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BY 鈴木小太郎

『雲上明覧』と西本願寺

2017-06-10 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 6月10日(土)22時37分32秒

実際に『雲上明覧』を読んでみると、藤田覚氏の「江戸時代の公家名簿、朝廷の職員録ともいうべき『雲上明覧』」との説明にふさわしいのは下巻だけですね。
上巻は「禁裏御所」「准后御方」「後院御所」「御宮方」「親王御方」「御門跡方」「御比丘尼御所」と分類されていて、全70コマのうち28から60コマまでが「御門跡方」です。
表紙・裏表紙・凡例を除くと上巻のちょうど半分ですね。

「雲上明覧大全」上巻
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2603171?tocOpened=1

そして「御門跡方」は次の三つのグループに分かれています。

(1)28~45コマ
輪王寺御門跡・仁和寺御門跡・大覚寺御門跡・妙法院御門跡・聖護院御門跡・照高院御門跡・青蓮院御門跡・知恩院御門跡・勧修寺御門跡・梶井御門跡・曼殊院御門跡・毘沙門堂御門跡・円満院御門跡
(2)46~53コマ
大乗院御門跡・一乗院御門跡・実相院御門跡・三宝院御門跡・随心院御門跡・蓮華光院御門跡
(3)53コマ~60コマ
本願寺御門跡・東本願寺御門跡・興正寺御門跡・仏光寺御門跡・専修寺御門跡・錦織寺御門跡

(1)は親王が入る特に格式の高い門跡寺院、(2)は摂関家の子弟が入る門跡寺院だと思いますが、(3)は浄土真宗関係で、伝統的な門跡寺院とは異質ですね。
そして(3)の最初に「本願寺御門跡」とあるのは西本願寺のことで、これだけ2コマ、4頁使っており、東本願寺以下の5門跡はそれぞれ1コマ、2頁だけです。
妙に仏教色が強く、何か変だなと思って『国史大辞典』の「雲上明覧」の項を見たら、

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公家の名鑑。内題に『雲上明覧大全』、外題に『(年年改正)雲上明覧大全』と題する。二冊。西本願寺光徳府編。天保八年(一八三七)光徳府製本所竹原好兵衛板、のちに光徳府蔵板とし、慶応三年(一八六七)まで補訂、刊行された。既刊の『万世雲上明鑑』に比して、西本願寺を東本願寺の前に序列し、また親王家・諸門跡・堂上諸家の世系・法脈および諸家分派図を掲げて系譜記事を増補したほか、朝廷の諸役人名中に職事を載せ、親王家以下諸門跡・堂上諸家の記事中に合印・菩提所・家業を加え、堂上諸家の家礼門流一覧を付載するなどの記事の新加があり、その内容は広く各般の事項を併せ収めて最も詳しいものがある。(武部敏夫)
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とのことで、西本願寺がスポンサーなんですね。
54コマで「本願寺門跡」の説明がやたら詳しいのも納得できます。
系図には「開山 親鸞聖人」の左に「亀山帝賜紫宸殿為御堂、 勅号本願寺」などと史実を捏造した西本願寺の伝統が記されており、『雲上明覧』の編集・出版は西本願寺の宣伝活動の一環でもあったようですね。

>筆綾丸さん
>長春の中国共産党吉林省委員会(旧新京の旧関東軍司令部)
帝冠様式の中でも特別に変てこな趣味のような感じがしますが、これは大林組が建設したそうですね。

https://www.obayashi.co.jp/chronicle/100yrs/t1c4s2.html

>藤田覚氏の研究
私も中世はある程度勉強しましたが、近世については「節用集」という言葉を見て辞書を引くほどのド素人で、『雲上明覧』など存在も知らなかったのに、その私がちょっと見て直ぐに気づく程度のミスを何故に近世史の専門家が繰り返すのか、本当に不思議です。

藤田覚
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%94%B0%E8%A6%9A

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
「偽満州国のゾンビたち」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/8932
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