渡来宏明「POP MONOLITH」

2017-04-18 20:48:59 | Music Life
シューティングスター/渡来宏明 ポップモノリス(2016)より


渡来宏明の3枚目のソロアルバムは2枚組の大作であり、それには「POP MONOLITH」というタイトルがつけられた。

「モノリス」とはギリシャ語のモノスとリトスが結合した言葉で、直訳すれば「唯一の石」といったような意味になる。何もない砂漠のようなところにただ一つ屹立する孤高で巨大な石というようなもので、自然界にも存在するものであるが、多くの人々にとって「モノリス」といえば、アーサー・C・クラークが原作でスタンリー・キューブリックが映画化した「2001年宇宙の旅」に出現する漆黒の石板のような謎の物体を思い浮かべるだろうし、渡来宏明本人もそのようにイメージしていることは、本人の手になるジャケットを見れば明らかであろう。

渡来宏明は今回のアルバムでは前作「How to Rock」以上にバラエティに富んだ楽曲群を揃えていて、このことはザ・ビートルズの2枚組のアルバム、通称「ホワイト・アルバム」が意識されていることは言うまでもないが、さすがに4対1、オノ・ヨーコも加えれば5対1となる戦いには渡来宏明といえどもさすがに及ばずといったところである。しかしその戦いに勝利することがこのアルバムの一番の目的ではなく、「2001年宇宙の旅」のモノリスがそうであったように、それに触れた者に知恵を与え、生き方を変えること、もしくはありとあらゆるポップ・ミュージックの歴史の流れや様々な手法が蓄積されたアルバムを作ろうとしたのである。これはモノリスに知恵を授かった猿とも違い、ピラミッドのような偉大な過去の遺産を作り出した孤独な王様とも違い、音楽そのものが衰退している時代において、ポップ・ミュージックのあらゆる要素を遺伝子レベルに刻み込んだスター・チャイルドの出現に賭けているわけだ。

かつて詩人のマラルメは「世界は一冊の書物に至るために作られている」と言い、「究極の書物」を夢想した。同時にそのような「究極の書物」を書くことの不可能性を逆手に取り、未完であり、挫折に満ちた詩作を続けるというアイロニカルな態度を保った。

翻ってポップ・ミュージックの歴史を眺めてみれば、ザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが挑み、1967年にリリースされるはずだったが挫折を余儀なくされた未完の「スマイル」というアルバムが、それゆえに「究極のポップ・ミュージック」として神聖視され、「もし完成していたらポップ・ミュージックの歴史は変わっていたに違いない」と長い間考えられてきたのである。これもまた一つのロマンティック・アイロニーであろう。

―古きものを打砕き
砕け散った破片を集めてつぎはぎの家を作る、
これなら人間にも出来ぬことはない。
籠や手桶をぶらさげて、石の上に石を積み、
滴に滴を加えていって、
それを人間は芸術と言い学問と呼んでいる。
神は無から創造する、だが俺たちは廃墟から創造する。
俺たちがなんであるか、俺たちに何が出来るかを知る前に、
俺たちはまずわが身を打砕かなくてはならないのだ。
―恐るべき運命よな。―がそれも止むを得ぬ。

(クリスティアン・ディートリッヒ・グラッベ「ドン・ジュアンとファウスト」)

未完の「スマイル」は、これまでにもビーチ・ボーイズマニアによって残された断片が編集され、数多くの「マイ・スマイル」が生み出されてきた。それが2004年にブライアン・ウィルソンのソロ名義で「スマイル」が「完成」されたとき、それさえも数多くの「マイ・スマイル」のヴァリエーションの一つでしかないようなものに思えたし、その「完成」によってポップ・ミュージックの歴史を変えることはできなかったのである。

それでは渡来宏明の「POP MONOLITH」はどうか。少なくとも彼はここにおいてアイロニカルな態度とは縁を切っている。これを聴いてポップ・ミュージックのあらゆる秘密を知り得た者はさらに新しいポップ・ミュージックをつくるだろう。しかし、ここから何も聴き取ることができなかった者は音楽的な実践をいつか諦めてしまうだろう。

衰退しているがゆえに、かえってどこにでもあふれかえっている現在の「音楽」が互いを写しながら虚ろに空間を漂っているその動きに耳を奪われていると、漆黒のモノリスは気づかれないままかもしれない(このジャケットのイラストはそのような現在を示唆しているように見えないか)。その存在に気づける者だけが新しいポップ・ミュージックの世界を切り開き、そのときにこそ音楽は以前持っていた力を取り戻すだろう。その時が来るまで「POP MONOLITH」はただ屹立し続ける。
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