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ナカタニ某の個人ブログです。

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「世界」を瓶に閉じ込める方法

2007-03-05 01:57:53 | dailyvisions

■ある有名監督が撮った映画を観た老人はこう言ったそうです。「私もあの戦場にいたのだが、この映画の冒頭は、実際の戦場と全く同じだった。風景も、聞こえてくる音も同じだったよ。しかし、ひとつだけ足りないものがあったな。それは”匂い”だ。実際の戦場でした匂いだけがこの映画には足りない」と。

■18世紀の初め頃、ジャン=バティスト・グルヌイユはこの世に生まれた。場所は世界有数の悪臭がたちこめるフランスはパリの魚市場の作業台の下。ヘソの緒は魚包丁で叩き切られ、死産として処理される。つまり、母親は時が経ち、赤ん坊が死ぬのを待っている。しかし、彼の身体のある器官が彼を目覚めさせた。それは・・・鼻だ。魚と市場の人々とゴミと腐敗物と吐瀉物の放つ匂いがジャン・バティストをこの世に留めた。子殺しの罪で母は死刑になり、孤児院で彼は育つ。時が過ぎ、立派に成長するも、口をきかぬ不思議な子供グルヌイユ。彼に言葉はいらない。彼は世界を見てはいない。彼は世界を・・・嗅いでいる。その嗅覚が木と果実と人と水とその中の生物をとらえる。彼にとって世界は匂いで形作られており、言葉は「もの」ではなく、その「匂い」に張り付いている。孤児院から皮なめし職人へと身売りされ、数年が過ぎたある日、彼は今までに嗅いだことのない「匂い」に出会う。死ぬまで永遠に嗅いでいたい甘美な香り。彼は匂いの元をたぐって走る。そして、彼は「香りのありか」と遭遇する。その日、世界史を揺るがす殺人者は誕生した。もう一度書く。彼の名はジャン=バティスト・グルヌイユ。その全てを鼻でとらえ、後に世界を征服する力を手にした男。

■世界で1500万部を売り上げたパトリック・ジェースキントの小説「香水」を名作「ヘヴン」のトム・ティクヴァ監督が映画化した『パフューム ある人殺しの物語("PERFUME THE STORY OF A MURDERER")』はこうして始まります。18世紀のフランスを舞台に超人的な嗅覚を持つ男が孤児から成り上がり、香水調合師となって「世界でひとつだけの香水」を作るこの物語は、その物語の大胆さと、ラストに待っている壮絶な展開、そして何よりも映画では実現不可能な「匂い」がモチーフになっていることから「映画化するのはかなりハードルが高いだろう」と思われていた小説でした。ちなみに、筆者も原作小説を読んだ段階では「これを映画にするのは難しいだろうな」と思いました。しかし、実際に出来上がった映画は・・・・傑作でした!!

■映画では決して嗅ぐことの出来ない「匂い」がモチーフになっているこの物語をトム・ティクヴァ監督は「匂い以外の全ての要素」を総動員して映画化するという手段に出ました。主役にスター俳優ではない新人を起用し、脇をダスティン・ホフマンやアラン・リックマンなどの演技派俳優で固めるという大胆な配役に挑み、その映画は建てこまれたセットや画面いっぱいに広がる香水用の花畑にいたるまで手抜きなし!!そして、細かいカットを畳み込むように重ねて行く巧みな編集によって観客の眼は画面にクギ付けになります。そして、香水の小さな瓶の栓を開ける音、花の精油が瓶に落ちる音まで確実に耳に届くキメ細かい音響設計とベルリン・フィルの奏でる壮大なオーケストラが観ている者の耳を満たします。物語は「自分から何かを語らぬ主人公」の物語を観客にスムーズに見せるために工夫され、ウィリアム・ハートのナレーションが我々をさらに物語の内部へと引き込む働きをします。そして、それらは全て映画の中に登場する「匂い」のために奉仕しているのです。

