黒い瞳のジプシー生活

少なく見ても苦節6年、ようやく仕事につけた私。心の放浪にも、終止符を打つことができるのか!?

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疑心暗鬼の駿遠

2017-03-12 23:51:25 | 思索系
大河ドラマ「おんな城主 直虎」。このたびの話題は、
奥山朝利の死によって井伊家が分裂しそうになるのを
直虎が何とか食い止めたが、今度は家康の独立によって
駿府に取り残された築山殿の命が危うくなったので
またも直虎が助命活動に奔走する――といった話。
時代は、寿桂尼の孫と思われる鵜殿長照が討ち死にした
時点で1562年3月、直親27歳、家康20歳、今川氏真25歳
である。少なくとも築山殿はここでまだ死なないのだが、
彼女の養父の関口親永は氏真に去就を疑われた結果、
妻とともに切腹を命じられて死んでいる。問題は、
それが1562年のいつの事なのか。ドラマでは関口親永の
妻である南渓和尚の妹もまだ生きていたが、そうすると
彼女の夫の関口親永もまた1562年3月の時点でまだ生きて
いるということになる。

また奥山朝利が亡くなった時期については、虎松(後の
井伊直政)が産まれる二か月前とする説と、二年後の
1563年とする説があるが、このドラマは前者を採用
しているようだ。『この一冊でよくわかる! 女城主・
井伊直虎』によると、奥山氏は婚姻によって井伊家
分家のなかでも最大の実力者となっていたが、そうで
あるがために、井伊家の補佐役として一番でありたい
小野家にとって目障りな存在となっていたからだろう
という。さらに同書では、小野但馬守は今川氏真の
了解を得たうえで奥山朝利を殺害したとまで言い切って
いる。おそらく、そうでもなければ小野但馬守の暗殺は
失敗していたか、成功しても但馬守自身もお咎め無し
では済まされないと思われるからだろう。ドラマの
但馬守も、直盛の死をキッカケにおのれの野心を目覚め
させ、その野心によって奥山氏を殺すのかと思いきや、
あくまでも「良い人」の状態のまま、正当防衛によって
殺したことになっているようだ。そういう路線を守る
つもりであるなら、この後も相次ぐ直虎の親族の不幸を
どのように説明づけるつもりなのであろうか。


直虎の努力も何がしかあったにせよ、個人の力を超えた
ところで大きな時代のうねりが発生していた。今川
義元の横死に乗じて家康が西三河で独立したが、
東三河でもこれに追従する土豪たちが出始めていた。
そして、こうした動揺が遠江にも伝播すると、「正誤の
判別がつかない噂が飛び交い、遠江領内は敵味方の見
極めさえ困難な疑心暗鬼の状態に陥ってしまった」
(ウィキペディアの今川義元の項)。このたびのドラマの
井伊家の時代は実はこうした空気に包まれていたはずで、
それだけにドラマを見ていて奇妙に感じるところも多い。
ドラマで強調されるのはあくまでも小野但馬守と直親の
友情であり、直虎の思いやりであり、親族の絆である。
また、今川家から代々井伊家の目付役を任されてきた
小野家にとって、今川家の屋台骨が揺らいでいることは
とてつもない危機であり、小野但馬守も日々不安でたまら
なかったはずであるが(特に父親が今川家の威を借りて
やりたい放題だったのであればなおさら)、ドラマの彼は
そんなそぶりをお首にも出さず、この点も奇妙に感じる。
まあ、前々回までおとなしかった奥山朝利が唐突に疑心
暗鬼になった背景を当時の不穏な空気感に求めることは
可能となるかもしれないが、それならそれで、前々から
小野家を目の敵にしていた中野直由や井伊直平などは
奥山朝利以上に小野家への猜疑心が強くなり、その結果
奥山朝利よりも先に殺されて然るべきなのに、なぜ彼らは
前回に限っておとなしかったのだろう。

今川氏真は、国衆の離反を恐れて新たな人質を要求したり
離反した家臣の人質を本当に処刑したりしていたようだが、
こうしたやり方はいずれも裏目に出ていたようである
(ウィキペディアの氏真の項による)。考えてもみれば、
国衆側にとっては人質を出したからといってそれを機に
今川家への忠誠心が固まるわけではないし、それだけに
人質を本当に殺されてしまっては頭にくるところだろう。
また、将来を見据えるうえでも、人質はなるべく丁重に
扱った方が、後でどんなふうに役立つかもしれない。
関ヶ原の戦い前、人質政策で戦いを有利に運ぼうとした
石田三成と、恩賞で味方を増やそうとした家康ではないが、
人質政策の類をあまりアテにしすぎることはこの場合
姑息な手段といえ、むしろ例えば主従共通の敵を想定して
団結を図り、その敵に対して戦いを仕掛け、これに勝って
領土を拡大させていくという方向性の方が、離反の問題を
根本的に解決させるには有効だったと考えられる。
思うに、やはり家来に領土拡大の夢を与えることこそ、
家来の心を繋ぎ止めるのに一番有効だったと思われる。
領土拡大のそぶりが無いところ、また疑心暗鬼に陥って
人質政策に頼ろうとするところを思うと、今川氏真はあまり
自分に自信がなかったのではないかと感じられてならない。
そして、彼の家来もそれを見透かしているから次々に
離れていってしまったのではないのだろうか。せめて、
雪斎がまだ存命であったなら――、そう感じられる。


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