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BY 鈴木小太郎

天明の浅間焼けと飢饉の関係

2017-07-12 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 7月12日(水)10時50分45秒

盛岡藩における天明飢饉の状況については細井計氏に「盛岡藩領における天明の飢饉」(『東北福祉大学研究紀要』第34巻所収、2010)というそのものズバリの論文がありますが、一般人には少し入手に手間がかかるかもしれないですね。
いくつか飢饉関係の本を見てみたのですが、天明の飢饉について詳しくて比較的入手しやすい本としては、おそらく菊池勇夫氏(宮城学院女子大学教授)の『飢饉の社会史』(校倉書房、1994)がベストではないかと思われます。
包括的なタイトルにもかかわらず、この本は実際には天明飢饉の研究であって、盛岡藩の状況と飢饉対策、というかその不在を他の東北諸藩と比較することができますね。
菊池氏には『近世の飢饉』(吉川弘文館、1997)という著書もあって、こちらも入手しやすいですね。
『近世の飢饉』を読んでいて、自分が天明の飢饉について、ひとつの大きな誤解をしていたことに気づきました。
群馬県出身の私にとって、天明三年(1783)という年は浅間山の大噴火の印象が強く、何となく天明飢饉も浅間山の噴火の影響のように思っていたのですが、浅間山の噴火は旧暦の7月ですから、当年の凶作にはそれほど影響はないんですね。
『近世の飢饉』には、

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天明三・四年の大飢饉
 天明の飢饉は広く天明年間(一七八一~八九)における諸国の大凶作・飢饉・米騒動などを総称して使われることが多いが、餓死人を大量に出したという狭い意味では、天明三年秋作の冷害による大凶作を発端とし、翌年にかけておびただしく死者を出した東北地方を中心とする飢饉としてとらえるべきであろう。天明三年の幕府に届けられた被害は、弘前藩が皆無作、八戸藩が表高(本高)二万石のうち一万九二三六石余りの損毛、盛岡藩が表高一〇万石のうち六万五六七〇石の損毛、また新田高一四万八〇〇〇石のうち一二万三五五〇石の損毛、仙台藩が五六万五二〇〇石の損毛(支藩である一関藩三万石の損毛二万六三二〇石が別に届けられているので、表高五九万五六石のうちか)、中村(相馬)藩が表高六万石に新田改出高を合せた総石高のうち八万七六三〇石の損毛(新田高は三万八〇〇〇石か)などとなっている。
 損毛高の数字がどのように算出され、あるいは決められるのかについてはよく吟味しなければならないが、その点をひとまず捨象しても、東北地方の北部および太平洋側の地域がヤマセの影響によって壊滅的な損害を受けたことは間違いあるまい。浅間山噴火による微粒の火山灰が成層圏に達し、これが偏西風によって地球全体に広がり、太陽の照射をさまたげ、世界的な気温の低下を招く原因になったといわれる。そのために凶作が続き、一七八九年のフランス革命を勃発させたという説もあるくらいだが、天明三年の当該地方の大凶作に関していえば、七月の浅間山の噴火は新暦では八月にあたるので直接の因果関係が乏しく、基本原因はヤマセとみるべきである。
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とあります。(p157以下)
前掲・細井計氏の「盛岡藩領における天明の飢饉」(『東北福祉大学研究紀要』第34巻所収、2010)にも、

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 天明二年の寒中は暖気で雨がたびたび降ったようであるが、年が明けた天明三年正月からはかえって「余寒甚敷堪難し」といった状況になった。五月の田植時分は霖雨、冷気となり、田畑すべて「草生甚不宜、諸人眉をひそ」め、六月は土用になっても「暑気薄く、たまたま日の光りを見れハ間もなく曇り、辰巳風、丑寅ノ風、或ハ北風ニて浴衣用る日とてハ稀々ニして日々雨天」が続いた。七月に至っても雨天続きで「更ニ残暮〔暑〕なく秋涼弥増、稲の出るも有と雖、多分ハ穂不出」、「(七月)上旬ニ至て大に地震ひ、雷雨度々」、これは浅間山の噴火のためで、これ以来、「別て秋冷強く、二百十日前後丑寅の風強く、四、五日昼夜吹通し、凡夏の初より九月末迄霖雨ニて、終に田畑実のりなく大凶作」になったという。
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とありますね。(p23、出典注記略)

「天明3年の大噴火」(浅間火山博物館サイト内)
http://www.asamaen.tsumagoi.gunma.jp/eruption/
「天明3年(1783年)浅間山噴火」(国土交通省利根川水系砂防事務所サイト内)
http://www.ktr.mlit.go.jp/tonesui/tonesui00023.html
「天明の浅間焼け」(「群馬風便り」サイト内)
http://www.geocities.jp/gunmakaze/column/08asamayake1.html
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