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韓国の大ベストセラー 申京淑「オンマをお願い」、翻訳本刊行を期待!

2009-08-11 14:49:25 | 韓国の小説・詩・エッセイ
    

 昨年11月刊行の申京淑(신경숙.シン・ギョンスク)「オンマをお願い」(엄마를 부탁해)は今年上半期80万部を超える大ベストセラーになり、8月に入っても教保文庫で総合2位を維持している。その反響は<読書界>を越え、<オンマ・シンドローム(엄마 신드롬)>現象を引き起こしているとのことだ。(演劇・映画等々にも関連ネタはあるようだが・・・。)
 田舎で暮らす老父母は故郷の家で暮らし、上京した息子・娘たちはそのまま都会で自立して、それぞれの家庭生活を営んでいる。
 ソウルで暮らす4人の息子・娘が誕生日を祝ってあげようと老父母を呼ぶのだが、各々事情があってソウル駅まで誰も迎えには出向かない。結果的にはそれが甘かった。雑踏の中、ソウル駅で地下鉄に乗り込んだ老父が振り返ると、いつも後をついて歩いているはずの老母がいない。戻って探すがみつからない。オンマ(お母ちゃん)行方不明との知らせを受けた息子・娘たちは、ビラを配り、心当たりの場所を探しまわる。
 ・・・・最初の章はこのように始まる。この章の「おまえ(너)」は長女で小説家。自身のことですが、あえて二人称で書いています。リアルな筆致なので、申京淑自身のことをそのまま書いたのでは?と思えるほど。事実、彼女は知り合いの作家から「お母さんはみつかりましたか?」と声をかけられたこともあったそうだ。
 第二章以下は、長男や老父等々の視点から母が描かれる。
 各自が、母の不在によって初めてその存在の大きさに思い至る。そしてそれらをすべて読み得る立場の我々読者は、母がたんに母としてだけでなく、一人の女性としての思いも持ち、そんな人生の場面もあったことを知るのである。
 この2、30年ほどの間、韓国の人々は自らの生活向上、社会の発展に邁進してきた。その過程で、ややもすれば忘れられてきた母の存在に、この小説を通して多くの人々が気付いた、ということだろう。
 この小説はフィクションである。しかし、釜山で視覚障害者の読書会に招かれた話や、中学卒業後兄を頼って上京した頃のエピソードなど、申京淑自身の体験がかなり盛り込まれているようだ。
 彼女の作品が読者の共感をよぶのは、その個人的体験が、韓国の多くの人々の共通体験として受けとめられるという側面が大きいと思われる。が、そればかりでない。登場人物の内面の描写が深く、また穏やかな筆致の中に作者の誠実な人間性が感じられる点には、世代や国を越えて、多くの読者が魅かれることだろう。
 私も、「オンマはみつかるのだろうか?」という推理小説的興味に引きずられて読み進んだが、途中からは物語の展開もさることながら、特に難解な言葉や言い回しを用いずとも感じられる省察の深さに引き込まれた。韓国の長編小説を原文で読み切ったのは初めてだ。(ちょうど1ヵ月で読了。少年向き小説や漫画はけっこう読んできたが・・・。)
 この1月職安通りのコリアプラザで何となく裏表紙の惹句につられてたまたま購入したのがこの本だったことは幸運だった。

 日本の出版社関係の方、もう翻訳にかかっていますか? 刊行を期待しています。「オンマをお願い」をお願い!

※2011年2月6日の追記
「この2、30年ほどの間、韓国の人々は自らの生活向上、社会の発展に邁進してきた。その過程で、ややもすれば忘れられてきた母の存在に、この小説を通して多くの人々が気付いた、ということだろう」と書きましたが、むしろ、伝統的な「家族」の解体が進行してきて、それとともに母親が一個の女性として見られるようになってきた、と解する方が適切かもしれません。
※2022年11月14日の追記
 (大変遅ればせですが)この小説は2011年「母をお願い」(安宇植訳・集英社文庫)という書名で翻訳書が刊行されました。

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