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浮世絵の系譜

2017-05-06 | ベック式!日本史用語集

モロ春の歌 社保ヒロシ。

(菱川宣(ひしかわもろのぶ)・鈴木信(すずきはるのぶ)・喜多川麿(きたがわうたまろ))(東洲斎楽(とうしゅうさいしゃらく)・葛飾斎(かつしかほくさい)・歌川広重(うたがわひろしげ))                 

[解説]
1.菱川師宣(生没年不詳)は、肉筆画による名作『見返り美人図』で知られるが、浮世絵版画の開祖とされる。遊里(ゆうり)と芝居に関する風俗画を版画で量産した。

2.鈴木春信(1725?~1770)は、版画技術の彫刻し摺る(する)技術の向上とあいまって、色彩表現の可能性を広げ、多色刷り版画「錦絵(にしきえ)」の確立に尽力。美人画で知られ、おもに上流の若い婦人を、柔らかな曲線と美しい色彩の、細身で清楚に描いた。代表作に『弾琴美人(だんきんびじん)』。

3.喜多川歌麿(1735?~1806)は、美人画で知られる。微妙な表情や仕草を描き分け、対象の心理まで、人物の内面的な個性までも鋭く絵に表した。上品かつ質の高い美人画で知られる。代表作は『婦女人相十品(ふじょにんそうじっぴん)』のうち「ポッピンを吹く女」。1804年、タブーだった秀吉を『太閤五女花見之図』に描いたことで弾圧され手鎖50日の刑を受けた。

4.東洲斎写楽(生没年不詳)は、大首絵(おおくびえ)の手法を駆使した特異な画風で知られる。大胆な誇張表現(デフォルメ)によって、歌舞伎役者など人物の内奥にまで迫る。錦絵は現代のブロマイド的役割。写楽は美男美女に描くことをしなかったため不評だったのか、わずか10か月間に140数点の錦絵を描いて消え、その後が不明な謎の画家。様々の実在の人物との比定が行われているが決定的な説はない。

5.葛飾北斎(1760?~1849)は、写実から離れ、大胆な構図と画面構成で、風景の劇的な瞬間を掴み(つかみ)取る。代表作『富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』。風景画以外にも優れ、多作で知られる巨人。人物の様々なポーズを瞬間的活写した『北斎漫画』が、踊り子の絵で知られるドガをはじめモネやゴッホなど後期印象派に多大な影響を与え、国際的な評価も高い。

6.歌川広重(初代)(1797~1858)は、風景画に優れる。季節の移り変わりや、気象の変化に応じ、そこに旅する人々の姿を移しこみ叙情的に描く。代表作『東海道五十三次』。ゴッホは熱心に模写しており、彼に影響を与えたことでも知られる。

2016法大・文(哲史)営(営)人間:「
B 町人文芸の興隆とともに浮世絵も盛んになり、版画に対する需要がいよいよ高まった。18世紀半ばには、d錦絵とよばれる多色刷の浮世絵版画の制作がはじめられ、その黄金時代となった。題材は美人・役者・相撲・花鳥・風景などさまざまで、寛政期ごろにはe喜多川歌麿・東洲斎写楽ら、天保期ごろにはf歌川広重らの名匠が輩出した。この浮世絵は、開国後、西洋の注目するところとなり、のちにフランスの後期印象派に強い影響を与えた。

問4 下線部d錦絵を創始した人物として正しいものを、以下のア~エのなかから一人選べ。

 ア 鈴木春信 イ 鳥居清忠 
 ウ 菱川師宣 エ 勝川春章

問5 下線部e喜多川歌麿が制作した作品として正しいものを、以下のア~エのなかから一つ選べ。

 ア『婦女人相十品』  イ『見返り美人図』
 ウ『恋女房染分手綱』 エ『弾琴美人』

問6 下線部f歌川広重が制作した作品として正しいものを、以下のア~エのなかから一つ選べ。

 ア『富嶽三十六景』 イ『不忍池図』
 ウ『十便十宜図』 エ『名所江戸百景』」

(答:問4ア、問5ア、問6エ)〉

〈2015明大・商

 19世紀初期に流行っていた南伝馬町の坂本氏販売の「美艶仙女香」という美白化粧品が役者絵や風景画のなかにたびたび登場しており、さらに十包購入すると人気役者のサイン入り団扇がもらえるというキャンペーンを展開したともいわれている。役者桧は現代でいえば、一種のブロマイドとしての側面もあり、多くのファンがお目当ての役者絵を楽しむ点に目をつけたプロモーションであった。文化文政期の役者絵では、東洲斎写楽や「役者舞台の姿絵・高麗屋」などの
D【1渡辺崋山 2伊藤若冲 3司馬江漢 4円山応挙 5歌川豊国】(1769~1825)らが著名である。「仙女香」はさらに浮世絵のなかにも登場する。広重の「東海道五十三次」の「関宿」では、あわただしく朝出立の準備をする大名の一行の背後、本陣の玄関先に下がっている札に「仙女香」、「美艶香」の文宇が描かれている。本来は宿泊する大名の名が記載されているはずの部分であるが、さりげなく商品広告に使っている。」

(答:5)〉

2015早大・文:「
〔Ⅵ〕次の文を読んで、問に答えなさい。

 浮世絵の起源は、挑山時代に盛んに描かれるようになった風俗画である。洛中洛外図や歌舞伎図、職人尽図など、民衆の暮らしや遊興のようすを画題にする点ではこれらはたしかに浮世絵と共通点がある。しかし、桃山時代の風俗画が、権力者の財産として人間や都市を描き、権力者が見て楽しむという性格が強かったのに対し、江戸時代の浮世絵は、民衆が手に入れて楽しむという点で大きく変化した。

