お気楽Diary

高校3年間応援団だった「応援団バカ」の日記。スポーツ観戦や将棋等の趣味の他、日常感じる事を、「ゆるゆる」綴ります。

「十三」…。

2016-07-03 22:40:00 | 埼玉県六校応援団連盟関係
今日は、7月 3日。
早いもので、2016年も半分を過ぎて「後半戦」に突入した。

早くも梅雨が明けた沖縄と北海道以外は、ぐずつく天気が続くこの時期。
しかし、2016年の今日は、一気に真夏の様な陽気になった。三重県尾鷲市では、39℃に届くかのような酷暑だったとか。東京都心でも、35℃を超える猛暑日だったそうだ。

一つ前の記事で告知したように、趣味の1つである、女性ポートレート被写体様の写真撮影「も」、コンテスト応募作品を、審査員の先生方に「選」に選んでいたという大変名誉な出来事があったので、更に精進すべく、真剣に、真摯に、謙虚に、そして一生懸命頑張っている関係で、本当は、母校の文化祭で開催される、現役諸君の、とりわけ3年生幹部にとっては「花道」にもなる、今年で56回目となった「臙脂の集い」の告知もしないといけない立場にありながら、両立が疎かになってしまった事は、不徳の致すところで、ご容赦頂きたい。

その「第56回 臙脂の集い」。

スマホで撮った写真で、大変画質が悪くて恐縮だが(こっちも真面目に撮れ!…という声も聞こえそうだが、それとこれとは、ちょっと別でして…)、団旗入場のシーンを2カット紹介しておく。





今年は、新たな試みで、「二部構成」となり、とりわけ二部では、野球応援の臨場感をお届けするような構成となって、臨場感を演出する格好になっていたが、私が現役当時では思いつかないアイデアを発揮して、とっても良かったと思っている。
そんな、後輩諸君の「晴れ姿」をご覧になるために、蒸し暑い最中、多くのお客様に御来場頂き、そのお客様の熱気に包まれながら幕を閉じることができた。
お客様御一人御一人に、感謝している次第。
(部活動は違うけど、毎年来てくれる「親友」と言える同期が、今年も来てくれて、嬉しかった。)

私自身も、このステージに対する思いは、実は相当複雑なのだが、現役諸君を精一杯盛り上げたつもりである。

2016 春日部高校応援指導部 第56回 「臙脂の集い」 Full Version


これ、YouTubeにアップされた、初めから終わりまでのおよそ90分間の「通しの動画」である。
今年は私にとっても「サプライズ」があって、なんと、野球部の主将が、私の出身中学校の後輩に当たるのだ。
拝見すると判るが、それなりに通る声で私が…

「名門っ!」
「後輩じゃ!」

等と、「うるさい」位に盛り上げているところもバッチリ収録されていて(62分23秒付近からが、そのシーンである)、個人的には達成感があった。
(野球部主将の松澤君、甲子園、行こう!。貴男が、埼玉大会の優勝旗を持って、甲子園で入場行進する姿を見たら、私は多分、腰が抜ける程、崩れ落ちて号泣するな。)
※蛇足だが、「松澤」姓は、私の出身中学校の学区内では、比較的多くいるので、余計に腑に落ちた感があった。

と、いうわけで、私にとっては、気持ちの高鳴りが抑えきれない「夏のはじまり」がその時であり、そこから早くも1ヶ月が経った事を思えば、もはや「夏本番」である。


さて、タイトルの「十三」。

当然、大阪の阪急電車の駅名にある「十三(じゅうそう)」の事では、ない。

拙ブログを細かくご覧いただいている読者の皆様にとっては、「話の繰り返し」にはなるとは思うけど、やはり、この時期は「原点回帰」という意味でも、触れたい…。

私が部活動で応援指導部(応援団)を選んだいきさつは、不親切かもしれないけど、「シリーズ化記事」に書いた通りで、1学年上の「T先輩」が、まるで自衛隊員の勧誘にも似た迫力で、私を熱心に勧誘して頂いたのと、中学校で出会った親友である、「53番」の存在が殆どを占めている。
(ほんの僅かながら、当時恋心を抱いていた、初恋の相手でもある「TSさん」の存在もあるのだけれど、ここでは掘り下げないでおく。)

