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三奉行と評定所

2016-10-11 | ベック式!日本史用語集

表情労と待ち時間。

中+三奉行(定・社・))(評定所(ひょうじょうしょ))

1.江戸幕府の評定所は老中勘定奉行寺社奉行町奉行で構成。

[解説]
1.評定所は、1635年に設けられた江戸幕府の最重要政務の合議機関、最高裁判所にあたる。中1名+三奉行(寺社・町・勘定)が基本。これに大目付、目付などが加わることがあった。その会議(寄合)場所としては、初期は大老の屋敷が、明暦の大火以後は伝奏屋敷(武家伝奏や勅使の宿所)の一角が使われた。

2.評定所は、三奉行、遠国奉行や代官・郡代などの職権では処理しきれない、あるいは所管が2奉行以上にまたがる、重大な訴訟・事件や幕府内部の不正・犯罪を取り扱った。

3.寺社奉行は、寺社の監察と寺社領の支配にあたった。三奉行のうち唯一、譜代大名の職。よって老中(大名職)配下ではなく、将軍直属。

4.勘定奉行は、幕府財政の管理、幕府領からの収税などにあたった。旗本の職で役高3000石。勘定奉行の下に、郡代(関東・飛騨・美濃など要地)・代官(要地以外)がいる。郡代の下に代官がいるのではない。

5.町奉行といえば江戸町奉行をさすし、南北2つあった。南町奉行所・北町奉行所が月番交代で開き訴訟の受付を行った。非番の奉行所は、開所中に受け付けた訴訟の処理を行った。旗本職で役高3000石。

〈2016関西学院大学・全学部2月2日

問10.下線部j若年寄、大目付、目付、三奉行に関する説明として、誤っているものを下記から選びなさい。

 ア.大目付は老中の支配下に置かれ、大名の監察にあたった。

 イ.勘定奉行は若年寄の支配下に置かれ、幕府財政の管理、幕府領からの収税などにあたった。
 ウ.寺社奉行は将軍に直属し、寺社の統制と寺社領の支配にあたった。
 エ.目付は若年寄の支配下に置かれ、旗本・御家人の監察にあたった。」

(答:イ ※勘定奉行は老中の支配下)〉

〈2015早大・人間科学

問8 下線部g家光の代までにほぼ完成をみた幕府のしくみについての記述として、誤っているものはどれか、1つ選べ。

 ア 寺社奉行・勘定奉行・町奉行の三奉行は、有力な旗本から選任された。

 イ 若年寄は老中を補佐するとともに、旗本らの統制にあたった。
 ウ 幕府の中央職制においては、月番とよばれる交代勤務の制度が設けられていた。
 エ 主要な鉱山や江戸を離れた貿易・宗教上の要地には、遠国奉行がおかれた。
 オ 幕府領農村の支配を担当するために、代官や郡代がおかれた。

(答:ア ×寺社奉行は譜代大名から選任された。「老人部隊 框旗。」)

〈2013早大・文化構想

 その後、江戸幕府の時代となり、各種の改革が実施されたが、一方では、政治社会への批判や意見も多く出された。たとえば、将軍徳川吉宗の時、[ D ]前に目安箱が設置され、民意を政治に反映させようとした。

問9 空欄Dにあてはまる語句は何か。1つ選べ。


 ア町奉行所 イ評定所 ウ坂下門

 エ小石川養生所 オ湯島聖堂」

(答:イ)〉

〈2012慶大・文

 次の文章を読んで、文中の空欄(F~J)に該当する適当な語句をそれぞれの語群の中から選び、1~9の数字を、また語群の中に適当な語句がない場合は0を、解答欄に記人しなさい。

 江戸幕府の職制は、第三代将軍家光の頃までに整備された。老中は原則として( F )から選任され、幕府の最高職であった。大老は老中の上位職ではあるが、臨時職であった。( G )は老中を補佐するほか、旗本の監察を担当し、目付を配下とした。大目付は大名を監察するために置かれた。( H )・勘定奉行・町奉行は三奉行と呼ばれ、( I )で職務を担当していた。老中・三奉行・大目付らは( J )を構成し、重要な裁判を担当した。

 1江戸町会所  2遠国奉行 3作事奉行

 4親藩 5側用人 6月番
 7年番 8評定所 9譜代大名

(答:F9、G0(若年寄)、H0(寺社奉行)、I6、J8)

