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春秋・戦国時代

2017-07-13 | 生物暗記法

 

用語リストへエ.春秋・戦国時代
■ポイント 周の封建制社会が春秋・戦国時代の動乱期を経て、統一国家形成に向かう道筋を知る。
春秋時代     前770~前403 孔子の編纂した『春秋』に書かれている時代。
 ・前770 西北方の異民族(犬戎)に都鎬京を攻略され、a 洛邑 (後の洛陽)に遷都。= 周の東遷。
  それ以前を西周、以後をb 東周 という。→ 前3世紀後半まで分裂時代が続く。
 → その前半をA 春秋時代  、後半をB 戦国時代  という。
・黄河流域の有力諸侯は周王の権威を認めながらも、諸侯と盟約を結び、c 覇者 となった。

Text p.69

 → 長江流域の楚・呉・越などは王を称す。
戦国の七雄

戦国の七雄  □が七雄

・斉のd 桓公 、晋のe 文公 、秦の穆公、
 宋の襄王、楚の荘王
 = f 春秋の五覇 という。(異説もある)
戦国時代   前403~211 『戦国策』に由来。
(右図)a 韓  、b 魏  、c 趙  
   d 斉  、e 燕  、f 楚  
   g 秦    = h 戦国の七雄  という。
・周王は無視され、有力諸侯がi 王 を称する。
・j 富国強兵 策をとり互いに争う。
・春秋戦国時代を通じ、中国文化圏が拡大。
 → k 華夷思想  の形成
 = l 中国文明の優位を自覚し、周辺諸民族の文化を低く見る世界観。 

 

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用語リストへオ.社会変動と新思想
■ポイント 農業生産力の向上が社会を変化させ、新しい思想を生み出していった。
春秋時代  の中期  a 鉄製農具  の使用とb 牛耕  の普及  → 潅漑農業の拡大
 → 影響 =c 農業生産力が向上し、小家族の独立が可能になり、氏族の統制がゆるむ。    
・戦国時代の諸侯のd 富国強兵策   → 商工業の発達 → e 青銅貨幣  の流通
 国によって異なる。f 刀貨 :斉・燕 g 布貨 :韓・魏・趙 h 円銭 :秦  蟻鼻銭:楚

Text p.70

 → 塩・鉄などの商人が財力を蓄える。
・氏族社会の崩壊 → 周の世襲的身分制度が崩れる = i 封建制度  の動揺。

解説

 春秋・戦国時代は中国史の重要な転換期であった。それをもたらしたのが鉄製農具と牛耕の普及である。それに伴う農業生産力の向上によって貨幣経済が発展し、周の封建制とそれを支えていた氏族社会が崩れることとなった。また、生産単位となった家族を掌握し、広範囲な経済圏を支配する古代の専制国家の出現を準備することとなった。
 → 個人の能力を重んじる実力本位の傾向が強まる。
諸子百家   の登場
 = 春秋・戦国時代に現れた、社会秩序や人間のあり方について独創的な主張を戦わした思想家や学派。
・登場の背景 周の氏族制度・封建制度が崩れ、個人の実力本位の社会に転換していったこと。
       諸侯が富国強兵につとめ、有能な学者・思想家を重用したこと。
・a 儒家   b 孔子  (前6~5世紀)=仁と礼を重視する徳治主義を説いた。『論語』。
        c 孟子  (前4~前3世紀)= 性善説を説く。家族道徳を重視。王道政治と易姓革命。
        d 荀子  (前3世紀)= 性悪説を説く。礼を重視し、後の法家につながる。
・e 墨家   f 墨子  (前5~前4世紀)= 万人への無差別、平等な愛(兼愛)、戦争否定(非攻)
・g 道家   h 老子  (生没年不詳)= 孔子の説く仁や礼を人為的なものとして否定、無為自然を説く。
        i 荘子  (前4世紀)= 老子の説を発展させる。道家は、民衆に受け入れられ道教となる。
・j 法家   k 商鞅  (前4世紀)・l 韓非  (前3世紀)  法と術策による社会秩序の建設を主張。
・その他 名家(公孫竜)、兵家(孫子・呉子)、縦横家(蘇秦・張儀)、陰陽家(鄒衍)、農家など。
 文献:儒家の経典=『書経』『詩経』『春秋』
 文学:『楚辞』(戦国時代の楚の屈原らの詩歌や、その時代の文学作品を編集。)

