MY LIFE STILL GOES ON

なんだかんだと、人生は続いちゃってるのであった

昭和44年4月4日

2017-04-04 21:17:48 | あの日、あの時、あの場所で

もしかしたら、以前にも書いたかもしれません(^^;)

もう、いつ何を書いたか、
そして過去に書いたことがある記事なのか、
忘却の彼方です。
自分のブログを検索して探すのも億劫になっちゃって…。


そうそう昭和44年4月4日のこと。
今年平成29年は昭和にすると92年ですので、
48年前のことですな。
ちなみに西暦1969年の年です。

しかし、この「××にすると…」とか「〇〇で言うと…」とかって
歳をとればとるほど、そんな例えが増えるような気がします。
特に「学年で言うと何学年違い?」なんてのはよくあるヤツです。

まあ、「1ドル=¥360」を知っている世代ッスからね(^^;)
仕方のないことです…。

閑話休題。

そう、その4並びの日。
ワタシは8歳。学年で言うと(出た!)、
三年生になる前の春休みです。
ちなみに兄は中学校入学前の春休みってことですね。

この日は、今ではもうない後楽園ホールに
父と兄と三人でプロレスを見に行きました。
そう、その頃よくプロレスを見に出かけていたのです。
なぜプロレス?
うーん、父が好きだったのでしょうか?
それとも安く観覧する手段があったとか?
そこは今もって謎です。
いずれにしても8歳のワタシは、
 「プロレス見に行くぞ」
 「わーい(*^-^*)」
だったのでしょうけどね。

その頃、結構「日本プロレス」を見に行ってた記憶があります。
ジャイアント馬場、アントニオ猪木、山本小鉄、吉村道明、
大木金太郎、星野勘太郎、若手時代の坂口征二などなど
まあ、往年のプロレスファンにとってはプロレス界が分裂する前の
黄金時代だったのかもしれません。
ってか、ワタシはその頃しか知らないのですけど(^^;)

またまた閑話休題。

で、この昭和44年4月4日をなぜ憶えているか、というと。

この日の帰り道の切符を持っているからです。
どういう経路だったか地下鉄で新宿まで出て、
そこから家のあった下北沢駅まで小田急線。
新宿から下北沢まで大人¥20区間でしたので、小人は¥10(!)


現在は¥160の区間ですので、8倍になっています。
まあ、そもそも今の人たちには¥20で電車に乗れるってのが
不思議な感覚でもあるでしょうね。

なぜ、手元にあるかというと、
父が「同じ数字が並んで珍しいからもらっていこう」
と言った記憶があって、
それを数十年、ワタシ、捨てずにいたのですな。

その後も55年5月5日とか、
平成11年11月11日とか、
ゾロ目の日があって、
そんな日の切符も持っているかもしれませんが、
この"プロレスに行った"、"44年4月4日"以外は
印象にないンですよ。

まあ、こんな"どうでもいいコレクション"も
そろそろ捨てていかねばならない、
終活のお年頃に突入していくのですが…。

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