DAN−DAN−365

どうでもいいんだったら
投げ出してもいいんだけど
どうにかしたいから
一度くらい切り開いてもしょうがないだろ

4年間の軌跡 〜コント漫才編〜

2010-02-15 16:19:06 | Weblog
今週末は卒業発表、来週末は実験報告会。
殺す気か、団十郎です。

ついさっき卒業発表練習が終わりました。
今日はもう実験無いので、コアタイム終了まで時間をつぶそうと思います。

団の4年間

〜コント漫才編〜

―ホワイトボード――――――――――――――――

やる気満々な自分と、適当でいいやん?な相方で結成されたコンビ。
コンビ名の由来は初めてネタあわせしたときに、目の前にホワイトボードがあったので
「はいどーも!ホワイトボードです!」と名乗ったのが始まり。


2006年でびう寄席「漫才/キャンプ」

漫才と言うカテゴリーにいれていいのかどうかも怪しい、初漫才。
基本的にネタの精度とかより、ぱぴこのキャラクターに救われた。
漫才ばっかりテレビで観て来た自分と、コントと漫才の区別もつかなかった相方の試行錯誤が入り混じった、いい思い出です。


2006年九大祭コントライブ「ショートコント」

始めはコントを書いてみたが、当時1回生のあまりに完成度の低い内容(団十郎作)だったため断念。ショートコントに挑戦することに。
しかし考えてみると意外と浮かばない。
同じようなパターンでは浮かぶけど、バリエーションをつけるのに苦労した。
このあたりで相方の発想のぶっとびっぷりを知る。
「アルプスの少女ハイジ」と「風の谷のナウシカ」はやってて最高に楽しいネタでした。


2007年九大祭コントライブ「漫才/犬」

今回はぱぴこの発想力に全てをかけてみようという自分の考えから色んなネタが出来上がった。
最初に出来たネタはとにかく「うんこ」を連呼するネタ。
一番最初の練習会で「幼稚」との意見をいただき、却下。
続いてできたネタが「トイレカー」これは結構よかったと思うんだけど、なんで却下になったんだっけ?忘れた。
で、結局落ち着いたのが「犬」を訓練する、という漫才。
今までで一番、ナンバー2さんを笑わせたネタだと思う。
本番観に来てた友人にもらった一言は「酒が入ってたのに笑えんかった」
楽しかったからそれでいいんじゃ。


―陽々軒――――――――――――――――

九大落研41期生の遅れてきた大喜利王と、誰よりも先に来たすべりストで結成されたコンビ。
コンビ名は相方の思いつき。
デビューは漫才だったが、最終的にはキ×ガイコントに落ち着いた。


2006年九大祭「漫才/刑事」

立てこもり犯を説得する刑事の漫才。
今思えば、割とベタなシチュエーションにベタなボケ、ベタなかぶせで構成されていたと思う。
練習会での評判は割とよかったが、如何せんツカミを飛ばしてしまったせいですべりまくった。
この漫才で自分はかなり大きく成長できたと思う。


2007年新歓コントライブ「コント/ナマステ仮面」

このコンビの中では最高傑作だと思っている。
このネタを書き上げるために、箱部にまる2泊した。
キャラクターにそってネタを書き上げるという簡単なことがまだできなかった時代。
相方の言葉選びが秀逸であることを再認識した。


2008年新歓コントライブ「コント/医者」

このあたりからキチ×イコントになってきた。
相方のアイディアをもとに自分が台本を書いた。
最後の商品で包丁が出てきた途端、気が狂ったように暴れだす医者。
その模様に、本番、お客は若干引いていた。


2009年新歓コントライブ「コント/隣人」

「戦う宮沢賢治」というテーマだけを与えられ、そんなネタを作ることができるはずもなく、思い付いたネタを形にすることに。
困ったときは大声を出しておけばいい、それを体現したようなネタ。
つくりは割としっかりしてたと思うんだけどなー


―ジブラゼブラ――――――――――――――――

「コントやらない?」「あー、別にいいよー」そんな、軽いノリで結成したコンビ。
コンビ名の由来は、黄団→おうだん→横断歩道→しましま→ゼブラ→ジブラゼブラ
このコンビでは本当に自分の好み丸出しのコントをやらせてもらった。
基本自分が台本を書いて、相方がチェックする、という形で安定。
実はコント漫才で一番慰問に言った回数が多い。


2007年新歓コントライブ「コント/レストラン」

漠然とこういうことをやりたい、という意識だけがあり、表現が追いついていなかった。
途中漫才にシフトしたり、散々試行錯誤して、リハーサルの日になんとか形になった。
ボケ、ツッコミなしのコント、というコンセプトが根付いた。
本番はどうなるかかなり心配していたけど、十分笑いがとれた。