ともかく、T先輩が応援団への扉を開けた事は、間違いなく事実。
その「開かれたドア」の前で、二の足を踏んでいた私の背中を押したのが、53番。
こうして僕は、「その世界」に飛び込んだ。

その「世界」は、色々な意味であまりに厳しく大変で、何度もやめてしまいたいと思ったけど、その度に、53番の頑張っている姿とか、TSさんへの「甘酸っぱいし、切ないけど、情熱ある、心からの「好き」っていう思い」が頭に浮かび、挫けそうな自分を何度も励まして、何とか幹部に就任し、引退まで辿りついた気が今でもしている。

ある意味「しがみついてでも」…という状態だったかもしれないけど、引退まで続けることができたおかげで、その後、大勢の可愛い後輩達と出会う事ができたのだから、本当に続けて良かったとしみじみ思う。

でも…「でも」である…。

年の後半に入って間もない、7月2日…。
この日は、私にとっては、特別で、複雑で、寂しく、悲しくもなる日である。
今年は、努めて「明るく振る舞う」ために、敢えてホットな趣味である、女性ポートレートモデルさんとの撮影を組んだ。
楽しんだんだけど、99.99 %楽しんだとしたら、残りの0.01 %は、「あ、7月2日なんだな…」って思いながら過ごしてもいた。

何故か…。

ここまで話してきたように、私が「Dancho」になれたのは、T先輩が熱心に勧誘して下さり、応援団の世界への扉を開けて下さったからこそである。
私にとっては、感謝してもし尽くせない、かけがえのない御方である。

しかし…

12年前、「前回」の申年である7月2日…T先輩は、水の事故に遭われ、天に召されてしまった。

これも、拙ブログの「ベテラン読者」ならご存知であると思うが、そう、T先輩は、どこを探してもいらっしゃらないのだ。
それを毎年思うと…楽しんでいたって、辛い。悔しい。涙が出る。まだ信じられない…。
何故、T先輩でなければならないのか…と。

拙稿のタイトル「十三」とは、T先輩の十三回忌を迎えたからだ。

T先輩の墓前には、私にとって「夏のはじまり」の日である、冒頭でも触れた「臙脂の集い」当日の朝、2年上のKT先輩と毎年訪れている。
一緒に「臙脂の集い」と、その後のOB会総会と懇親会に出席するために…。

これも昨年書いているけど、やっぱり書きたい。

T先輩は、数々の「伝説」を作った、とってもスケールの大きな御方だった。
元々身長が凄く高くて、存在しているだけでも目立つタイプながら、どこか不器用ではあった。先輩方や、私が知る皆様は、「朴訥」という言葉を当てているが、正しいと、私も思う。
ところが、幹部に就任して、一番格式高い「団長」の役職を頂いてからは、その役職がT先輩の「本来の姿」に磨きをかけ、研ぎ澄まされて、その背中がどんどん大きく広く感じた。バックで、私達1学年後輩がその後ろ姿を追い続けていたのだから、間違いはない。

そんなT先輩の「凄さ」とか「スケールの、とてつもない大きさ」は、実は、我が母校内に留まる事はなかった。
そこは、もう間もなく、公式にもお話しできる時が来るので、もう少しお時間を頂ければ幸いである。

T先輩は、やりたいこと、「こうなりたい」と思う事が、多々あったと拝察している。
それが叶わない無念を思うと、胸が張り裂けそう。
けれど、T先輩を失った悲しみに、いつまでも埋没するわけにはいかないと思っている。T先輩も、それを望んではいないはずだ。

