鞦韆院落
北京で過ごすインディペンデント映画な日常
 

米沢  


米沢に行って来ました。

26日夜に夜行バスで東京を出発。
どうやら風邪を引いたようで、バスの中では熱を出しておりました。
朝、米沢に着くと外は一面の雪でした。

顧桃は、山形大学工学部の近くにある留学生向けのアパートを臨時に借りて住んでいます。
彼が作る朝飯を食べると、歩いて近所の銭湯へ。
近くに天然温泉があるなんて、素晴らしいです。

帰ってから私がベッドにしばらく横になっていると、やがて人がたくさん訪ねて来ました。
被写体となっている中国から嫁いできた人たちとその子供たちで、にぎやかな昼食となりました。
メニューは彼が作った中国の料理と刺身。

食後、顧桃がスキーへ行こうと言い出しました。
食事に来ていたWさんがスキー場まで送ってくれるといいます。
米沢は朝も雪が降っていたので、スキー場のコンディションは良いはず。
ここでスキーというのも悪くありません。

すると、顧桃はスキー道具を買うと言い始めました。
そろそろシーズンも終わりだというのに、あと何回滑りに行くつもりなのでしょう。
まずは中古を探しに行ったのだけど、彼の体格に合う道具はなかったため、新品を買うことに。
ただ新品でも29センチというブーツは在庫がなく、取り寄せになるとのこと。
とりあえず注文し、今日のところはレンタルで滑ることにしました。

ナイタースキーが5時から9時までできるというので、4時過ぎにスキー場に行ったところ、「今日はナイターありませんよ」と言われてしまいました。
春になると利用客が少ないので、営業時間が短くなっているのです。
確かに、ゲレンデを見るとほとんど人がいません。
仕方なく、街に戻って米沢牛コロッケを食べたり、上杉神社をみて、部屋に帰りました。

部屋に戻るとまもなく、撮影対象となっている人たちの店へ行くと言い出しました。
顧桃が撮っているのは、大陸から嫁いできた人たちなのですが、その多くは嫁不足の過疎地域の人が業者に仲介されて言葉も通じないままに娶った人たちで、婚姻もうまくいかなかったりして、スナックなどをしながら自立している人が多くいます。
ちなみに米沢には中国から嫁いできた女性が数百人いるそうです。
人口が10万人にも満たない小さな市では、相当な数だといえます。
彼はそんな水商売に従事している人も何人か撮っていて、その店のひとつへ行って、そこで食事もしようというのです。

店は街の繁華街にあるので、歩いて20分くらいかかります。
彼はまたどこかの中国人に電話をし、車で送ってもらいました。
スナックはまだ営業前で、昼間一緒に食事した女性が水餃子を作っていました。
お客さんが入ってきても、お構いなしに食事は続きます。
まるで中国です。

そのうち昼間のWさんも来て、みなで飲み食いし、カラオケを歌うと、次の店へ。
やはり中国から来たママさんのやっているスナックです。
結局その夜は3軒のスナックをはしご。
顧桃は米沢に来てから連日こうしたスナックを訪ねては、取材と称して飲み食いしているそうです。
帰り道にラーメンを食べて、歩いて部屋に戻ると午前3時でした。

翌日は彼のスキー道具を買い、今度こそナイタースキーへ。
人は少ないし、料金は安いし、なかなか快適でした。
顧桃はこれが5回目だというけど、直滑降しかできない初心者で、非常に危険な滑りをしていたので、ボーゲンを教えてあげました。
彼は転ばなくなったと大喜びで、私を老師と呼ぶようになりました。

スキー場へはWさんがまた送ってくれたのですが、帰りは迎えに来れないとのことで、彼は中国語を勉強しているというある日本人男性に電話し、スキー場まで迎えに来てもらっていました。
こういう図々しさがドキュメンタリーを撮る人には必要なのかも知れませんが、私にはとても無理です。

その夜もスナックを2軒周り、部屋に戻ったのは2時過ぎ。
ちなみに、私は彼の部屋で寝て、彼は大家に頼んで空いている部屋を開けてもらい、そこで寝るのです。
同じ部屋では彼のイビキで寝られないので。

