大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第79回

2017年05月25日 22時20分39秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou~  第79回




薬を飲む奏和の後姿を見ながら、翔が眉尻を下げて聞いた。

「ねぇ、奏和がそこまでなるのって珍しいわよね」 

「まぁな」 コップを簡単にすすぎ、水切りに入れた。

「何かあったの?」 流し台の端に両手をつき、頭を垂れている。

「ちょっとな・・・」 

「別に何かを聞こうとは思わないけど、終わった事?」

「・・・ああ」 

「そっ。 じゃあもう大丈夫ね」

「・・・そうだな・・・」 顔を上げ、どこを見るともなく前を見ている。

(大丈夫じゃないじゃない。 何があったのかしら)

「それより翔、ここで何してんだ?」

「え? ああ、小父さんが急に小母さんと代わってもらいなさいって言って代わってもらったんだけど、この後どうしていいのか分からない」

「分からないって?」 ようやく奏和が振り向いた。

「着替えていいのか、またすぐに戻るのか」

「ふーん・・・親父ほかに何か言ってた?」

「何も言ってない」

「ってことは、磐笛を教えろってことかな? 翔、練習してるのか?」

「時々・・・ここに来た時だけ」

「じゃ、お袋が呼びに来るまで練習でもするか?」

「・・・そうね。 そうしようか」

「へぇー、エラク―――」 まで言いかけて言葉を止めた。
(エラク素直だな、なんて言ったら完全にヘソを曲げるとこだったよ。 あっぶねー)