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用語リストへカ.秦の統一
■ポイント どのようにして中国最初の統一国家があらわれたか。まあどのように変化したか。
秦   の強大化 前4世紀 a 商鞅  の改革 法家の思想による中央集権化を進める。
 → 他の六国を次々と征服。 背景:遊牧民と接し、早くからb 鉄製武器や戦車  を使用。
秦の始皇帝    前221年 秦王の政、中国を統一、はじめてa 皇帝 を称す。都b 咸陽  
・統一政策
 c 郡県制  :全国を36の郡と、その下の県に分ける。中央から官吏を派遣する中央集権体制。
  各地の土地所有者(豪族)を服属させる。 中央集権体制の強制 → 地方豪族の反発
 d 貨幣・度量衡・文字  の統一:貨幣=e 半両銭 の鋳造。文字=小篆(簡略体が隷書)。
 f 焚書・坑儒   実用書以外の書物を焼き、儒者を生き埋めにした。法家の丞相g 李斯 の意見による。
 h 万里の長城  の修築:北方のi 匈奴 に対する防御。蒙恬などを派遣して外征を行い圧迫する。

解説

 長城建設は始皇帝が最初に始めたことではない。戦国時代の諸国はそれぞれ国境に長城を築いていた。中国を統一した始皇帝は、各国のつくった長城を北方の匈奴に対する防衛上に使えるもののみ残し、一つながりに修築したといえる。なお、その時の長城は、匈奴が騎馬のまま飛び越せない程度の高さに過ぎなかったようで、現在見る長城とは違っていた。現在見ることのできる長城は、後の明代に建築されたものである。
 → 外征・土木事業・宮殿建造などの負担に対して農民が反発し、各地に反乱起こる。
秦の滅亡  
兵馬俑
兵馬俑の一部
・前210 始皇帝の死。 → 巨大な陵墓にa 兵馬俑 を殉葬。
・b 陳勝・呉広の乱   (前209~208):中国最初の農民反乱。
 c「 王侯将相いずくんぞ種あらんや 」  =従来の身分制を否定する。
・前206 秦の滅亡 楚の武将d 項羽  と農民出身のe 劉邦  が覇権を争う。
  → 前202 垓下の戦い(四面楚歌の話で有名)
・前202 劉邦がf 漢  を建国。初代皇帝g 高祖  として即位。

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用語リストへキ.漢代の政治
■ポイント 漢帝国はどのようにして安定した政権となったか。またどのように変化したか。
高祖   の統一政策 前202年即位 都a 長安  (現在の西安)を建設。

Text p.72

・b  郡国制 :皇帝直轄地にはc 郡県制 を実施し、地方ではd 封建制 を残した。
 → 政権安定後、豪族の力の削減をはかる。
・前154年e 呉楚七国の乱   皇帝権力強化に対する地方の有力者(諸侯)の反乱を鎮定。
 → その後、実質的にc 郡県制 による中央集権体制を樹立。匈奴との戦いでは苦戦(後出)。
武帝   の統治  在位 前141~前87年  前2世紀後半~前1世紀初頭 漢の全盛期。
・外征 a 匈奴  に対する強硬策:*将軍衛青、霍去病らによる遠征。敦煌など諸郡を置く。
  ①b 張騫   をc 西域 に派遣。= d 大月氏  と同盟を結び匈奴を挟み打ちにするため、
   → 漢の勢力がタリム盆地のオアシス都市に及ぶ。 → 河西四郡(西端がe 敦煌 )を設置。
   → 中央アジアの*f 大宛(フェルガナ) に遠征軍を送る。