 そのことを象徴的に示すのが、元禄時代に江戸で活躍した英―蝶という画家の存在である。彼は最初、江戸開府以来の徳川幕府お抱え絵師であった[ A ]の一員であったが、破門されて町絵師になったという。注文制作の肉筆画で、江戸の市民生活や吉原の風俗を軽妙なタッチで描き出し、自身も吉原の男芸人であった。また、―蝶にやや先立って、菱川師宣が版画による浮世絵制作をはじめた。これによって浮世絵は量産可能となり、ひろく民間に普及するようになる。

 ついで18世紀中頃になると鈴木春信が出て、ひとつの作品に多数の色版を重ね摺りして技巧を凝らした錦絵を作り始める。これによって、浮世絵版画は肉筆画に匹敵する精緻な表現を獲得したのである。 18世紀後半になると、美人画を得意とする喜多川歌麿や、個性的な役者絵を手がけた東洲斎写楽が活躍し、浮世絵界は黄金時代を迎える。優れたプロデューサーとして彼らを支えた[ B ]という版元(出版業者)の存在も大きかった。しかし、18世紀末に幕府老中の座についた松平定信がおこなったa寛政の改革によって、この版元や戯作者たちが処罰や弾圧を受けたことは、浮世絵界にも打撃を与えた。

 さらに19世紀に入ると、浮世絵版画による日本諸国の風景画にも民衆の人気が集まるようになり、葛飾北斎のb『富嶽三十六景』と、歌川広重のc『東海這五十三次』シリーズが相次いで世に出た。なお、広重が属していた歌川派はその後も浮世絵の最大派閥としての地位を保持した。dその命脈は明治初頭の開化錦絵や近代の画家にも及んでいる。

問1 空欄Aに入る語句は何か。1つ選べ。

 ア土佐派 イ鳥居派 ウ住吉派
 エ狩野派 オ琳派

問2 空欄Bについて。次ページの図はその店頭の情景である。この版元の名前を何というか。漢宇2字で記入しなさい。

問3 下線a寛政の改革によって、この版元や戯作者たちが処罰や弾圧を受けたについて。処罰や弾圧を受けた人物は誰か。2つ選べ。

 ア柳亭種彦 イ恋川春町 ウ為永春水
 エ曲亭馬琴 オ山東京伝

問4 下線b『富嶽三十六景』について。このシリーズのうち俗に「赤富士」の名で知られる作品はどれか。1つ選べ。

 ア凱風快晴   イ甲州石斑沢
 ウ尾州不士見原 エ山下白雨
 オ神奈川沖浪裏

問5 下線c『東海道五十三次』について。このシリーズの冒頭を飾り、大名行列の出立や魚売りを描いている作品の題名を何というか。漢宇3宇で記入しなさい。

問6 下線dその命脈は明治初頭の開化錦絵や近代の画家にも及んでいるに関して。近代の東京における歌川派の末流として、江戸の風情を色濃く伝える美人画を描いた日本画家は誰か。1つ選べ。

 ア菱田春草 イ竹久夢二 ウ上村松園
 エ鏑木清方 オ岸田劉生

(答:問1エ、問2蔦屋(重三郎)、問3イ・オ ※柳亭種彦・為永春水は天保の改革で弾圧された、問4ア、問5日本橋、問6エ)〉

〈2015早大・社会科学

問3 下線部3美術の発達に関連して、文化・文政時代前後の美術に関する記述として、不適切なものはどれか。1つ選べ。

 イ 明・清の南画の影響を受けた文人画は大きな発展を遂げた。
 ロ 円山派は写生を重んじ、立体感のある作品を描いた。
 ハ 四条派の風景圃は上方の豪商に歓迎された。
 ニ 鈴木春信は浮世絵版画を創始した。
 ホ 錦絵の風景版画が人気を博した背景には、庶民の旅への関心があった。」

(答:ニ× ※創始者は菱川師宣)

2015関西大・済文社会

(D)寛永年間以降、活宇印刷は衰退し再び木版印刷の時代を迎える。多様な読物類が出版され、庶民向けの情報紙である瓦版のほか、美術の分野でも江戸の{ア菱川師宣 イ鈴木春信 ウ東洲斎写楽}によって浮世絵版画が創始され、その後、多色刷版画に発展し、人物画や風景画などに新境地を開いた。」

(答:ア)〉

2013早大・文:「
 下線部菱川師宣について。以下のうち師宣の代表作はどれか。1つ選べ。

 ア「洛中洛外図巻」 イ「婦女人相十品」
 ウ「夕顔棚納涼図屏風」
 エ「見返り美人図」 オ「名所江戸百景」

(答:エ)〉

〈2012立大・全学部

  織物業と染色技術の発達があったばかりでなく、浮世絵版画の普及なども、人びとの間に衣装模様や装い方への関心や需要を高めていった。浮世絵版画は、『見返り美人図』でも有名な〈 お 〉が確立したことで知られており、美人図や役者絵などが好んで題材とされていった。役者絵で措かれたのは歌舞伎役者であるが、17世紀初めにかぶき踊りが〈 か 〉によって始められて以降、歌舞伎はたびたび幕府の禁止や続制を受けながらも、江戸時代の庶民の代表的娯楽として発展していった。」

(答:お菱川師宣、か出雲阿国)〉

〈2012同志社・神商心理

問キ.文晁とほとんど同時代人であり、『神奈川沖浪裏』などの作品を描いた浮世絵師の人物名を選べ。

 1.葛飾北斎  2.歌川広重
 3.喜多川歌麿 4.東洲斎写楽」

(答:1)〉

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