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飛鳥文化

2016-10-17 | ベック式!日本史用語集

 明日は彫り込む 釈迦の玉、駆使中盤で 降板し。

飛鳥文化  飛鳥寺

    法隆寺金堂釈迦三尊像 

         (法隆寺)玉虫厨子 

                (法隆寺)百済観音像

                    (法隆寺)獅子狩文様錦

                        中宮寺半跏思惟像   

                           (中宮寺)天寿国繍帳

                               広隆寺半跏思惟像 

                                     四天王寺

                             

1.法隆寺金堂は、7Cの建造。平面18×15m、西院の中心で、柱のエンタシスなど中国の南北朝様式を特色とする。鞍作鳥作の『釈迦三尊像』や焼失した壁画は著名。五重塔・中門・歩廊(廻廊)と共に旧山田寺廻廊遺材に続く世界最古の木造建築。

2.広隆寺半跏思惟像は、南朝の南梁様式。像高1.2mの木像。材は赤松。これも弥勒菩薩像と思われる。朝鮮伝来のもので603年聖徳太子が秦河勝(はたのかわかつ)に贈ったと伝えられ、韓国によく似た像がある。中宮寺の半跏思惟像と共に新羅様ともいう。2体とも右足を左足の上にのせている。国宝に第1号で指定。なお広隆寺は秦氏の氏寺で秦河勝が京都の太秦に建立したと伝えられる。

3.中宮寺天寿国繍帳は、聖徳太子の死後、妃の橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が太子の天寿国での様子を、刺繍で描かせたもの。日本最古の刺繍。

4.法隆寺は厩戸(うまやど)皇子(聖徳太子)が建立し、(再建されていたとしても)現存する世界最古の木造建築物である。法隆寺再建論争は法隆寺西院伽藍(金堂・五重塔など)の成立をめぐる論争。『日本書紀』に670年法隆寺炎上の記事があるため、歴史学者は現存の金堂・五重塔の670年以後の再建を主張。一方建築史家は様式や尺度から創建当時のものと非再建を主張。法隆寺再建説の根拠は1939年、発掘された若草伽藍(がらん)跡である。これで再建説が有力となる。同伽藍は法隆寺西院より古い四天王寺式伽藍配置をもっていた。2004年、1000度以上の高温にさらされている彩色寺院壁画破片多数が発見され、炎上をさらに裏付けた。

5.その他代表建築に法隆寺五重塔。11㎡、総高32m、金堂と左右対称に建てられ、法起寺(ほっきじ)三重塔(国宝)と共に飛鳥様式を伝える最古の塔。最下層の塑像群は著名。

6.その他代表彫刻に法隆寺百済観音(かんのん)像も。南梁様式。像高2.1mの一木造像で7Cの作。材は楠(くすのき)。百済から渡来との伝承による名称だが、この渡来説は否定されている。体つきに丸味がある。

7.その他代表彫刻には中宮寺半跏思惟像も。像高1.3mの木像。材は楠(くすのき)。片足を他の足の太股(ふともも)の上に組み(半跏、ただし広隆寺の像とともに右足を左足の上にのせている半跏)、手を頬に当てて深く思考(思惟、ただし思惟(しゆい)は思惟(しい)の古語的表現)している。如意輪観音(如意宝珠という玉で人びとの願いをかなえる観音)と寺には伝わるが弥勒菩薩(お釈迦様の教えを受けなかったすべての人びとを救う菩薩)と考えられる。南朝様式に近い。

8.上記の4像のうち法隆寺金堂釈迦三尊像のみ北魏(北朝様式、他の3像は南梁(南朝)様式。

9.その他代表絵画に法隆寺玉虫厨子須弥座絵。小型の仏像を安置する箱型の仏具が厨子。もとは小さな阿弥陀三尊像をを収納し、金堂の中に安置されていたといわれる。数千枚の玉虫の羽を敷き詰めてある。須弥座絵は黒漆の上に朱や緑青を油に溶かした絵の具で、仏教説話を題材に描いている。忍冬(すいかずら)のような蔓草(つるくさ)を図案化した忍冬唐草文様が用いられている。

▼玉虫厨子;装飾に玉虫の羽が使われている。

10r.飛鳥寺蘇我馬子が建立した日本最初の寺である。

11.広隆寺秦河勝(はたのかわかつ)が建立した同氏の氏寺である。

12.飛鳥文化の国際性を示すものとして、法隆寺金堂のエンタシスの柱、法隆寺玉虫厨子の須弥座絵(しゅみざえ)に描かれた忍冬唐草文様(にんどうからくさもんよう)や、法隆寺伝来の獅子狩文様錦(ししかりもんようきん)がある。

 

2014明大・農(食料環境政策)

問6 下線部(ウ)飛鳥に関連して、飛烏文化と最も関連が深い事項を下記から一つ選べ。

 A 薬師寺東塔  B 法隆寺阿弥陀三尊像
 C 興福寺仏頭  D 高松塚古墳壁画
 E 獅子狩文様錦

(答:E ※A・C・Dは白鳳、Bは鎌倉、釈迦三尊像と混同しないように)

2013青山学院・文教育経済法経営

問4.下線部 b.7世紀前半に唐に使節を送ったときに関して、この時期の作品として誤っているものを、次の①~④の中から一つ選んでマークしなさい。

 ①法隆寺金堂壁画 ②中宮寺天寿国繍帳 ③広隆寺半跏思惟像 ④法隆寺玉虫厨子

(答:①、※①は白鳳)

2012明大・商

法隆寺は、607年に大和の斑鳩に聖徳太子(厩戸皇子)が創建した寺院である。創建当時の伽藍は670年に焼失したが、現在の伽藍はそれからほどなくして再建されたものと考えられている。創建当時のものではないとしても、7世紀の木造建築の現存例は世界でも珍しく、金堂・五重塔・中門・回廊は飛鳥時代の様式を伝え、我が国における仏教の普及を考えるうえでも貴重な建築である。

また建築以外でも仏像では、聖徳太子の死後、623年に鞍作鳥が制作したとされる北魏様式の金堂A【①薬師如来像 ②釈迦三尊像 ③四天王像 ④救世観音像 ⑤百済観音像】などが有名である。このほか法隆寺に隣接する尼寺である[ あ ]には、国宝の半跏思惟像や天寿国繍帳が所蔵されている。

(答:A②、あ.中宮寺)

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