解説

 張騫は大月氏に派遣されたが、途中で匈奴に捕らえられ10年間もとどまった。ようやく脱走し、大宛(フェルガナ)国を経て大月氏国に至った。大月氏はかつてタリム盆地東部にいたが、モンゴル人に追われて天山山脈北部にのがれ、さらに烏孫に追われ央アジアのソグディアナ周辺に移っていた。大月氏は匈奴との戦いは望まず、むしろインドに向けての南進を考えいていたので、張騫の要請には応じなかった。張騫は帰路にも匈奴に捕らえられたが、再び脱走して長安に帰り、武帝に西域諸国の豊かさを報告した。特に大宛には汗血馬といわれる良馬がたくさんいたことは武帝の関心を引き、武帝は後に大宛遠征を実行する。張騫はその後、烏孫にも使節として派遣され、この時は同盟に成功した。いずれにせよ、張騫の派遣によって西域の広範な地域が漢帝国に服属することとなったことが重要である。
  ②g 朝鮮  半島に進出:h 衛氏朝鮮 を滅ぼし、i 楽浪郡 以下の4郡を置く。
  ③j ベトナム  北部に進出:k 南越 を滅ぼし日南郡など3郡を置く。
 ・財政  積極的な外征が財政を圧迫。
  ①l 専売制  :m 塩・鉄・酒  の販売を政府が独占し利益をあげる。
  ②n 均輪法  :特産物を貢納させそれを不足している地方に転売する物価調整法。
   o 平準法   :政府が物価の低いときは買い占め、高くなると売り出す物価抑制策。
   → 一方で増税、売位・売官による収入増などをはかる。 → 民衆の負担増加。
 ・内政 *通貨制度:五銖銭の鋳造  官吏登用法:郷挙里選(地方長官から候補者を推薦させる)を採用。
漢の衰退   武帝の死後、政治の腐敗、官吏の不正などで政情不安となる。地方では豪族が台頭。
・a 宦官 = 皇帝の身近に仕える去勢された男子。次第に権力に近づき官吏と争う。
 ・b 外戚 = 皇帝の母の出身氏族。次第に皇帝の実権を奪い、抗争する。
 新   の建国  紀元後8年 外戚のa 王莽 、漢の皇帝を廃位し、新王朝を建てる。
・儒教の理想である周代の制度の復活を目指すも、改革が実情に合わず、各地に農民・豪族の反乱が起こる。
  18~27年 b 赤眉の乱 :農民反乱が起き、新、滅亡する。

◎地図 秦・前漢の領域と西域

秦・前漢の領域と西域

 秦      b 前漢     c 万里の長城   d 張騫     e 匈奴    
 烏孫     g 大宛     h 大月氏     
 咸陽     2 長安     3 洛陽    


■漢王朝の再興 ほぼ前2~前1世紀が前漢、後1~2世紀が後漢に当たる。
後漢   の成立  25年 漢の一族 a 劉秀  が漢を復興させb 光武帝  として即位。
 ・都c 洛陽 。内政を重視し、豪族を優遇。(豪族連合政権の性格が強い)
 ・1~2世紀 国力を安定 → 東西交易の活発化 → 西域経営の積極化(後出)。

Text p.73

後漢の衰退 
・a 豪族 (儒学を学び官僚となる)とb 宦官 ・c 外戚 (いずれも皇帝の側近)が対立。
 ・166年、169年 d 党錮の禁  宦官による党人(儒教を信奉する官僚)弾圧。
   → 一方で、農民反乱があいつぎ、各地に有力な豪族が自立するようになる。
 ・184年 e 黄巾の乱 起こる。華北に起こった宗教結社f 太平道 の指導者g 張角 が起こした反乱。
   → 各地で群雄割拠の状態となり、後漢は220年に滅亡。