だからこそ、7月2日だけは、哀悼の意を表する厳粛な1日ではあるけど、今年の様に、意識的に明るく過ごすことが、T先輩の供養になると信じている。


ところで、私が「Dancho」として拙ブログを立て、そのコンセプトを「応援団を応援する」というところに置いて記事をエントリーする中では、様々な事がある。

私の表現がやや過激だったり、主観的だったり、偏った見解だったり、または、その様に誤解されるような表現だったりすると、「火消し」には当然回るし、誤解を与えた読者の方にはお詫びするのだが、それが逆効果で「炎上」に近いものになったこともある。
応援団を良く思わない方もいらっしゃるし、そうではなくても、私がブログを書くことを不快に思っている方もいらっしゃるのではないか…とさえ思う時もある。
その方々にとっては、拙ブログ存在自体…いや、私の存在そのものまで否定しているかもしれない。
「2016年こそ、頑張る!」って宣言したけど、確かに、写真という趣味で多忙になった事を、書けない言い訳にしている部分は、否定はしない。

応援団を部活動でやっていたのだから、「鉄の心臓」を持っているか…と言われたら、私は実はその逆で、「火消し」に必死に回るのだから、「ガラスのメンタル」の持ち主だと思っている。
女性被写体様との「距離感」がグッと縮まる感覚の醍醐味を知ると、ポートレート撮影も凄く楽しい。ポートレートは、様々な面で難しいからこそ、こういう感覚を味わうと、面白い。
そちらを頑張っていれば、私は「スーパーマン」ではないし、一度に多数の事は出来ない不器用な人間だから、どうしてもこちらが疎かになってしまう…。
申し訳ない…と思う一方で、「炎上」の経験もあるので、「楽」ができるのも、実は確か。それも否定はしない。

だけど、リアルに私を知る方で、そんな傷つきやすい私をそっと応援して下さる方も、一方ではたくさんいらっしゃる。その点では、本当に感謝の気持ちでいっぱい。

私が拙ブログを立てた事で、多くの「お友達」ができたし、実は、今でもその「輪」が広がっている事は確か。
また、私の「お友達」同士が繋がりを持って、いつの間にかコミュニティーが形成されている事を知った時は、これほど嬉しいことはなかった。
私は、きっかけを作っただけで何もしていないのに、私の友達同士が、あっという間に友達になれる、なっているのは、本当に素晴らしい事。
それが、昨年からもずっと続いている事を知って、やっぱり嬉しい。
時々「こちら」に戻ると、仲間は皆、「待っていたよ」「あっちも頑張っているけど、こっちにも時々は戻って来てよ」「あっちもこっちも…は、欲張りだよ。たまにはどっちか一つの時も作って、こっちでゆっくりしようよ」って、お声をかけて頂ける。
その時ほど、嬉しいことはない。

今は、こんな私と知り合って、お友達になって頂いた方を大切に、応援して下さることを励みにして、焦る必要もないし、「ゆるゆる」で全然良いから、応援団ブログを続けようと思っている。

思い上がりかもしれないけど、それが、「Danchoへの期待」なら、なおさらかな?。

こっちが疎かになっている時は、写真、頑張っています。本当に頑張っています。真剣です。
何でも真剣にやっていると、良い事、報われる事ってあるんだな…って。
その「良い事」「報われた事」は、僕にとって、写真という趣味では「夢」に当たる部分で、「そうありたい、そうなりたい」って事なんだけど、それが叶った(というには早いし、まだまだ道半ばだけど…)時は、さすがに泣いた。それ位嬉しいし、願っていた事だから…。

だから、大丈夫。
トータルで、マイナスになっているような状態じゃないし、病気で億劫って訳ではないから。

時々はこっちに帰ってくるので、その時は、宜しくです…。


【お知らせ】
2014年8月23日から、こちらの応援団ネタの粗を削って、バックアップする目的の「新館」を、Amebaに設立しました。
Danchoのお気楽Diary 新館
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(只今、私が幼少のころ、テレビに噛り付いて見ていた「マッハGoGoGo」のキャラクターをテンプレートにしています。ど派手ですよ。)
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