2007年九大祭コントライブ「コント/マツカッカダイラッポ」

はじめ、ネタの方向性が完成したとき、「俺天才じゃね?」とか勘違いしていた。
すぐ、「それアンジャッシュやん」「バナナマンがやったほうが面白い」とかダメだしを食らった。
今は、誰かコンビの影響を受けることが悪いとは全く思っていないけど、当時はショックだった。
しかも、全く同じコンセプトの物語が「世にも奇妙な物語」にあることが判明。
…まあ、本番はウケたのでよしとしよう。
このコントで、伏線の張り方を学び、その面白さを知った。


2008年九大祭コントライブ「コント/急性ツッコミ不全症候群」

自分の中ではジブラゼブラ最高傑作。
タイトルだけ先に思いつき、あとはイメージを膨らませて作った。
伏線、かぶせを多用したネタ。

このコントを書き上げる前に「音」というコントを書いていた。
自分は大好きだったけど好みがすごく分かれるネタだった。
当時の自分はチキンだったので「急性ツッコミ不全症候群」に変えた。

M-1の関係でリハの日ネタ見せすることなく本番に臨んだ。
出だしで不穏な空気を作って後で回収する構成だったので、楽屋はひやひやしていたとか。


とりあえずここまで。
次回、〜コント漫才編(後輩の部)〜へ続く。
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4年間の軌跡

2010-02-04 11:01:26 | Weblog
OBになりました、団十郎です。

4年間、楽しかったです。
本当にやりたいことを思い切りやれた気がします。

改めて数えてみたらやってきたコント漫才・落語の題数、全部で39題。
どんだけ出たがりなんだ、俺。

今研究室ですが、卒業発表の練習が終わりひと段落したので振り返ってみたいと思います。
長くなったら誰も読まないだろうけど、まあ思い出を記録するためってことで。
あとは自己満足。

団の4年間 

〜落語編〜

2007年新春寄席「犬の目」

でびう寄席、2006年九大祭とコント漫才に徹したので新春寄席で初落語。
入部からずっと団十郎は面白くない、って言われてきたので見返すために全力でやった。
結果、初落語でツッコミになれて心の中で小躍り。
仲主任のさしみ(一目上がり)には敵わなかったけど、なんか頑張りが認められた感があってすごく嬉しかったのを覚えてる。


2007年納涼寄席「転失気」

初落語ですっかり味をしめ、続いて選んだのがこの噺。
アンジャッシュが大好きだったので、最後の勘違いのくだりが好きだった。
犬の目と比べ、ギャグ的要素が少なく、「仕込み」の難しさに苦労した。
結果、前座。本番もだいぶ滑った。そして、枕の大切さを知った。


2007年九大祭寄席「四人癖」

実は一番好きな噺だったりする。
コント漫才3題+落語、という2回生にしては暴挙とも呼べる挑戦。
噺の提出で『のめる(二人癖)でいいじゃん!』と散々言われたが強行。
あまり見返してないけど、かなりあざとい出来になってたと思う。
反省会で百春さんに『この日一番すべってた』と言われた。
でも慰問では子供ウケするいい噺です。


2008年新春寄席「干物箱」

ぺこさんに「まんだら使う噺で面白いの何かありますか?」と聞いて教えてもらった噺。
内容を知って速攻惚れた。まさかものまねの噺とは。
ここまでツッコミ以上になれたことがなく、上回に相談したところ『落語はうまいけど爆発力がない』と言われた。
そこで善公が一人妄想するところをとことん気持ち悪くやってみた。
結果、初の仲主任。本番には「干物屋団十郎」となって高座に上がった。


2008年納涼寄席「胴斬り」

そう言えば、入部したばかりのとき、与一の家で落語のDVD観たっけな。
あ!絵馬さんの「胴斬り」めちゃめちゃ面白かったなー!よし、やろう!
というわけで、上方落語を無理矢理江戸落語に直した。
上方特有のテンポのよさは再現できなかったけど、結果は仲主任。
慰問でよくやった。この噺で長崎のとある少年の人生を変えた(大袈裟)のはまた別の話。


2008年千秋寄席「ちりとてちん」

もっと落語やりてえ!夏休みヒマあるし自分でやってしまえ!
そんな思いで立ち上げた千秋寄席。別名暇つぶし寄席。やり放題寄席。
出演者を募集して、佳窓や凡蔵、米粒、OBさんから希望が出るのは想定してたけど、ないぞう、こまる、団子、参泥から連絡があったのはすごく嬉しかったなー…
そんなわけで、自分は話題づくりのために「ちりとてちん」
大暴れした。雑ではあるけど、ここでようやく落語の何かが見えた気がした。
ちなみに、その何かが何なのかは未だによく分かっていない。


2008年九大祭寄席「粗忽長屋」

噺の提出で、「堀の内」か「粗忽長屋」、と挙げておいたとき鹿男さんが「堀の内やな…」とおっしゃったので、意地でこっちの噺に。
粗忽者っていうのは魅力的なキャラクターのひとつなので是非やっておきたかった。
それに、「粗忽長屋」って噺も大好きだった。

