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BY 鈴木小太郎

「歴史人類学」の評価

2017-02-09 | 山口昌男再読
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 2月 9日(木)11時57分15秒

山口昌男の「歴史人類学」、高山宏氏は極めて高く評価しているんですね。
高山氏と中沢新一の対談集『インヴェンション』(明治大学出版会、2014)では、二人で『文化の両義性』や『歴史・祝祭・神話』に関係した編集者の悪口を言った後、次のように述べています。(p122以下)

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【前略】でも晩年というと失礼だけどね、後年の先生自身いうところの歴史人類学はどう思う、あれも金太郎飴的?
中沢 いや、歴史人類学の仕事のほうはべらぼうに面白い。「敗者」の歴史人類学というのはそういう中途半端な弁証法を捨てたんだと思います。
高山 歴史人類学というのは、本当に金字塔的な鉱脈を発見したんだと思う。好事家がああいうマイナーな人たちについてとやかくいうのはこれまでにもいっぱいあっても、あれだけひとつの時代の体系として議論するというのはあり得なかった。彼はそれをひとりでやってしまった。あの仕事はみなさんもうちょっと高く評価しないといけないと思う。この人はこの人と出会ったからこうなったみたいな程度の低い知的交流史を書く人はあちこちにいるけれども、トータルに知的な営みとして歴史人類学というふうに成り立つということを示したのは彼が初めてじゃないかな。あれだけのスケールをもっていちばん大事な文化的時期を選んでそこに生じた人的交流を書ききった人はおそらくいない。それに趣味としてもマイナーな人を探すのが異常にうまいんだ。これは時代が要求し、そして才能が揃った稀有な知的営みの瞬間だと僕は考えている。最初期の一種の読書術に引っ張られてアナロジー三昧でやっていたヘルメス的時期に比べるとものすごく時間も手間暇もかかっていて、山口さんの業績評価としてはこちらの方が残ると思う。坪内祐三氏の陰の協力も貴重だ。歴史人類学は世界的なチャートのなかで one of many として山口昌男がいたねという話ではなく、彼が創り出した世界なんだ。
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まあ、こういう評価もあるでしょうね。
山口昌男に『文化と両義性』を書かせた岩波の編集者は、たぶん後に社長になった人だと思いますが、その人が「歴史人類学」について冷ややかに書いていたのを何かで読んだ覚えがあるので、バランスを取るためにそちらも確認してみるつもりです。
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所が中心となって出した追悼集、『山口昌男 人類学的思考の沃野』(真島一郎・川村伸秀編、東京外国語大学出版会、2014)は未読ですが、これもちょっと見ておきたいですね。

真島一郎研究室
http://ichiromajima.blogspot.jp/2014/10/blog-post_11.html
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