「え? なに?」

「何でもない。 じゃ、磐笛持って来いよ。 部屋にいるから」

言ったものの、磐笛の響きは頭の中にもよく響き、前言撤回とも言えず、奏和がなお一層頭を抱えることとなった。

結局、授与所を閉めるまで雅子は帰ってこなかった。 カケルは授与所を閉める時間に着替え、申し訳に夕飯の用意を始めようと、冷蔵庫を開けた。

「うーんと、この材料ってことは」 食材から雅子が作ろうとしていたものを考え、調理にかかろうとした時、ふと気づいた。

「あれ? 奏和の分もいるのかな?」 思ったとき、玄関の戸が開いた音がした。

「ただいまぁー。 って、カケル?」 台所を覗いた渉。

「渉、また磐座の所に行ってたの?」 流し台の前に立つカケルが、入ってきた渉に振り返る。

「うん・・・」

「朝も行ってたのに、退屈じゃない?」

「ぜんぜん」 椅子に腰かけると渉の横から声がした。

「磐座の前でヘンテコなことしてるもんな。 退屈じゃないだろうな」 カケルと渉が台所に入ってきた奏和を見る。

「ヘンテコなこと?」 カケルが奏和を見ると次に渉を見た。

「奏ちゃんたら何言うのよ。 何もしてないわよ」

「やってた。 手を広げて振ってたり、左右にポテポテ歩いてた」

「え? 見てたの?」

「ほら、やっぱやってただろ。 何してたんだよ」

「あ・・・ちょっとね」 

二人のやり取りを見てカケルが流しに向き直った。

「奏和、今日も泊まるの?」

「なんで?」

「奏和の分の夕飯を作るのかどうか」

「はい、泊まります。 作って下さい。 ほら、座ってないで渉も手伝えよ」

「ああ! 要らない、要らない」 慌ててカケルが手を振る。

「だって」 渉が奏和にニコッと笑ってみせる。

「渉・・・お前もしかして・・・料理できない?」 わかめの味噌汁を思い出した。

「出来ないわけじゃない。 やればきっと出来ると思う」

「奏和、言ってあげないでよ。 渉は実家暮らしなんだから、料理は小母さんがしてるから必要に迫られてないの」

「そういう問題じゃないだろう。 普通、母親が教えるだろう? って言うか、この年になったら、一緒に台所に立つんじゃないのか?」

「渉の小母さんがそんなことをさせると思う?」

「いや、それはそうだけど、そうじゃないだろう」

「それに渉が包丁なんて持ったら、指を切ったらどうするんだー、って小父さんが泡吹いて倒れるわよ」

「どんだけ甘やかされてるんだよ」

「そんなことない。 洗い物出来るもん」

「小学生かっ!」


夕飯を作ろうと雅子が慌てて台所に入ってきた。

「きゃー、遅くなっちゃった。 あ、あれ?」 テーブルの上に、今日作ろうと思っていた献立が並べられていた。

台所の続き間の和室からカケルが立ち上がり、台所に入ると雅子に言う。

「小母さん、これで良かった?」

「まぁー、翔ちゃんが作ってくれたの?」

「適当にだけど」 ペロッと舌を出す。

「今日考えていた献立通りよ」

「味の保証はないから」 

「何言ってるのよ。 翔ちゃんが作ってくれたんだもの、翔ちゃんの味で食べさせてもらうわ」 カケルと雅子の会話を聞いていた渉。

「カケルの味かぁ・・・」

「そうだよ。 渉も小母さんに教わって、渉の家の味を作ることをしなくちゃなんないんだぞ。 いつまでも甘えててどうすんだよ」 奏和が言う。

「ふーん・・・じゃ、今日、奏ちゃんがカケルの味のご飯を食べて、小母さんとどれだけ違うのか味わうんだ」

「渉・・・自分が何言ってるか分かってる?」 思わず目を顰める。

「え? ・・・あっ、そっか。 奏ちゃんだけじゃなくて小父さんと小母さんもか」 人差し指を唇に当てて言う姿に、奏和が治まってきていた頭痛を再び感じた。


夕飯が終わり、雅子、カケル、渉が姦しく台所で洗い物をしている。 和室に残った男2人。 奏和が宮司に尋ねた。

「どうして今日、翔を授与所から引きあげさせたの?」

「う・・・ん」

「なんだよ、歯切れの悪い」

「いや、ちょっとな。 前々から気になっている参拝者が居るんだけど、今日も翔の写真を撮っていたから」 奏和がビクッとした。

「それって・・・その参拝者って、大きなカメラを持ってるヤツ?」

「ああ。 なんだ、お前も気づいてたのか?」

(しまった・・・二日酔いに気を取られていた)

「どうした?」

「あ、いや、何でもないです。 で? 翔が授与所から引いたあとは?」

「気を付けて見てたんだけどな。 今日は参拝者が多くて見逃してしまったよ」

(そうか。 それなら絶対に明日も来るはず。 明日こそは捕まえてやる)

「奏和?」

「え?」

「自分で質問しておいて投げっぱなしか」

「あ、すみません。 その・・・多分だけど、助勤に来てるのにそれが出来ないのを翔が気にしてるみたいだから。 それで、少しでもと思って今日の夕飯を作ったみたい」

「ああ・・・そうか。 翔らしいな」 目の前に置いてある湯呑を手で包む。

「で? 翔に養成所のことを聞いたの?」 胡坐をかいたまま後ろに手をつく。

「ああ、迷ってるみたいだ。 寮生活だろ? それがしっくりこないみたいでな。 その上、女子の方は男子の方ほど条件がいいわけじゃないからな」

「条件って・・・更衣室とかっていうこと?」

「ああ、女子の方はまだまだこれからだからな」

「じゃ、通信は?」

「それも言ってあるけど、考えておくって」

「そうか・・・何を迷ってんだろ」

「女の子の考えることは分からん。 まぁ、そのうち母さんに相談するかもな」 手の中にある湯呑を片手で持ち上げると茶を啜った。


翌日

今日は朝早くから起きていた奏和に、一番に雅子が言う。

「昨日頼もうと思ってたけど、台所の空き瓶が多いの。 重いからゴミ置き場に出しておいてくれる?」

「うん。 じゃ、手水舎の掃除が終わったら出しておくよ」 朝食を終わらせると、手水舎に向かった。


カケルが授与所に座っている。 その授与所前の少し離れた木に背を預けて、奏和が腕を組み参拝者を見ている。

「奏和ったら何してるのかしら」

(昨日は午後からだったから今日も午後からだろうか) 額に汗をうっすらとのせると雲一つない空を見上げた。

(山を下りると暑いんだろうな) と、目を落とした時『わ』 ナンバーの男が目に入った。

(来たか) 背で木を押し跳ね起きると、木の陰に隠れるようにして男を目で追った。

授与所窓口に置かれているお守りは誰も見ていなく、授与所の前に出された台の上に置かれているお守りを数人の参拝客が選んでいる。 

(写真を撮るなら今がチャンスだろう) カケルはお守りを選ぶ参拝客の方を見ていて男に気付いていない。 奏和が目を光らせる。

男が風景を撮るかのように、周りを見てカメラを目に当てた。 カシャカシャカシャと連写の音がするが、人ごみの中にその音が消える。

(いつ翔を撮るんだよ)

カメラから僅かに目を外した男がチラッと授与所を見た。 途端、カケルの方にカメラを向けて連写で撮りだした。

(間違いなく、翔を撮ったな) 口の端が上がる。

暫く男を見ているとキョロキョロとしたかと思うと鳥居の方に向かった。

(帰るのか?) 奏和が木の影から出ると見つからないように男の後ろを歩いた。

男が奏和の家の前まで来ると、足を止め辺りを見回した。 そして、サッと家の方に足を向けると垣根の中に入り、縁側のある方に入って行った。

「はい、決定」

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