ネットでは「派遣村」に対する批判、またそれに対する批判という議論が盛り上がっています。
ただ、どの議論も今回の問題の真因について議論しているとは思えません。
自己責任論とそれに対する批判という不毛な議論を繰り返しているとしか思えません。
自己責任論については、私も全てが自己責任で片付けられる問題とは考えていません。
年齢制限やその時の状況で派遣などの非正規雇用しか選択肢が無かったというケースが多いと思います。
ただし、非正規雇用は契約期間が満了すれば契約は終了するという前提の雇用です。
したがって、常に「職を失う」というリスクはつきまとう働き方ではないでしょうか。
職を失った非正規従業者は、このリスクについてどう認識していたのでしょうか。
職を失って住居を失い、所持金もゼロに近いというケースが目立ちますが、
このケースはリスクヘッジが出来ていない、厳しい事を言えば自己管理が全く出来ていないのです。
低賃金で働かされ搾取されたということをおっしゃる方もいると思いますが、
企業が提供する寮で生活していれば、ある程度は預金が出来るだけの給与ではないでしょうか。
しかも、1年前は自動車産業では増産に次ぐ増産で残業代もついていたのですから。
こういった意味では「自己責任だ」という意見に対し、反論は出来ないのではないでしょうか。
また一部の方は敢えて高リスクな派遣労働を選んだのですから、これも当然自己責任でしょう。
「正社員は社畜だ」「会社にしばられるなんて」と言っておきながら、
切り捨てられたら自分たちが最大の被害者だと泣き言をいう方も中にはいます。
これこそ、自分で選んだ人生なんだからと言いたくなります。
そもそも、企業にとっては派遣社員の存在もリスクであるのです。
事務系では「気に入らないから1日で辞めた」という話もよく耳にしますし、
企業側も契約更新の際に「辞める」と言われないか戦々恐々していることもあるのです。
辞められたら、後任探しや場合によっては新人の教育、業務引継という余分な工数もかかります。
これは工数的には莫大な損失になりますので。
ただ、これらはあくまで個人的な問題であり、社会的な問題の解決にはつながりません。
では、今回の「派遣切り」という社会問題の真因はどこにあるのでしょうか。
今回、職を失っているのは製造業の生産ラインに従事していた非正規従業者です。
自動車産業に限らず、世界的な急速な需要減退に伴う生産減が直接的な原因です。
では、生産減で何故彼らが切られたのでしょうか。
これは企業側にとって、生産変動に伴う人的リソースの調整弁という認識だからです。
すなわち、生産増の局面ではどんどん増やし、生産減では減らすということ。
だから、1年前は各企業も相当数の要員を募集をかけていました。これは生産増に即時対応するため。
では、彼らは何故「調整弁」なんでしょうか。
それは正規雇用じゃないからです。
非正規雇用は前にも述べましたが、雇用契約を解除するためのハードルが低いのです。
だから、簡単に辞めてもらうことが出来るのです。
では、何故製造業でこういった非正規雇用が増えたのか。
これは労働者派遣法の改正により、製造業に派遣労働が解禁されたからです。
企業側の「低賃金で流動的に確保できる人的リソース」のニーズの高まりがあったからです。
収益を確保するという企業活動のためには、リソースを流動的に投入というのは必要なことです。
「ヒト・モノ・カネ」を最適な場所へ最適なタイミングで最適な量を投入することが必要です。
「ヒト」も経営資源の一つですので、これは企業論理からすれば当然のこと。
ただ、法改正の際に欠けていたのは、非正規雇用のリスクという側面への議論です。
単に規制緩和で製造業へ派遣労働を解禁した、それだけに終わったことのつけが今回の問題なのです。
具体的には「セーフティネット」というリスクヘッジの議論が欠落していたことです。
職を失っても、住居と次の職を容易に確保出来る仕組みがあること。
(これにより、住居などの「文化的な最低限な生活」は可能)
そして、非正規雇用であったとしても経験によりキャリアアップが可能な仕組みであること。
(これにより、雇用というハードルを乗り越える困難さが少しは軽減される)
これがあれば、「派遣切り」問題がこれほどまで大きな社会問題にならなかったと思います。
具体的にどうすればいいか、私もこの場で提言していきたいと思いますが、
「派遣村」の政治活動もここまで踏み込んだ提言を行っているのでしょうか。
「派遣切り」した大企業を「悪」として糾弾する従来の共産党の主張が垣間見えます。
社会インフラとしてのセーフティネットをどうするか、これを構築するにはどうするか、
今すぐにでも与野党の垣根を取り払って検討し、実行すべきと思うのですが。
どうも「派遣切り」や「派遣村」も政争の具として利用されているような気がしてなりません。
【関連記事】
・「派遣切り」支援考察
・「派遣切り」支援考察(2)
