だいずせんせいの持続性学入門

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オフグリッドの時代がやってきた

2014-10-04 12:43:59 | Weblog

 海岸の埋め立て地に見渡す限り延々と並ぶソーラーパネル。あるいは、山の中に突然切り開かれた斜面にまとわりつくように並ぶソーラーパネル。2012年7月からスタートした再生可能エネルギーによる電力の全量・固定価格買取制度(FIT)によって、この2年の間にまたたくまに広がったソーラー発電所。経済が縮小に向かうなかで、利益が確実に出ると見込める事業はざらにあるものではない。それがFITによって可能となった。エネルギーとは無縁だった建設業者、不動産業者などがこぞって日本各地で事業を展開した。

 私は当初、期待をもってFITの効果を観察していたが、そのうち、少なくとも太陽光発電に関しては違和感に変わった。確かにお金になるから普及するという意義は評価できる。しかし、それだけでは、この持続不可能な社会を支える人々の価値観は何も変化しない。お金になるから原発を推進したのと同じ論理である。

 このようなFIT狂想曲ともいうべき事態が、電力会社の買い取り契約中断という形で劇的に終了するとは、私も予想していなかった。九州電力は9月24日、今年7月までの太陽光の接続申込み分を含めると、太陽光、風力の設備容量が管内で1260万kWとなり、安定した電力供給ができなくなるとして、今後の契約は中断。現在申込みを受け付けている分についても回答を保留とすると発表した。http://www.kyuden.co.jp/press_h140924-1.html 北海道、東北、四国、沖縄電力も同様な措置を発表した。

 すでに資金を借り入れたりして土地や設備を準備していた事業者には寝耳に水で、利益を目論むどころか、一気に倒産の危機に直面する事業者も多いだろう。九州電力の説明会には数千人が集まり、怒号が飛び交ったと報道されている。自然エネルギーに関連してこういう事態になるとはたいへん悲しいことである。

 FIT前の九州電力管内の発電設備容量は1700万kW程度(卸事業者の設備も含む)であるから、http://blog.goo.ne.jp/daizusensei/e/180d8f57c8e0db5590d5c6fa6c068212 1260万kWというのは設備容量をほぼ倍にするということなので、たいへんな量である。たった2年でこうなるのかと唖然とする。突然の受入れ中断となったのは、今年3月に申込みが殺到したという事情があるようだ。FITの制度として、年々電力買取単価が下がっていく。太陽光では、kWhあたり42円からスタートした買取単価は、昨年度36円、今年度32円でもう採算ラインぎりぎりであり、もうこれ以上下がったら事業としてはなりたたなくなる。なんとか昨年度の単価で売電したいという事業者が年度末にかけこみで申込んだというわけである。

 電力会社は、時々刻々と変化する需要にあわせて電力を供給しなくてはいけない。電力は大量に貯めておくことができないため、需要に供給がおいつかなければ大停電になるからである。それだけでもたいへんなのに、これにお天気の要素が加わればほとんどお手上げとなる。九州電力はこれまでは原子力発電のための電力調整装置であった揚水発電を太陽光の調整のために動かすことを検討している。ようは天気のよい昼間に余った電力で水を高いところに揚げておき、雨の日に落として補うということである。ただ、この水の上げ下げで電力を30~40%ロスするので、電力会社としては大損である(もっとも原子力発電のためには揚水発電をおしげもなく運転してきたのであるが)。

 そもそも太陽光発電は、電力網の来ていないところでの独立電源としてまずは普及した。山小屋とか、工事現場の表示用、山中での観測機材の電源などである。バッテリーを備えて好天の昼間の電力をためておき、それを夜や天気の悪い時に使うということだ。このやり方をオフグリッドという。それが家庭用に太陽光発電を導入するときに、バッテリーのコストが非常に高いために、系統連系というやり方になった。つまり昼間の電力が余ったら電力網に流して売電し、夜は電力網から買うということで、バッテリーのかわりに需給の不一致を電力網の方で吸収するということである。これは電力網につながっている従来の発電設備容量に比べて太陽光発電の設備容量が無視できるようなわずかな量である時にのみ成り立つ。FITによって大規模なソーラー発電所ができて、電力網につながり、しかも電力会社は発電電力の全量を買い取る義務が課されたのであるから、そもそも無理な話である。

 ちなみに、九州電力は薩摩川内原発を再稼働させようとしているが、出力調整ができない巨大な電源を動かすことで、電力が余る時間が多くなるし、ますます需給調整が難しくなる。原発再稼働は電力需給の面からはまったく意味がない。再考すべきだろう。

 もう一点気になるのは、20年後である。この2年間で大量のソーラーパネルが一気に設置され、契約期間の20年が経過した時には、もうFITはない。その時には大量のゴミとなってしまいかねない。廃墟のようにボロボロのソーラーパネルがそのまま放置されている光景が目に浮かぶ。そういうことにならないよう今から考えていかなくてはいけない。

 では、今後の太陽光発電の進め方はどうすればよいのか?すなわちオフグリッドである。これまで、オフグリッドは系統連携よりバッテリーの分だけコストがかかるため、その意義を説明するのが難しかった。今後は系統連携をすすめられないのであるから、オフグリッドしかありえない。

 オフグリッドでは、停電のリスクは避けられない。雨の日が続くとバッテリーが底をついて停電することになる。バッテリー容量を大きくすれば停電のリスクは下がるが、それには相当なコストがかかるため、どこかで手を打つことになる。つまりそれなりの停電を覚悟しなくてはいけない。それをできるだけ避けるためには、生活に工夫がいる。一方、好天が続くと電気が余ってしまうのも避けられない。バッテリーがいっぱいで、発電しても使い道がなく捨てることになる。つまり、天気のよい昼間になるべく電力を使うことをやっておくということだ。洗濯機を回すとか、パソコンを使うとか。お天道様にあわせて暮らしを工夫することが必要となり、私たちが自然の中で生きていることを生活の中で体感できるやり方である。太陽のありがたみを実感でき、その力のおかげで地球上のすべての生き物が生かされていることを理解できるだろう。

 もちろん、家庭で使う電力のすべてをオフグリッドでまかなうのはたいへんなので、次のステップとしては、部分的オフグリッドやスマートハウスが普及していくだろう。ソーラーパネルだけでなくバッテリーを備えて、家庭で使う電力の一部を、電力網に依存せず自前で供給するというやり方だ。

 一方私たちは、千年持続学校の住まいづくり講座で、完全オフグリッドの家を作りつつある。「オフグリッドソーラー」の商標でオフグリッド太陽光設備の販売、設置などの事業を行っているネクストエナジー・アンド・リソース株式会社 http://offgrid-solar.jp/ と共同での社会実験である。この家には実際にわれわれの仲間の家族が暮らすことになる。まずはチャレンジということで、実際に暮らしていけるのか、どういう工夫が必要なのか、どこに課題があるのか明らかにする予定だ。時代の最先端の家というわけである。

 すべてのことには光と影がある。何が本質なのか、そこをはずさないようにやっていきたいものである。

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