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BY 鈴木小太郎

山口昌男『回想の人類学』

2017-02-11 | 山口昌男再読
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 2月11日(土)14時24分28秒

川村伸秀氏を「聞き手」とする『回想の人類学』(晶文社、2015)を読み始めたところですが、石母田正の山口評は面白いですね。(p68以下)

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─大学三年のときですかね。「ミンシュウノナカヘ」(のちに『語りの宇宙』に収録)という文章を書かれて、それで先程名前の出た石母田正さんに送られたんですか。
山口 そうね。あれは僕が編集した雑誌(『国史研究室』)で、あれがNo.1だったわけね。
─僕も昔見せてもらった記憶があるんですが、ガリ版刷りの雑誌でしたね。
山口 そう、それを後で石母田氏に送ってね、そうしたらはがきで返事がきて、お会いしたいとね。そこでビールを飲みながら会ったんだ。
─えっ、ビールを飲みながらですか。当時は飲めなかったんでしょ。
山口 それで酔っぱらっちゃってね。
─どんな話をされたんですか。
山口 石母田氏は、「君は竹内好のように非常に鋭いけれども、その刃が自分に突き刺さらないところがあるね」と言っていたことだけは覚えているんだよ。
─それで石母田さんのところで『万葉集』の研究会をやられるんですよね。
山口 それは大学を卒業してからだな。青木和夫とか亀田隆之とかね。月一回くらい『万葉集』を細かく読んでいったんだ。
─そこには石井さんや大隅さんもいらっしゃったんですか。
山口 そう、いたね。それが縁で石井や大隅とは正月になるといつも石母田氏のところに会いに行っていたんだ。石母田氏が亡くなった(一九八六年)後も三人で会っていたんだけど、石井も死んじゃったし、大隅と二人だけで集まってもしょうがないねというんで去年(二〇〇二年)で終わりにしたんだ。
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「石井」は石井進氏(東大名誉教授、1931-2001)、「大隅」は大隅和雄氏(東京女子大名誉教授、1932-)ですね。
昨年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏のお兄さん。
石母田氏の「君は竹内好のように非常に鋭いけれども、その刃が自分に突き刺さらないところがあるね」という評価は皮肉なのか、それとも健康的でうらやましいという賞賛なのか。

山口氏の卒論が『大江匡房』だというのは知っていましたが、審査教官は坂本太郎・岩生成一教授、宝月圭吾・佐藤進一助教授だそうですね。(p73)
卒業時期を考えれば当たり前ですが。

>筆綾丸さん
>仮にテロが発生した場合、店外と店内では、死ぬ確率が高いのはどちらだろう、

テロは個人の努力では回避しようがないですし、どうしても回避したかったら家に閉じこもっているしかないですからねー。
ま、お気をつけて、と気休めにもならないことを言ってみたりします。

高山宏・山口昌男つながりで『シェイクスピアはわれらの同時代人』の著者、ヤン・コットの自伝(関口時正訳『ヤン・コット 私の物語』、みすず書房、1994)をパラパラ眺めてみたのですが、冒頭に、

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 人生最後のペタンクの相手は─あるいは少なくともその時観戦していたのは─アレクサンデル・ヴァットだった。メシュジエール・シュル・グラッス〔南仏の町〕で、彼は、午後のまだ強い日差しを避けてプラタナスの木陰のベンチに腰かけていた。一九六二年か六三年、もう三〇年近く前のことだ。しかし、戦前最後のペタンクは、一九三九年の五月か六月、後にトロツキーを暗殺することになる男と、パリのどこだったか極度に醜い場末の地区で勝負した。地下鉄のどれかの終点に近い、独立の団地のような所だった気もする。【中略】彼が、アイスピックでトロツキーの頭蓋骨を叩き割ったのは、この時のゲームから一年もたたないうちだった。
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とあり、なかなか物騒な話が連続します。

Jan Kott(1914-2001)
https://en.wikipedia.org/wiki/Jan_Kott

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
「テロのあとさきと血のように赤いビール」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/8773
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