機能が積み込まれていって、本来街の主役であるべき路地が無くなってる。
まあ、今度詳しく書くよ。