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用語リストへク. 漢代の社会と文化
豪族  の成長:大土地所有者で奴隷・小作人を使役している。
 → 漢の官吏登用法=a 郷挙里選 によって、豪族が官僚となって権力を握るようになった。
儒学  の保護:武帝、a 董仲舒 の意見を採用し官学とする。礼と徳の思想による社会秩序の安定を図る。
・経典の編纂 b 五経 (易経・書経・詩経・礼記・春秋)を定め、c 五経博士 を置く。
・儒学の発達:*前漢末、劉向が古文(戦国時代の文献)の整理・分類を行う。
  後漢でd 訓詁学 (古典の注釈)が盛んになる。代表的儒者はe 鄭玄 
  一方で、讖緯説(陰陽五行説と結びついた予言思想)が盛んになる。
紙   の製法 宦官のa 蔡倫 が改良したと言われる。b 竹簡・木簡 に代わり使用される。
 → 文字の改良 隷書がつくられる。  字書の編纂 後漢で『説文解字』がつくられる。
歴史書  の編纂
・a 紀伝体 :本紀(皇帝の事跡)、列伝(重要人物の伝記)、表(年表)、志(諸制度)。

解説

 司馬遷は代々の漢王朝に使える史官の家に生まれ、正史(王朝の正式な歴史)の編纂に当たっていた。武帝が匈奴討伐に派遣した将軍李陵が捕虜となったとき、友人であった司馬遷がただ一人、かれを弁護したことが武帝の怒りに触れ、宮刑に処せられた。その苦しみに耐えながら、司馬遷は『史記』を完成させた。そのスタイルである紀伝体は『漢書』以下の各王朝の正史でも踏襲され、司馬遷は中国における歴史家の父として尊崇されている。
 前漢のb 司馬遷 のc 『史記』  武帝に仕え、宮刑に処せられる。中国古代史の基本的文献。
 後漢のd 斑固 のe 『漢書』  上記の書と共に以後の正史の手本となる。

Text p.74

・f 編年体 :記事を年月日順に記した歴史書。

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用語リストへケ.秦・漢帝国と世界
■ポイント 統一国家の登場は周辺にどのような影響を与えたか。当時の世界との同時性に注目。
 秦漢帝国  : 皇帝を頂点とした巨大なa 専制国家 であり、多くの民族を支配するb 世界帝国 であった。
 特徴:c 官僚制と儒学によって支えられた皇帝が統治する国家体制   → その後清朝まで約2千年続く。
 「秦」は英語の China、フランスの Chine の語源、「漢」は漢民族・漢字のように中国全般を指す語句となる。
・中国は「漢族」以外にも、モンゴル人、ウイグル人、チベット人など50余の多民族から成り立っている。
 中国と世界とのつながり 
・前漢のa 張騫   漢の武帝によって西域に派遣され、大月氏まで到達。西域の情報がもたらされる。
・後漢のb 班超   西域経営にあたる。部下の甘英をc 大秦国 (ローマ帝国)に派遺したとされる。
・2世紀中頃 d 大秦王安敦  (マルクス=アウレリウス=アントニヌス)の使節がe 日南郡 に来る。
 アジアの国際秩序の形成
・前漢の武帝の朝鮮進出 → 後漢末にその南半分は帯方郡となる → 東アジア支配の拠点となる
・後漢時代 57年 a 倭人 の奴国王が朝貢し、光武帝からb 金印 (「漢委奴国王」)を授けられる。
 = 日本の状況 :c 弥生時代の中期、九州北部に部落国家が生まれ、国家形成の段階に入る。   
・d ベトナム  前漢の武帝 南越を滅ぼし、南海郡・日南郡などを置き、直接支配(前出)。
 → 後漢時代 ベトナムで*d 徴姉妹の反乱  が起こる(既述。東南アジアの項を参照)。
・東アジアの国際秩序:中国の皇帝が周辺諸国の首長に官位や王号を与える*e 冊封体制  をとる。

解説

 冊封体制とは、中国の皇帝が、周辺諸国の首長に王位や官位を与えて関係を結ぶ(これを冊封という)ことによって成立した国際秩序を言う。後漢の洪武帝が倭人の奴国王に与えた「漢委奴国王」の称号とその証である金印がその例である。漢帝国以来の中国王朝は、中華思想によって世界の中心にあると自覚し、周辺の諸国と冊封関係を結んでいった。周辺諸国の首長も冊封されることによって中国皇帝から支配権を認めてもらえ、その実質的支配権を安定させた。また冊封の見返りとして朝貢を行った。
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