ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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中国による脱北者強制送還問題 - 韓国が国際社会にアピールする道を選んだ結果は?  

2012-04-08 23:03:59 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)

 4月5日の「読売新聞」の国際欄に、韓国・北朝鮮関係の記事が3つ載っていました。
○「経済大統領」に失望 広がる格差 激戦韓国総選挙[上]、
○現実無視の正恩指令 食糧ないのに「供給しろ」
○脱北者の韓国行き許可 中国、北への「不快感」表れか

 上の2つも興味深いですが、3つ目については、3月12日の本ブログ記事<中国による脱北者強制送還反対運動の高まりと、その波及効果>で記したことと直接関連するので、その記事の続編という形で、その後のいくつかの事実とともに紹介します。

 前回の記事では、「中国・瀋陽で8日公安に抑留され北朝鮮へ送還される危機にある脱北者10人が韓国の国家人権委員会に緊急救済を要請した」と13日人権委員会が明らかにした、と報じられたことから、韓国内で中国による脱北者強制送還反対の運動が広がっているということを記しました。

 ところが、その後の「中央日報」の記事によるとそれは誤報で、「人権委員会が明らかにした」という部分が事実と異なるというもので、「ある人権委員が秘密情報を外部の人間(知り合い)に漏らしてしまった」というのが正しいとのこと。
 そして、これまで脱北者を支援してきた北朝鮮人権改善の会のキム・ヒテ事務局長は、懸念を表しました。
 それは、今までは秘密裏に中韓双方の協議で脱北者のことを協議してきたのが、問題が公然化すると、中国当局としては(北朝鮮の手前)強い姿勢(=強制送還)を見せざるをえない。それは命がけで脱北した人たちをむしろ死地に追いやる結果を招く、というもので、このような状況になったのは「人権委員会のアマチュアリズムのため」で、「人権を語る人権委員会が脱北者の人権をむしろ死角地帯に追いやった」と非難しました。

 国際世論に訴える道を選んだ韓国政府

 政府部内、とくに外交通商部(日本の外務省に相当)内でも、中国に対し正論を主張するか、両国の対話チャンネルの維持を優先するかで意見が分かれ、苦慮したようです。(「聯合ニュース」2月22日)
 しかし、結局韓国政府は「正論を主張する」法を選びました。
 (私ヌルボ思うに)①開けたフタは閉じようがないから。②国内世論、市民の動きを勘案した。③総選挙に向けて、進歩陣営を叩くネタになりそうだから。・・・というのがその判断の理由でしょう。

 以後韓国政府は、中国に国際法上の義務を守るよう促して、それまで非公開協議にとどまっていた脱北者の身柄処理問題を初めて公然化しました。さらに国際社会に問題をアピールしました。

 まず、中国に対しては、李明博大統領、金星煥外交通商部長官は3月2日訪韓した中国の楊外相に脱北者強制送還の中断を求めました。(が、楊外相は国内法と国際法、人道主義の原則に基づき妥当に問題を処理するという従来の立場を繰り返したとのことです。)
 
 また金星煥長官は訪米して3月7日潘基文国連事務総長と会って脱北者問題の解決に国連が積極的に乗り出すよう求め、9日のクリントン国務長官との会談でも脱北者問題が取り上げられました。

※それ以前に、アメリカ国務省は22日、国際機関と協力しながら問題解決に取り組む考えを明らかにし、中国に対し脱北者強制送還の中止を要求しています。(「中央日報」2月25日) 
 アメリカでは、3月5日「中国の脱北者強制送還公聴会」も開かれました。アムネスティの関係者、ワシントンの北朝鮮関連団体代表らが出席した公聴会の場で、脱北者ハン・ソンファさんは「中国公安から脱北者を引き渡された北朝鮮の保衛部の人たちは『お前たちはこれから犬だ』と話し、手錠と鎖をつけてひどく暴行を加える。北朝鮮に送還されて入れられた収容所では、午前5時から夜遅くまで労働を強いられる」等の証言をしました。(「中央日報」3月7日)


 韓国政府は、さらに国連人権理事会に脱北者送還問題を提起することを決め、ジュネーブに代表団を派遣しました。この代表団は、ソウルの中国大使館前で抗議のハンストを行った野党・自由先進党の朴宣映議員に、国会北朝鮮人権委員会の議員らが賛同し実現したものです。
 3月22日開かれたその国連人権理事会では、北朝鮮人権決議案を無投票で採択されました。
 この際、韓国国会代表団と駐ジュネーブ北朝鮮代表部大使の間で衝突があったことが伝えられています。(「中央日報」3月13日)
 ※ジュネーブでは、北朝鮮人権団体がキャンペーンなどの活動を展開しました。先述の"北韓人権改善の会"は13日ジュネーブ国際会議場で、 "北の連帯"と共同で北朝鮮の教化所収監被害者の証言をもとに描かれた絵の展示会を開きました。14日には国連広場で地元の活動家たちと一緒に集会をもち、北朝鮮韓代表部、中国代表部に書簡を伝達しました。(北朝鮮は受取拒否。)(「デイリーNK」3月15日)