■そして、何よりこの映画が面白いのは主役となる「匂い」が「決して映画では生み出すことの出来ぬもの」であることです。例えば映画の中で登場人物がカレーの皿に鼻を近づけ「何だか甘い匂いがするな・・・これはバラの香りじゃないか。こんな香りのするカレーは見たことがない」と言ったとします。観た人の何人かは「それは”ありえない”でしょ」と思うかもしれませんが・・・・本当に?画面から匂いはしないのに?これが「世界中の男が恋してしまうほどキレイな女性」とかだったら「そりゃありえねーよ」と言ってもいいでしょう。だって、現に画面には美女が映っていますからね。しかし、匂いは・・・・わかりません。それは画面の向こうでだけするのです。もしかしたら本当にバラの匂いしかしないカレーが存在するかもしれません。(”味”もまた、画面で作りだすことは不可能ですが、味比較して匂いを表現する言葉がどれだけ少ないことか!!)この映画の中には様々な匂いが登場します。甘い香りも悪臭も優しい気持ちになる香りも出てきて人々の鼻をくすぐるのですが、それらは全て観ている我々の想像の中にあります。

■というわけで、財布握って映画館に走ってください。そしてじっくり観て、聴いて、そして匂ってください。この映画のラスト、あなたの鼻をくすぐるのはどんな香りなのか?圧倒的な美しさと野蛮な魅力にあふれる147分。息つくヒマが1秒もない傑作です。
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Unknown (ガサツ夫)
2007-03-05 12:25:02
この間仕事で参加したセッションの中で、人間の五感はさらに進化するって話が出ていたのですよ。
人間の脳の進化、テクノロジーの進化によって五感がとぎすまされ、ヒトとしての進化が再び始まる、と言うような主旨だったのですが、こういう視覚・聴覚以外の感覚に訴える映像作品ってのは斬新ですね。是非見てみたいのですが、きっとDVDでの鑑賞になるでしょうが、"臭わない"印象を持ってしまいそうで…。
劇場で見てみたいっす。
観るのです! (サオリ)
2007-03-06 00:03:56
今、一番に観る予定がこれです!!
ああ、早く観に行きます。
ちなみに二番目は「叫」。以前にここで紹介してましたよね????
とにかく、この2本だけは、確実に観ます!!
まとめてお返事 (daisyvisionsナカタニ)
2007-03-06 00:58:47
>>ガサツ夫さん

こんちは。

そう言えば、その昔「映画上映中にイスから香りが流れてくる」って催しがありました。安いアメリカの短編映画みたいなのが上映されて、登場人物が森をドライヴすると「森の香り」がイスから流れてくるんですけど、「森の香り」で連想する通りの匂いでして、要は

”バスクリン”の匂いじゃないか!!

というわけで、観客はいい湯につかった気分で寝てしまうというシロモノでした。「パフューム」は映画館で是非。


>>サオリさん

どうもです。

「パフューム」観てくださいね。素晴らしいですよ。そう言えば「叫」はもう公開されているんですね。僕は去年観たんですよ。調べてみたら・・・

http://blog.goo.ne.jp/daisyvisions/e/881afacf67e9796f2f530678f9c7e3ed

この記事ですね。確かに紹介しています。これも素晴らしい映画です。宣伝なんかでは「サスペンス」ということになっているみたいですが、僕はこの映画は「恋愛映画」だと思います。
Unknown (ガサツ夫)
2007-03-08 09:32:25
今自分のコメントを読み直してみると…

かなり日本語が不自由な人に見えますね。
ケータイで文章を書くことの難しさを今更ながらに痛感です。
携帯文体 (daisyvisionsナカタニ)
2007-03-09 00:32:18
>>ガサツ夫さん

こんちは。

日本語が不自由って、とんでもないっすよ!!僕の方が日本語不自由・・・っていうかグダグダです。いつも書いていますがコメントいただけるだけで本当にありがたいと思っています。今後もお時間があれば是非。

携帯電話が日本語に与える影響は今はまだハッキリしたことが言えない状況ですが、20年後ぐらいには何らかの結果が出るでしょうね。でも80年代の「昭和軽薄文体」だっていつの間にか消えたわけですからね・・・こればかりは時間が経たないとわからんものですね。

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