
今日は、友人のブログに“外車”の話題が載ったので、これ幸いと“車”の話!
車の月刊誌に「CG」(Car Graphic)という雑誌があります。
もう歴史がある、今では高級な装丁のマニアックな車情報誌です。
この雑誌、東京でアルファ・ロメオのガレージARD(Alfa Romeo Racing
Development)を起した知人が学生時代から愛読していた雑誌で、
友人宅へ遊びに行くたびについつい面白くて読み耽っていました。
いまでこそ、“徳大寺 ○○”氏の「間違いだらけの・・選び」
などの著書で、車への辛口批評は当然ですが、当時のメーカー
べったり体質の、自動車誌出版界では異色で、しかも出色の
出版物でした。編集長の名が小林彰太郎という、「少年探偵団」団長の
名前だったのもインパクトが強かった覚えがあります。
その巻頭にいつもコラムが載っていて、モータージャーナリスト兼レーシング
ドライバーの“ポール・フレール”氏や編集長の辛口、(ホントはごく
当たり前の納得させられる)批評が新鮮でした。そんな中、三本和彦氏
はボクの人生の中では、最も影響を与えられたジャーナリストの一人
かも知れません。
氏の批評は辛口すぎて、時に業界のみならず、様々なセンセーションを
巻き起こしてはいましたが、“眼から鱗”のショックを毎回与えられました。
自動車誌というカテゴリーを越えて、ボクには人生を教えてくれた、
と言っても過言ではないような影響でした。それは、批判することの
姿勢と意味を悟らせてくれたから。
メーカーの勝手な自己満足的モデルチェンジや、交通行政のあまりにも
理不尽な交通取締りなどを、毎回バッサリ切りつける文章に
憧れたものでした。その物の見方は、今の自分の姿勢の底に流れている
様な気がしています。「たかが車、されど車」・・・
考え方、物の見方には共通したものがあるんですねぇ。
いまだにこの雑誌は人気が高く、相変わらずマニアックなファンを
読者に抱えているようですが、車の国際化と水準のアップで、
当時の輝きは小生には感じられなくなりました。それでも
こうして、車の話題が上るたびに、懐かしいDOHCのエンジン音や
ナルディのステアリングから伝わるミシュランのロードノイズ、
そして硬めのレカロのシートが包んでくれる、微妙な緊張感と
共にあの誌面を思い出します。
画像:NARDI ステアリング
車の月刊誌に「CG」(Car Graphic)という雑誌があります。
もう歴史がある、今では高級な装丁のマニアックな車情報誌です。
この雑誌、東京でアルファ・ロメオのガレージARD(Alfa Romeo Racing
Development)を起した知人が学生時代から愛読していた雑誌で、
友人宅へ遊びに行くたびについつい面白くて読み耽っていました。
いまでこそ、“徳大寺 ○○”氏の「間違いだらけの・・選び」
などの著書で、車への辛口批評は当然ですが、当時のメーカー
べったり体質の、自動車誌出版界では異色で、しかも出色の
出版物でした。編集長の名が小林彰太郎という、「少年探偵団」団長の
名前だったのもインパクトが強かった覚えがあります。
その巻頭にいつもコラムが載っていて、モータージャーナリスト兼レーシング
ドライバーの“ポール・フレール”氏や編集長の辛口、(ホントはごく
当たり前の納得させられる)批評が新鮮でした。そんな中、三本和彦氏
はボクの人生の中では、最も影響を与えられたジャーナリストの一人
かも知れません。
氏の批評は辛口すぎて、時に業界のみならず、様々なセンセーションを
巻き起こしてはいましたが、“眼から鱗”のショックを毎回与えられました。
自動車誌というカテゴリーを越えて、ボクには人生を教えてくれた、
と言っても過言ではないような影響でした。それは、批判することの
姿勢と意味を悟らせてくれたから。
メーカーの勝手な自己満足的モデルチェンジや、交通行政のあまりにも
理不尽な交通取締りなどを、毎回バッサリ切りつける文章に
憧れたものでした。その物の見方は、今の自分の姿勢の底に流れている
様な気がしています。「たかが車、されど車」・・・
考え方、物の見方には共通したものがあるんですねぇ。
いまだにこの雑誌は人気が高く、相変わらずマニアックなファンを
読者に抱えているようですが、車の国際化と水準のアップで、
当時の輝きは小生には感じられなくなりました。それでも
こうして、車の話題が上るたびに、懐かしいDOHCのエンジン音や
ナルディのステアリングから伝わるミシュランのロードノイズ、
そして硬めのレカロのシートが包んでくれる、微妙な緊張感と
共にあの誌面を思い出します。
画像:NARDI ステアリング