 作家・申京淑、香港で脱北者送還反対を訴える

 脱北者強制送還問題について、その後3月6日韓国・日本・中国・インドネシア等のアジア諸国を中心としたアジア記者協会(AJA)が中国政府に対し、脱北者を難民として認定するよう求めたこと(「朝鮮日報」3月8日)、09年3月中朝国境地帯で脱北者の人身売買の実態を取材していた時に北朝鮮当局に逮捕され、140日間抑留された後釈放された中国系アメリカ人のローラ・リン記者が、脱北者強制送還の中止を要求するビデオを緊急製作した脱北者強制送還中止要求キャンペーンのビデオに出演し、彼らの送還阻止をと国際社会によびかけたこと(「東亜日報」3月9日)等が伝えられました。

 脱北者送還反対の声の中で、私ヌルボが注目したのは、小説「母をお願い」で広く注目された作家・申京淑さんの発言です。
 3月25日の「朝鮮日報」のコラム「萬物相」によると、申京淑さんは3月15日、香港で開かれたマン・アジア文学賞の授賞式会場で檀上に立って次のように語ったとのことです。
 「最後にこの場を借りてお話したいことがあります。今、命懸けで中国に渡ってきた脱北者たちが、再び北朝鮮に送還されるという事態が発生しています。命懸けで脱北してきた人々を再び本国に送還することは、彼らを死に追いやるも同然です。これは政治的問題などではなく、人間に対する礼儀ではないでしょうか」。
 ※このコラムでは、彼女の発言を聞くと、「村上春樹氏が2009年にイスラエルで最高権威のエルサレム賞を受賞した当時の光景が思い出される」と記しています。

 苦慮する中国政府

 脱北者強制送還に対する抗議運動の高まりや韓国政府の要求に対して、中国政府は「脱北者は経済的目的で違法に越境した人々で、難民と見る十分な根拠はない」との基本姿勢を維持し続けています。しかし、苦しい内部事情があるのもたしかです。

 まず、中国内部でのネットユーザーや一部マスメディアの反応。
 中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹紙の「環球時報」は脱北者が送還の危機にあるとの韓国紙報道を要約して掲載し、中国版ツイッターの微博では強制送還に反対する書き込みや「脱北者に難民の地位を与えよう」という書き込みもあったということです。(「東亜日報」2月16日)同2月24日)
 「朝鮮日報」3月6日の記事でも、「小説家の劉亜偉氏、画家で音楽家でもある楊林川氏等知識人を中心に強制送還に反対する声が広まっている。・・・上海在住のあるネットユーザーが3日から微博上で行っているアンケートでも「強制送還に反対」とする回答は全体の75%を占めていた」と報じています。

 また、国際社会でも、政治的・経済的に存在感を増し影響力を強める中で、「人権後進国」という低評価がこの問題で上塗りされてしまうことはできれば避けたいことでしょう。

 しかし、脱北者を難民として認め、自由に韓国への出国を認めることは、北朝鮮の体制崩壊を招きかねません。それは是が非でも避けなければならない・・・・。

 このようなジレンマの中、中国政府が、これも中国との決定的な対立は避けたい韓国政府とコミュニケーションをはかりつつ打ち出した方策が、冒頭の「読売新聞」の記事にある、駐中韓国公館で3年近く滞留してきた脱北者の韓国への出国許可です。

 結局は中韓両国政府が求めた「落としどころ」で結着

 3月核安全保障サミットに際してソウルを訪れた中国の胡錦濤国家主席は、26日に李明博大統領と会談しました。この時最大の外交課題として脱北者の強制送還問題が話し合われ、その中でとくに北京の韓国大使館に3年近く未成年の息子とともに滞在し、中国を出国できずにいるペク・ヨンオクさん一家の韓国行き問題に注目が集まったことがすでに「朝鮮日報」(3月27日)の記事等で伝えられていました。(北京や瀋陽の大使館・領事館で長期滞在している脱北者のことは、それまで韓国各紙で報道されてきました。)
 その間、例の北朝鮮のミサイル発射問題がクローズアップされる中、「読売」の記事にあるように、中国としては北朝鮮に対する「不快感」をこのような形で表明しつつ、かといってこれまでの基本姿勢を改めたわけでもありません。

 一方、韓国政府としては、「この問題で正面から中国と対峙しても変化は期待できないし、場合によっては逆効果」との悲観的な見方も強かった中で、一定程度の「成果」が得られたことで良しとした、ということでしょう。脱北者の問題について、一定程度国際社会にもアピールして北朝鮮をまたいくらか追いつめることもできたし・・・。

 ・・・ということで、2月以来の中国による脱北者強制送還問題は一段落するのでしょうかねー。
 しかし、北朝鮮内で、あるいは脱北して中国内で苦しい生活を余儀なくされている人たちの状況はあいかわらず、というのではまずいのですが・・・。この間の一連の流れの中でこの問題に関心を向けるようになった国連人権理事会や各人権組織・団体に期待したいものです。

 ところで、この問題について韓国内の報道を追っている中で痛感したことがあります。それは脱北者問題に対する韓国民の無関心。とくに左派にその傾向が強いのですが、左派に限ったわけでもありません。
 この件については続きで書くことににします。 



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