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1878(明治11)年 〈三新法の公布〉★

2017-08-09 | Weblog

●明治時代(明治天皇 )

Three New Laws are promulgated as a departure from the completely autocratic centralization that had previously existed.

  いやな話さ 愚痴不満。
 1878年   三新法 郡区町村編制法 地方税規則 府県会規則

 1878年、郡区町村編成法・府県会規則・地方税規則が公布された。

これら三新法は自由民権運動の高揚、農民の騒擾といった地方社会の混乱を踏まえ、大久保利通の上申書をもとに第2回地方官会議を経て成立した明治政府による最初の地方行政に関する統一的立法である。

三新法は‘88年の市制・町村制、’90年の府県制・郡制の実施による地方自治の確立に伴い廃止された。

[ポイント]
1.三新法(1878年)とは、地方税規則府県会規則郡区町村編制法の3法である。

[解説]
1.三新法1878年制定の上記3法の総称で、明治政府最初の統一的地方制度をめざすものである。

2.府県会(民会)は、一部府県にすでにあった(府知事・県令の判断で設置できた)が、自由民権運動の高まりのなかで、政府は地方の不満は地方である程度解決させようとして、全国に認めた。中央政府批判をかわし、不満のガス抜きを期待したものだが、逆に民権運動の牙城と化す。


3.府県会規則によると民会は、議員の選挙権に制限(地租5円以上)があり、議決事項も府知事・県令の認可を必要とした。


4.地方税規則は、複雑な各種税を地方税に統合し、徴税の強化をねらった法令で、府県財政の確立を目指したもの。


5.郡区町村編制法は、旧来の郡制を復活し、東京・京都・大阪には区を設置した。郡・区には官選の郡長・区長、郡の下の町村には戸長が置かれた。


2017同志社大・全学部

 1873年以降に朝鮮政策や台湾出兵をめぐって新政府内で内部対立が生じ、そのために下野した板垣退助と木戸孝允を再び政府内に引き戻すため、1875年に当時の政権を実質的に主導していた薩摩藩出身の( b )は三者の会合を大阪で開いた。その結果、大審院や元老院の設置のほかに、府知事・県令を議員とする( c )会議が開かれ、公選制の民会の設置などが議論された。第2回会議は1878年に郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則のいわゆる( d )を主な議題として議論するために開かれた。e.1880年に第3回会議が開かれ、区町村会法の制定などが議論された。この会議は3回しか開かれなかったが、明治前期の地方制度改革に大きな役割を果たした。

【設問b】空欄bに入る適切な人物名を漢字で記せ。


【設問c】空欄cに入る適切な語句を漢字3字で記せ。


【設問d】空欄dに入る適切な語句を漢字で記せ。


【設問e】下線部eに関して、1880年に起こった出来事として適切なものはどれか、次のうちから1つ選べ。


 1.第1回帝国議会が開かれた。

 2.愛国社が国会期成同盟に改称された。
 3.西南戦争が終結した。
 4.讒謗律が公布された。

(答:b大久保利通、c地方官、d三新法、e2)〉


2013中大・中大・法(国際企業関係法)

 下線部4地方三新法に関して、三新法の名称を漢字で答えなさい。」

(答:郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則)〉


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