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BY 鈴木小太郎

『観応の擾乱』の「あとがき」

2017-07-29 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 7月29日(土)14時45分37秒

また投稿に間が空いてしまいました。
先週、前橋市の女子高生で構成されるミュージカル同好会「BaMbina」の第7回公演『ロミオとジュリエット』を観てから小田島雄志訳の『ロミオとジュリエット』(白水社、1983)を通読し、ついで大塲建治氏の『対訳・注解 シェイクスピア選集5 ロミオとジュリエット』(研究社、2007)を見て、気になった部分の英文を確認しているのですが、やはりシェイクスピアは面白いですね。
シェイクスピアと並行して、苅部直『歴史という皮膚』所収の「平和への目覚め─南原繁の恒久平和論」に紹介されている南原繁の短歌、例えば、

三週間の絶対安静をわが命ぜらる世界に何事も起りてあるな
二十日あまり臥(こや)りてをれば窮まれる米ソ外交の行く方知れずも
病むわれの久にして見る外電ニュース世界は何事も起りて居らざりき

といった下手な歌を読むのは、単に精神的に重荷であるばかりか、殆ど肉体的苦痛を感じるほどなので、『歴史という皮膚』の読了は当分先になりそうです。

「歌人としての南原繁」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/7404

>筆綾丸さん
>しかし、『園太暦』の原文は「「降人の身として見参するは恐れあり」と称して謁せず」であり、

亀田氏の説明を読んだ後で佐藤説を見ると、ずいぶん無理な読み方をしているのが分かりますね。
歴史上の人物に対し、医学の素養もないのに精神疾患を患っていた云々と判定するのも無茶な話です。

>「17年8月より国立台湾大学日本語文学系助理教授」

「主要参考文献」の亀田氏の著作リストを見ると、これほどの業績があっても日本の大学は受け入れないのか、と思ってしまいますね。
『観応の擾乱』の「あとがき」には、

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 本書で筆者が特に伝えたかったのは、細川顕氏や佐々木導誉など魅力あふれる室町幕府の諸将の姿や、訴訟制度を根本的に変革した足利義詮の優れた政治力もそうだが、やはりなんといっても将軍足利尊氏の変化である。擾乱以前には基本的に無気力であった尊氏が、擾乱以降はきわめて積極的に活動しているのだ。このときの尊氏は、四〇代半ばである。当時としてはかなりの高齢であろうし、現代でもこの年齢で性格が変化することは滅多にないであろう。
 だが人間は、努力すれば必ず変わることができる。尊氏の変化は、個人的には勇気を与えられるし、読者の方々にも同じように感じていただければ、それだけでも本書の存在意義はあると考えている。
-------

とありますが、著者自身が「四〇代半ば」であることを考えると、これは新天地での新たな人生への静かな決意表明であるとともに、日本への縁切状的要素が僅かに含まれているようにも感じてしまいます。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
「碩学の誤読」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/9017
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