・「派遣切り」支援考察(3)
ただ、どの議論も今回の問題の真因について議論しているとは思えません。
自己責任論とそれに対する批判という不毛な議論を繰り返しているとしか思えません。
自己責任論については、私も全てが自己責任で片付けられる問題とは考えていません。
年齢制限やその時の状況で派遣などの非正規雇用しか選択肢が無かったというケースが多いと思います。
ただし、非正規雇用は契約期間が満了すれば契約は終了するという前提の雇用です。
したがって、常に「職を失う」というリスクはつきまとう働き方ではないでしょうか。
職を失った非正規従業者は、このリスクについてどう認識していたのでしょうか。
職を失って住居を失い、所持金もゼロに近いというケースが目立ちますが、
このケースはリスクヘッジが出来ていない、厳しい事を言えば自己管理が全く出来ていないのです。
低賃金で働かされ搾取されたということをおっしゃる方もいると思いますが、
企業が提供する寮で生活していれば、ある程度は預金が出来るだけの給与ではないでしょうか。
しかも、1年前は自動車産業では増産に次ぐ増産で残業代もついていたのですから。
こういった意味では「自己責任だ」という意見に対し、反論は出来ないのではないでしょうか。
また一部の方は敢えて高リスクな派遣労働を選んだのですから、これも当然自己責任でしょう。
「正社員は社畜だ」「会社にしばられるなんて」と言っておきながら、
切り捨てられたら自分たちが最大の被害者だと泣き言をいう方も中にはいます。
これこそ、自分で選んだ人生なんだからと言いたくなります。
そもそも、企業にとっては派遣社員の存在もリスクであるのです。
事務系では「気に入らないから1日で辞めた」という話もよく耳にしますし、
企業側も契約更新の際に「辞める」と言われないか戦々恐々していることもあるのです。
辞められたら、後任探しや場合によっては新人の教育、業務引継という余分な工数もかかります。
これは工数的には莫大な損失になりますので。
ただ、これらはあくまで個人的な問題であり、社会的な問題の解決にはつながりません。
では、今回の「派遣切り」という社会問題の真因はどこにあるのでしょうか。
今回、職を失っているのは製造業の生産ラインに従事していた非正規従業者です。
自動車産業に限らず、世界的な急速な需要減退に伴う生産減が直接的な原因です。
では、生産減で何故彼らが切られたのでしょうか。
これは企業側にとって、生産変動に伴う人的リソースの調整弁という認識だからです。
すなわち、生産増の局面ではどんどん増やし、生産減では減らすということ。
だから、1年前は各企業も相当数の要員を募集をかけていました。これは生産増に即時対応するため。
では、彼らは何故「調整弁」なんでしょうか。
それは正規雇用じゃないからです。
非正規雇用は前にも述べましたが、雇用契約を解除するためのハードルが低いのです。
だから、簡単に辞めてもらうことが出来るのです。
では、何故製造業でこういった非正規雇用が増えたのか。
これは労働者派遣法の改正により、製造業に派遣労働が解禁されたからです。
企業側の「低賃金で流動的に確保できる人的リソース」のニーズの高まりがあったからです。
収益を確保するという企業活動のためには、リソースを流動的に投入というのは必要なことです。
「ヒト・モノ・カネ」を最適な場所へ最適なタイミングで最適な量を投入することが必要です。
「ヒト」も経営資源の一つですので、これは企業論理からすれば当然のこと。
ただ、法改正の際に欠けていたのは、非正規雇用のリスクという側面への議論です。
単に規制緩和で製造業へ派遣労働を解禁した、それだけに終わったことのつけが今回の問題なのです。
具体的には「セーフティネット」というリスクヘッジの議論が欠落していたことです。
職を失っても、住居と次の職を容易に確保出来る仕組みがあること。
(これにより、住居などの「文化的な最低限な生活」は可能)
そして、非正規雇用であったとしても経験によりキャリアアップが可能な仕組みであること。
(これにより、雇用というハードルを乗り越える困難さが少しは軽減される)
これがあれば、「派遣切り」問題がこれほどまで大きな社会問題にならなかったと思います。
具体的にどうすればいいか、私もこの場で提言していきたいと思いますが、
「派遣村」の政治活動もここまで踏み込んだ提言を行っているのでしょうか。
「派遣切り」した大企業を「悪」として糾弾する従来の共産党の主張が垣間見えます。
社会インフラとしてのセーフティネットをどうするか、これを構築するにはどうするか、
今すぐにでも与野党の垣根を取り払って検討し、実行すべきと思うのですが。
どうも「派遣切り」や「派遣村」も政争の具として利用されているような気がしてなりません。
【関連記事】
・「派遣切り」支援考察
・「派遣切り」支援考察(2)
・「派遣切り」支援考察(3)









