団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

災害時の神社の役割と地域との絆

2017年03月14日 | 神道

  神社が災害の時に思わぬ役割をするという目から鱗の話を、実際に東北自身を経験した神社の娘さんが語ってくれています。
  なるほど、これは素晴らしいですね。ねずさんが、神社は集会所だったと教えてくれいたことを思いだします。
  その集会所だった神社の役割を奪ったのが、これもGHQが仕組んだ公民館だという話をネットで読んだことがありました。
  この避難所の役割を奪う狙いもあったのかも知れないですね。

【防 災・危機管理塾 #45】災害時の神社の役割と地域との絆-荒木奏子氏に聞く[桜H29/3/2]



  公民館がGHQの政策だったという動画がありました。子供のころから、集会や映画など何かと言えば公民館でと言われて育ったので、まさかここもGHQの企みとは全く思いもしませんでした。

公 民館はGHQの占領政策、今も続く日本の占領状態


  偶然でしょうか、ねずさんが昔の神社の担っていた役割を詳しく書いてくれています。

  ねずさんと学ぶシラス国の物語よ り   2017年03月04日

  神社が担った共同体

  古代の日本というのは、実によくできていて、まず中央に天皇がおわします。
その天皇は国家最高の権威であって、政治を司る役目は、太政官が行うとされていました。
太政官が置かれる前は、左右の大臣がいて、権力の一元化が防がれていたりもしています。

  ところがこの左右大臣の上に太政官ができてからも、権力の一元化は実は防がれていました。
というのは、太政官が行うのは、政治上の意思決定です。
ということは、意思決定されたことは、何らかの形で全国に示達されなければなりません。
そして示達された政治的意思決定は、それが実行されなければなりません。

 実はこの示達の役割を果たしていたのが、大昔は全国の神社でした。
まだ仏教が伝来する前のお話です。

 その神社には宮司と呼ばれる神官がいますが、神官は神官としての教育を受けなければなりません。
その教育は、いま全国の一宮とされている神社や、大社とされている神社が受け持っていました。

 そして村々にある各神社では、田植えの際の苗の配布と、米の備蓄が行われていました。
米の備蓄は、いまでも「奉納米」という形でその伝統が残っていますが、日本は災害が多い国ですので、万一の時に備えて、村人たち 全員が数ヶ月以上(つまり被災地が災害復興され、次の稲作の収穫が安全に行われるまでの期間、通常これは二年とされた)、食いは ぐれないように、神社が米の備蓄を行いました。

 ですから、古い由緒ある神社は、どこも災害に遭いにくい立地にあります。
それは平地であっても、小高くした塚森に築かれ、水害に逢いにくい場所であり、また、周囲は必ず立木が植えられて、それが破風林 の役割を担っていました。
つまり台風のような大風が吹いても大丈夫なようにしてあったわけです。
また、地震でも倒壊しないように、石組みの上に社(やしろ)が建てられ、その社は通風性が確保された建築仕様になっていて、しか もネズミなどの被害を防ぐための高床式になっています。…以下略

  


  GHQは、本当に徹底的に日本を壊す気だったようですね。それを未だに引き摺っている日本人も、やはりおかしいですね。と言うか、歴史を消されている恐ろしさです。完全に消えてしまう前に取り返さないと日本が消滅しそうです。

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