〈2012法政大学・文経営人間環境

 そのほか寺社奉行・町奉行・勘定奉行の三奉行がおかれてそれぞれの職掌も固まったが、独自に決裁できない重要事項や管轄のまたがる訴訟などは[ 2 ]で老中や三奉行らが合議して裁決した。

問13 空欄[ 2 ]にあてはまる用語を漢字で解答欄に記せ。」


(答:評定所)〉

〈2012京大・前期

B 権威ある将軍の専制政治の命令により、全国の大官はすべて其家族のためe常住の殿邸をこゝに置き、又暫(しばら)くは多衆の従臣とともにこゝに住居すべき規定なれば、[ ウ ]は将軍の治所として非常なる広地と住民とを擁し、市民的住人は、宮(注)中を除き、将軍と大名との軍人を除きて、百三十一万人と注せらる。されば総人口は少なくとも、百五十万人なるべし。(略)

 町司中の年長者たちは町年寄と称へ、特別の役所ありて、かゝるもの寄り集まりて、二人の知事即ち[ エ ]の下に隷属す。市の理財的の事務はすべて御代官及びf御勘定奉行に於いて司配す。両[ エ ]・御代官・勘定奉行の他に宗教事件の管理者として五人の[ オ ]を長官としたる特別の裁判所あり。

 (注)「宮」とは将軍の居城のこと。

問7 この文章は、ドイツ語で書かれた『日本』という書物の一部を、1928年に翻訳したものである。


 (あ)ドイツ語の原文を書いた人物は誰か。


 (い)この人物は、日本を出国するに際して、ある理由から国外追放処分となった。その理由は何か。


 (う)下線部(e)の「常住の殿邸」はある制度の必要上設けられた。この制度を何というか。


問9 [ ウ ]にあてはまる語句を記せ。


問10 [ エ ]にあてはまる語句を記せ。


問11 下線部(f)の「御勘定奉行」の担当する主な職務を1つ記せ。


問12 [ オ ]にあてはまる語句を記せ。」


(答:問7(ア)シーボルト、(イ)禁制の日本地図を持ち出そうとしたから、問8参勤交代、問9江戸、問10町奉行、問11幕領の支配・租税の徴収、問12寺社奉行)



旗も公然後家非難


旗本)(御家人 17000人)(5,000人・17,000人)


1.旗本は5000人御家人17000人

[解説]

1.両者とも将軍直属の家臣(直参(じきさん))で、1万石未満のものである(1万石以上は譜代大名)。将軍に謁見(お目見(めみ))を許されるものが旗本、許されないものが御家人である。1722(享保7)年の調査では、旗本5205人・御家人1万7399人であった。彼らは江戸に住み、石高や才能に応じた役職につき、軍役を負担した。なお、旗本の約半数の上級身分は知行取り、旗本の残り半数は蔵米取りという違いがあった。

 

〈2016同志社大・全学部

 

(1)江戸幕府の軍事力は、将軍直属の家臣団であるa旗本・御家人のほか、諸大名の負担する軍役で構成されていた。

【設問a】この両者(旗本・御家人)の総称として、将軍徳川氏の1万石未満の直臣を何と呼ぶか。漢字で記せ。」


(答:直参)

 

〈2014早大・文化構想

 

問6 下線f.旗本に関する説明として誤っているものはどれか。1つ選べ。

 ア 将軍直属の家臣で、知行1万石未満である。

 イ 将軍に謁見することができた。
 ウ その人数は8万人にのぼった。
 エ 旗本知行地は関東・東海地方に多かった。
 オ 勘定奉行・町奉行は旗本が就任する役職であった。」

(答:ウ※オ.「老人部隊框旗。」)

 

〈2012慶大・文

 次の文章を読んで、文中の空欄(A~E)に該当する適当な語句をそれぞれの語群の中から選び、1~9の数字を、また語群の中に適当な語句がない場合は0を記入しなさい。

 江戸幕府の軍事力を支える直属の家臣には旗本・御家人がおり、このほかに諸大名が( A )によって動員されることになっていた。旗本は平時には大番・書院番・( B )に編成され、御家人は( C )・鉄砲百人組などに組織されていた。これらは( D )と呼ばれる。旗本は勘定奉行・町奉行・大目付・目付・代官などに、御家人は与力・同心などについた。これらは( E )と呼ばれる。


 1御目見役 2徒組 3国役

 4軍役 5小姓組番 6奏者番
 7地方 8番方 9役方

(答:A4、B5、C2、D8、E9)

 

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