29日は、Wさんの手配で顧桃は新潟の中国領事館を表敬訪問。
私はそんな所へは行かないので、ひとりでスキーをすることにしました。
バスがあまりに少ないため、一番早いバスで行き、一番遅いバスで帰っても3時間ちょっとしか滑れないのですが、まったく並ばずにリフトに乗れるし、一日券も2千円と安いので十分楽しめます。
しかも天気がもの凄く良くて、遠くまで見晴らせるのでとても気分がよかったです。

部屋に戻ってまた銭湯に行き、戻ってくると顧桃も新潟から帰ってきたので、Wさんと3人で食事へ。
最後だし、米沢牛を食べようということで、焼肉屋へ行きました。
顧桃は、初めて見る生グレープフルーツサワーというものに大変興味を持ったようでした。
そして肉巻きおにぎりに感動しておりました。

私は深夜1時の夜行バスで東京へもどるため、いったん部屋に戻り、そこで顧桃と別れて駅へ行きました。
かなり体力的にハードな日程だったため、クタクタになりましたが、スキーもできたし、美味いものも食べたし、彼の撮影風景も見ることができたので、いい旅でした。
顧桃はあと1カ月半くらい米沢に滞在しながら撮影を続けるようです。

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最近ブログに書くことがなくて、更新を怠っておりました。
引きこもった生活をおくっているとネタに困るものです。

さて、現在日本に一時帰国しています。
今回の主な目的はハンドキャリー。
最近はFedexやDHLを使っても、DVDすら北京から海外に送れないという状況で、昨年よりも取り締まりが厳しくなっています。
でも私は都内某所に映画のテープを納品しなくてはならなかったため、手持ちで運んできました。

もう一つの目的は、現在米沢にいる顧桃に会いに行くこと。
彼は現在そこでドキュメンタリーを撮影中なのです。
「桜の色」と既にタイトルまで決まっているこの作品は、中国から日本に嫁いできた女性たちについての話。
彼は昨年から何度か米沢で撮影していたのだけど、今は先月から長期滞在中で、更に大阪や東京でも撮影するとのこと。
昨日電話で聞いたところでは、どうやら日中友好のテレビ番組にうってつけの作品になるような感じです。
私としては、きれい事じゃない、むしろドロドロした本音が見える映画を期待していたんですが、彼も滞在する中でいろいろ思うことがあったのか、路線変更するようです。
なにせ日本滞在中に中国領事館を表敬訪問するというのだから、中国政府の公認を狙っているのでしょう。
私は今回、そんな彼に頼まれて制作費や録画用テープ(彼はカードを嫌うので、未だにDVテープで撮っています)などを持っていきます。
なんだかすっかり運び屋です。

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雑誌「男人装」(FHMの中国版)については、このブログでも何度か触れました。
毎回人気女優が露出度の高い服を着て表紙を飾るこの雑誌は、男性誌の中でトップクラスの人気雑誌です。
グラビアを中心としたオールカラーで、高級ブランドの紹介などが多い、いわゆる小資向けのファッション誌。
出版社は時尚伝媒集団で、現在の価格は20元です。

今月の表紙はパリス・ヒルトン
まさか中国に来て撮ったわけではないでしょうが、それでも中国版のオリジナルだそうです。
10年前ならパクリしかありえなかったわけですが(実際、雑誌の表紙には日本のタレントの写真を無断転載しているものが多数ありました)、今では海外セレブを使うだけの力があるのだから、出世したものですね。

さて、別にパリスはどうでもよくて、注目すべきは表紙の左中央にある「危険関係」という見出し。
そこに『算命』とあるのが分かりますか?
こちらに概略がありますが、要はドキュメンタリー映画の監督とその被写体を呼んでインタビューし、更にそれらしい写真を撮ってやろうという企画です。
そこで選ばれたのが『帰途列車』『在一起』『占い師(算命)』の3本。
他の2本は龍標をつけた政府公認映画ですが、『占い師』だけはインディペンデントです。
こんなメジャー・ファッション誌に『占い師』だなんて、と思いますが、どうやら編集者に独立電影好きな人がいて、事前に作品を見ていたそうです。
実は数ヶ月前の「男人装」には『独身男』も取り上げられ、ハオジエが変な格好をして写真に写ってもいました。
独立電影もずいぶん陽の当たるところに出てきたもんです。