…が、これがもう大失敗。
粗忽者を演じきれず…練習すればするほど粗忽でなくなる悪循環。
コント漫才3つに集団コントをやっていて十分に研究が出来ず…
悔いが残る噺、第2位。


2009年新春寄席「十徳」

そしてこれが悔いが残る噺、第1位。
もうね、九大祭のときに聞いて、言葉遊びの面白さに感服。
自分なりに色々アレンジもして、付け焼刃特有の前半の退屈さを克服。
出番決めも、かなり満足いく出来で、結果大主任。

しかし…
本番、緊張も緊張、ド緊張。
当時の4回生さんを差し置いて3回生の自分が大主任など…
しかも鹿男さんの「大工調べ」拍手きとる!
乱丸さんの「井戸の茶碗」も阿弥乃さんの「死ぬなら今」もめっちゃウケとる…
そんな状態で落ち着いて普段どおりの落語ができるか!?…無理でした。
楽屋で一生懸命「緊張してない、緊張してない」と言い聞かせましたがとてもとても。
結果、ガチガチ。ちくしょう。


2009年納涼寄席「もう半分」

さ、納涼だし、怪談でもやっとくかー!そんなのりで選んだこの噺。
出番決めで佳窓の「粗忽の釘」を観て、これはやばいかも知れん、と焦り、急遽帰りのコンビニで日本酒を買い、酒を飲む練習をしたのを覚えてる。
努力も実って、結果大主任。笑い噺と怪談噺じゃ比べにくいのもあるわな。
そして本番。笑いをとらなくてもいい噺はプレッシャーが全然ない!
口上はちょい緊張したけど。
OBさんになぜこの噺なのかと言われた気がするが、忘れた。


2009年千秋寄席「悋気の火の玉」

なんでこの噺にしたかって?
納涼の噺の提出のとき挙げてみたら「観たい」と言ってくれた人がいたからだよ。
4回生にして初の地噺、色々と苦労した。
この時点で「女は怖い生き物」という思想の片鱗が見えていた気がする。
しかし、この思想が後に重要な役割を果すのである。


2009年九大祭寄席「二階ぞめき」

コント漫才4題に加え、集団コントをやっている中でこの落語。
今思えば完全に無茶。演技しすぎる自分には合わな過ぎる噺だった。
肝心の一人芝居のところが一人に見えない…面白さ大幅ダウン。
前半の笑いの無さも克服できないまま本番へ。
まー、滑った滑った。
コント漫才がうまくいく中、落語は惨敗でした。
九大祭寄席は基本滑るというジンクスが生まれた。


2010年新春寄席「三枚起請」

さあ大学4年間のしめくくりだ、何の噺にしよう。
大学4年間で学んだこと…学んだこと…そうだ!女は怖い生き物、これだ!
と、いうわけで女性がらみの落語を聞いて一番面白いと思ったこの噺に決定。
本当は「二階の間男」も考えたんだけど、なんか…最後の落語がこれって…と思い却下。
でかい噺だし、かなり難しかったけど楽しかった。
結果、初日主任。くっそー、大主任とりたかった…


とまあ、ずらーっと書き並べてみましたが落語は全部で12題。
今やれといわれたら通せないのが大半でしょう。
思い返してみたら、どの噺にも思い出があるもんだ。

団の4年間 〜落語編〜 完
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きゅうーだいさい

2008-11-24 03:27:15 | Weblog
こんばんはー
団十郎だよ
疲れたけど楽しい寄席でした
お酒おいしかった
新春も頑張る
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千秋寄席 出番

2008-08-31 22:16:49 | Weblog
千秋寄席

日時 9月7日
開場 12時30分〜
開演 13時00分〜

場所 唐人町商店街甘棠館show劇場
   (地下鉄唐人町駅を降りてすぐ)

木戸銭無料・出入り自由

  一部

漫才 / ちえのわ
  口上
だくだく / 六松亭凡蔵
つる / 六松亭乱丸
  仲入り
寿限無 / 六松亭佳窓
代書屋 / 六松亭米粒
踊るファックス / 六松亭十蔵

  二部

動物園 / 六松亭こまる
  口上
コント / 六松亭ないぞう
質屋蔵 / 六松亭参泥
ちりとてちん / 六松亭団十郎
  仲入り
松山鏡 / 六松亭団子
与太次郎 / 六松亭鹿男
ふたなり / 六松亭千秋
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千秋寄席

2008-08-25 09:40:39 | Weblog
千秋寄席(せんしゅうよせ)

日時 

9月7日

開場 12時30分〜
開演 13時00分〜

場所 

唐人町商店街甘棠館show劇場
(地下鉄唐人町駅を降りてすぐ)

木戸銭無料・出入り自由

演題 

寿限無
ちりとてちん
松山鏡    他
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