で、その中身なのですが、徐童と唐小雁の写真が見開きです。

エラいことになってます。
その次のページも2ページにわたって彼らの紹介が載っています。
唐小雁が東京に行ったことも触れられていました。

唐小雁はこれを古い友人たちに見せつつ、得意げに
「あんたたち、わかる? これがファッション誌よ」「それで、これが私。わかる?」
と話していたとのこと。

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学習  


午後、于広義に電話をしたら、「いつ中国に戻ってきたんだ!」と聞かれました。
ずっと中国にいるんですけど。
「なんだ、先週北京に行ったばかりなんだ。知ってたら探したのに」
何の用があるのかと思ったら、最近日本語を勉強し始めたのだそうです。
若いころ日本語を少しかじったことがあったそうで(彼の父親は満州世代で日本語が話せた)、それを思い出しながらパソコンで独学しているのだとか。
そしておもむろに「かさ」「やま」「いぬ」「ゆき」と、知っている単語を羅列し始めました。
よく覚えたねと褒めると、今度は「あいうえお、かきくけこ…」と五十音の暗証を始め、そして「がぎぐげご、ざじずぜぞ…」と濁音に移り、さらに「ぱぴぷぺぽ」まで続きます。
苦笑しつつも「そう。あってる、あってる」と言ったら、次は「あかさたな、はまやらわ」と横に読み始めるのです。
「おこそとの」とか言われても、もう答えようがありません。

さらに、これはどんな意味だ、あれは何と発音するんだといった質問が次々飛んできます。
随分と熱心なことです。
彼が住んでいる大慶には日本語ができる人が少ないから、一緒に学ぶ人がいないとかで、曰く「お前が暇だったら大慶に呼んで習うのに」。

また何で突然日本語を勉強し始めたのかというと、日本に行くたびにいろんな人から映画の感想を語りかけられるのに、いつも直接会話ができないことを悔しく思っていて、「次に行くときは通訳なしで話ができるようになりたい」のだとか。
そういえば、2年くらい前は映画祭の審査員を頼まれても大丈夫なようにと英語を勉強してたよね?
「いや、英語は難しすぎて諦めた」
そうですか。日本語も簡単ではないけどね。

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中国のKFCがカツカレーを発売しました。
カツカレーはもちろん日本発祥の食べ物なので、もともと中国にはありません。
というか、カレーライス自体、10年くらい前は一般的な食べ物ではありませんでした。
かつてはカレーというとインド風や東南アジア風のものもあったけど、いつからか台湾あたりから入った日本風のカレーがメジャーになってきた気がします。
最近になって大きめなスーパーではカレールーやレトルトカレーを売っているけど、やはり日本のメーカーのが多いですね。

中国のレストラン(日系を除く)で出るカレーは、色がとても黄色くて、スパイスがあまり入ってないような、つまり味があまりしない物が多いです。
日本の子供用カレーを薄めたような感じ。
肉は鶏肉が使われることが多い気がします。

カツとの組み合わせは、日本料理店以外ではまず見ません。
そもそも中国にはトンカツが無いですし。
というわけで、このKFCのメニューは日本風です(HPにもそう書かれています)。
KFCなのにチキンカツではなくて、豚。
この辺にはこだわりなどありません。
もともとピータン粥とか、豆乳とか、なんでもあるのです。
ちなみに中国のKFCがご飯物を扱うようになったのは2010年からです。

さてそのカツカレー、街角や店で出ている広告はこんな感じ
私はあまりファーストフードが好きではないけど、最近ブログのネタにも困っているし、食べてみることにしました。

実際に出てきたカツカレーはこんな感じでした。


日本なら許されないくらい、写真と実物にギャップがあります。
カツはプラスチックのスプーンで簡単に切れてしまいます。
一体どんな肉なんでしょう。
カレーは黒胡椒だけやたら効いていて、他の味はあまりありません。
あと、なぜかご飯はカチカチに乾いた部分が多かったです。
おコゲと言うより、外に出しっぱなしで乾燥した感じ。
これで23元。
私は二度と注文しないと思います。

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